第18話 冒険者ギルドは未経験歓迎、クリーンでアットホームな職場です。高収入も期待出来る夢のある……
【叫び兎】の討伐を使ってエルの適性を見極める算段だったが、エルが疲れているようなので一旦休憩することにした。まあ今日が冒険者初日かつ初ダンジョンなので仕方ないだろう。俺は温かいお茶の入ったコップをアイテムボックスから取り出してエルに差し出す。
「これでも飲んで」
「……今日だけで自分の常識が崩れていく。ダンジョン内で暢気に飲み物? しかも最初からお茶が入っているコップが出てくるなんて想像してなかったよ」
「これ結構難しいんだぞ。出す時にこぼしやすいからな」
「そういうことじゃないんだけど」
俺の言葉が求めていた答えではなかった様子のエル。まあ村人と冒険者では常識が大きく違うのは当然だ。すぐ慣れるよ。
休憩後色々な武器をエルに試させて【叫び兎】を狩り続けた。エルは最初に倒した1匹を含めて計9匹倒したのだが、武器適性は良く分からなかった。分かったのは現時点では元々使ったことがある弓と短剣の練度が高いこと、苦手な武器が無いということだ。弓は普通に俺より扱いが上手かった。
さて狩りを続けようと思えばまだ続ける体力はあったが、俺達はこの辺りで切り上げることにした。初日からそんなに焦るような状況でもない。エルには借金があるわけでもないし、思った以上に要領も良い。
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ダンジョンから出て冒険者ギルド前にやって来た。そこでギルドの解体場について説明する。
「冒険者ギルドの解体場はここの裏に回れば直接行ける。依頼を受けずに獲った獲物は直接解体場に持って行けば手間が省けるぞ」
「でも依頼を受けた方が報酬は良くないの?」
「もちろん依頼を受けた方がお得だ。討伐依頼だった場合、依頼達成料とモンスターの肉や皮の買取料を両取り出来るし、モンスターの特定部位の納品依頼だった場合は指定部位以外の買取料が余分に貰えるからな」
「じゃあ依頼を受けない利点なんてないよね」
「依頼を受けるってことは責任や義務が発生する。面倒臭いじゃん、そういうの」
俺の答えを聞いていたエルの目が、駄目人間を見るような目になっている。
「いやそんな目で見るなって。納品依頼とか本当に面倒臭いんだぞ。指定部位の状態に難癖付けて減額しようなんて糞依頼主とか普通に存在するからな。傷が付いてる、大きさが微妙、色味が悪くない? そういう文句なんて言おうと思えばいくらでも言えるから交渉術として使って来る」
「でも冒険者ギルドが間に入るからそういうのは大丈夫なんじゃない?」
「そう、その為のギルドなんだけど情報として耳に入って来ると狩りの時に気になるだろ。気を付けて倒さないといけないって神経使うし、慣れるまではそういうのは雑念になる」
俺の言い訳にエルは一応納得といった顔になる。でも俺は狩りに慣れてからの方が、依頼を受けずに狩りをするようになった。単純に金に困らないくらい稼げるようになったからだ。切実に金が必要なわけでもないのに依頼主の御機嫌取りなんて御免である。ただ依頼主のクレームにも利点がないわけではない。
「ただの文句や難癖ではなく要望として聞くなら、どういう物が求められているのか参考に出来るから、慣れてきたら気にしても良い。良い状態の物を納品することによって報酬が上がったり、ギルドからの評価にも繋がるからな」
説明を続けながら冒険者ギルドに入る。いつも通りマナに対応してもらおうと思ったのだが、先客の対応に忙しいようだ。彼女は5人組の若い冒険者の対応をしている。そこには見覚えのある顔が1つも無いし、装備もしょぼいから新入りだろう。
仕方がないのでマナの隣の空いている受付へ向かう。そちらは俺よりちょっと年上の……お姉さん受付嬢が対応してくれる。
「あらジン君の対応は久しぶりね。そっちの子は隠し子かしら?」
「メナスさん冗談きついって。隠し子なんているわけないだろ」
「そう? 元パーティーの誰かとの子だと思ったんだけど」
挨拶代わりの冗談にしては結構ハードなパンチが飛んできた。メナスさんは昔からの顔馴染だ。俺が冒険者になってすぐの頃世話になった人なので強くは返せない。それに下手に反撃して色々暴露されては堪らない。
「ない、絶対ないから。前に受けた依頼で行った村の村長に頼まれて、少し助言してるだけだ」
