第19話 ベルト
冒険者ギルドで少々ごたついたが大きな問題にはならず、今はエルの防具を買う為に武具を扱う店に来ている。正式な店名は知らないが壁に馬鹿デカイ剣が飾ってあるので、冒険者達の間では【大剣の店】や【大剣】だけで通じるお馴染みの店である。ちなみに品揃えは剣に偏っているわけではないし、防具の売り場面積も武器と同じ位ある。
「いっぱいあってどれを選べばいいのか、さっぱり分からないなあ」
「戦い方自体まだハッキリとは決まってないから、今は動きやすい物で良い。将来的には自分の戦い方、パーティーを組んだ場合の役割によって変えていく必要がある」
所狭しと並んでいる防具をエルは見ているが、ピンとくる物は見つからないようだ。俺は武器や防具は結構直感ですぐに選ぶタイプなので、アドバイスは一般論になる。
「武具には大きく分けて2つの種類がある。モンスター由来の物とそれ以外だ。それぞれ利点と欠点がある。モンスター由来の物は近くのダンジョンにいるモンスターが素材の場合、自分で狩った物を持ち込めば性能の割に安く済む。今俺が着ているコレもそうだ」
「ただのレザーアーマーにしては安物っぽさがないと思ったけど、良い物なんだ」
「それはワイバーン製ですね。素材としては亜竜種の中で最も軽くて柔軟性があり、その代わり防御力は亜竜種の中では低い方です。どちらかと言えば後衛のような攻撃されることの少ない方が好んで使用する装備になります」
エルと話している所に店員が割って入って来た。ふくよかな男が笑顔で近づいてきた。そして今にも揉み手をしそうな勢いでセールストークを展開し始める。
「いらっしゃいませぇ。良い装備をお持ちで、そちらに合わせた籠手など如何でしょうか~?」
「いや、悪いな。今日はこっちの新人の防具を見に来たんだ」
「そうでしたかぁ、早とちりしてしまいましたね~。初心者用ですとアチラになりますぅ」
新人の防具と聞いて店員は明らかにテンションを下げる。亜竜の防具を使うような人間と新人では必要とする装備の質に雲泥の差がある。質の差は価格に直結する。だから高額商品を売りつけられると思ったのに、1番低価格帯であろう初心者向けが目当てと知って落ち込むのも分からないではない。それを客に察せられるようでは未熟だが。
「防御力が低いの?」
「亜竜の中では、な。新人冒険者ならどんな武器を使っても小さな傷1つ付けるだけでも難しいくらいには丈夫だぞ」
「さっき利点と欠点があるって言ってたけど、欠点の方は?」
「個体差があるから武具が壊れた時に、全く同じ物を用意することが難しいから感覚がズレる。あと物によっては手入れが面倒臭い」
「感覚がズレるってそこまで気にするものかな?」
「あー初心者はどの武具にも大して慣れてないから、ズレもクソもないか。でも鎧の場合、皮系なら切ったり継ぎ足したり出来るから問題は少ないが甲羅や甲殻が素材だったらちょっと面倒なんだよ」
俺は店に並んでいる虫系モンスターの外骨格を使った鎧を手に取る。艶やかな黒色の鎧だ。
「これとか分かり易いな。虫系モンスターの胴体部分をほぼそのまま利用しているだろ。大きさや曲線の感じに個体差がモロに出るから、同種のモンスターを素材にしても自分の体に合うかどうかは運次第なんだよ。それに引き換え金属や布を素材に使えば大きさや形は融通が利く」
「良いことずくめだね」
「まあな。でも高い。特に中堅以上の実力がある奴向けは値段が高い。素材が鉄みたいな有り触れた物なら安いけど、良い物になれば希少な金属を使うし、魔法的な効果を後付けしようとすれば鍛冶師とは別に専門の職人が必要になる。価格も当然跳ね上がるわけだ。今持っているコイツは大金貨5枚で」
俺は持っていた黒色の鎧を置いて、近くにあった騎士っぽい金属製の鎧を指差す。値札には大金貨8枚(約80万円)と書いてある。エルはそれを見て少し引き気味だ。
「大金貨……見たことないよ、そんなの」
「ちなみにこちらのお客様のワイバーンを使った鎧は倍はしますね」
「えっ」
テンションは下がったとはいえ一応付いてきていた店員が補足した。用は無いので付いて来なくて良いんだが。日本でも妙に積極的な店員っていたよな。こんなの何時着るんだよっていう尖ったセンスの服薦めてきたりして困惑する。まあ今は強引に売り込む気は無さそうなのでスルーしておく。
「エルならそのうち大金貨は使うことになるよ。まず今日はこんなところだろ」
大まかな説明が終わったので、店員が言っていた初心者用の防具が置いたエリアに行く。サイズ的にエルに合いそうなシンプルな胴体用の防具を3つ見繕う。牛革メインで急所部分だけ薄い鉄板が仕込まれたレザーアーマー、粗雑な作りの鉄製の胸当て、モンスターである【大牙猪】の毛皮で作られたレザーアーマー。値段はほぼ同じだが、牛革の物から高い順になっている。全てエルの所持金でも買える物だ。
エルは3つとも試着した結果、牛革のレザーアーマーを選んだ。鉄製の胸当ては動き辛いというのでアウト。着心地や動きやすさは残り2つのどちらも同じくらいとのこと。牛革の物には薄いとはいえ鉄板の補強があるので、それに安心感を覚えたらしい。
「銀貨1枚と大白銅貨3枚になります」
「支払いは全部大白銅貨でもいいですか?」
「問題ございません。武器は如何なさいます?」
「武器はまた今度だな」
エルが代金を払うと店員は早速武器を売る気満々になったので、すぐに断りを入れる。あと武器を買う時にまだ俺が横でアドバイスしているかは分からないので一応注意点だけ言っておく。
「エルは大丈夫だと思うが、身の丈に合わない武器は選ぶなよ。値段や大きさ、重さとかな。高い武器は手入れにも相応に金が掛かるから自分の稼ぎと相談しろ。それとデカい剣や見栄えの良い武器に飛び付くアホが多いから気を付けろ」
俺はチラっとこの店の代名詞でもある大剣へ視線を飛ばす。それを見てエルは手を振ってその危惧を否定する。
「ないない、あんなの使おうなんて考えもしないよ」
「流石に、か」
「お客様~あちらはウチ自慢の逸品です。当然実用にも耐え得ると自負しております」
俺とエルのやり取りに店員が異論を挟む。
「本気か? これを?」
改めて近づいて見ると大剣は刀身だけで俺の身長ほどある。幅も太い部分で指6本分くらいある。100kgはあるだろうか。この世界の魔力で身体を強化した冒険者でも扱うのは難しいと思う。俺なら持ち上げることは出来るが、デカ過ぎて周りにある障害物や味方に攻撃が当たる未来しか見えない。
馬鹿や派手好きの多い冒険者でもこんな物を振り回している奴を俺はほとんど見たことがない。知り合いのパーティーである【黒い稲妻】のアタッカーのオルトが大きな斧を使っているが柄は木製だし、重量的にはこの大剣の半分くらいだろう。
「見てください。こちらはただ大きいだけではなく、ちゃんと実戦で使える強度になっているんですよ」
間近で観察すると確かに作りはしっかりしている。実際に振るっても柄や鍔が脱落したりはしないだろう。でも問題なのはそこじゃない。壁に立て掛けられている大剣の柄を握る。そして少し持ち上げようと力を入れてみる。
「こんなん剣じゃなくてただの鉄板だろ」
「銀級の方では荷が重いかもしれませんね」
いつの間にか俺の認識票を確認して等級を知っていた店員、その挑発ともとれる言葉にイラっときた。俺は込める力を強めて完全に持ち上げる。そして構えて見せる。
「で、どう使うんだよ。大き過ぎて周りに当たるだろ」
「広い場所で味方が注意を引いた敵にですねぇ、一撃で致命傷を与える用途にお使いいただけますぅ」
用途が限定され過ぎだ。それにアイテムボックス持ちの俺ならまだしも、アイテムボックスの無い人間はこれをどうやって持ち運ぶんだよ。
「持てるんだ」
「振ることも出来るぞ。魔物を倒して魔力を吸収し続ければ、力だけなら誰でもいつかは強くなるからな」
「いえいえ流石に誰でもというのは言い過ぎでしょう。私もこの大剣を持ち上げた冒険者の方はお客様以外では3人しか知りませんよ。3人共金等級ですね」
多少は俺の実力を評価したようにも見えるが、店員の言葉はお世辞かどうか判断に困る。まあ低く見られるよりかは良いか。大剣を元あった場所へそっと戻そうとする。持ち上げる時より力と神経を使う。
その時、ブチッと何かが千切れる音がハッキリ聞こえた。一瞬筋でも切れちゃったかと焦ったが体の何処にも痛みは感じない。
「うわぁ」
「すごい、です。初めて見ました」
エルの引いたような声と店員の感心とも驚きともとれる声を聞きつつ、俺はなんとか大剣を置き終えた。2人の視線を辿ると俺の横腹辺りだった。俺のワイバーン素材の鎧のサイズ調整用のベルト部分が千切れていた。
「柔軟性に富んだワイバーンの皮が引き千切られるなんてっ、ぷっ……どれほど、ふっ、力が掛かったのでしょう」
「それって……お腹の肉が」
「いやーもうこの鎧もずっと使ってたから脆くなってたんだな。そろそろ消耗しやすい部分は取り換える時期が来てたんだ」
笑いを堪える店員とエルの指摘を遮るように、鎧のベルト部分が千切れた理由について考えられる最も妥当なものを上げる。だってそうだろ、亜竜の皮が千切れるくらい腹の肉の圧力が強いなんて現実的じゃない。ありえないから。