「へえ~新人に助言だなんて、昔のジン君からは考えられないわ。手の付けられない問題児だったのにね」
「勘弁してくれよ。それはパーティーメンバーの話で、俺個人は昔から真っ当だったから」
「そうだったかしら?」
参った。下手に雑談を続けると後輩の前でとんでもない暴露をされそうなので、さっさと用件を終わらそう。
「まあまあ話は後で、とりあえず依頼達成の手続きを」
「あら?」
エルが集めた薬草を受付カウンターに出す。続けて【叫び兎】もカウンター横にある台車の上に出していく。メナスさんに好きに喋らすのは危険だ。
「【叫び兎】の討伐もやってきたから」
「本当に新人の世話をしてるのね。意外だわ」
「お世話になってます」
エルがぺこりと頭を下げるのを見てメナスさんが感心している。何も意外なことなんてないのに心外だ。
「えーと薬草が7束、ちゃんと丁度良い量で束にしてくれているのね。こういう気遣いは大事よ。【叫び兎】は9匹、どちらも状態も悪くなさそうだし依頼は達成ね。兎は買取希望かしら?」
「1匹残して後は買取で」
エルの初仕事なので記念に1匹は自分で食べるのも良いだろう。
マナが対応していた若い冒険者パーティーの内の1人が鼻を鳴らす。その視線はこちらへ向いていた。俺達のやり取りを見て、小馬鹿にしたようにパーティーメンバーへ小声で何か言っている。
感じの悪いガキだな。どうせ初心者用の依頼内容が聞こえて、自分達と比較でもしてるのだろう。装備や身体つきを見る限り、コイツ等も大した依頼なんてやってないと思うのだが、雑魚程自分より下を見たがるものなのかもしれない。この程度のことを気にしていたら冒険者なんてやっていけないので華麗にスルーする。当然メナスさんも一瞥もせず話を進めている。
「じゃあ初めての子がいるし報酬の内訳から説明するわね。薬草の買取額は1束で大白銅貨1枚ね。今回は7束あるから大白銅貨7枚になるわ。【叫び兎】の討伐報酬が1匹銅貨2枚だから9匹で銅貨18枚、それと買取額が1匹銅貨3枚、8匹分で銅貨24枚になるわね」
エルはメナスさんの話を聞いて指折りつつ数えている。単純な計算なのだが、この世界の人間は地方の村出身だと計算が苦手な者も多い。小さな村には学校なんてないしな。大白銅貨が大体1000円、銅貨が100円なので、合計で11200円だな。初日としてはなかなか良い稼ぎだ。この後エルの防具購入と寝床の確保があるので、ある程度細かい硬貨で報酬は貰った方が都合が良いだろう。
「大白銅貨10枚と後は……銅貨12枚で貰える?」
「えっ」
まだ計算が出来ていなかったエルが声を漏らし俺を見る。先程までに比べて心なしか尊敬の色を感じるような気がする。
「エル、冒険者についてだけじゃなくて計算も教えようか?」
「ほんとっ、ありがとう!」
エルは明らかに冒険者としての指導より喜んでいる気がする。なんだろう、複雑な気分だ。しかしエル自身は夢や希望を抱いて冒険者になったわけじゃなく、生活の為に止むに止まれず冒険者になったので本当は他にやりたいことがあったのかもしれない。実家から離れたいみたいなので行商人にでもなりたかったのだろうか。でも初日からこの位稼げるなら間違いなく冒険者の方が向いてる。
メナスさんが後ろに振り返ってギルド職員を2人呼んで指示する。1人は報酬を取りに金庫へ、もう1人は納品した薬草と【叫び兎】を台車に乗せて運ぶ。やがて報酬を持った職員がメナスさんのもとに戻って来る。
「ではこちらが報酬の大白銅貨10枚と銅貨12枚です。確認をお願いします」
「エル、依頼達成報告は納品や報酬の受け取りで揉めやすいから、疲れていても絶対確認を怠るなよ」
エルにも硬貨の数を確認させる。メナスさんも頷いている。さっきはエルにゴネる依頼主について話したが、揉め事が大きくなるケースは冒険者や受付嬢にも問題あったりする。冒険者と受付嬢の間で信頼が損なわれ、対立するようになったらあくまで個人である冒険者の立場は弱い。冒険者と受付嬢の間に情報の齟齬が無いようにしておくことが重要だ。そうすればギルドは基本的には冒険者側に立ってくれる。元々それが目的の組織なので当然と言えば当然だが。
「じゃあ、これがエルの今日の稼ぎだ」
確認し終わった硬貨を小さな革袋に入れてエルにそのまま渡す。エルはぎょっとした顔で首を横に振る。
「全部!?」
「そうだよ。これは全部エルがこなした分だからな。それの金で今からお前の防具を買いに行くんだから遠慮すんな」
「いやでも色々教えてもらっておいて、これはちょっと気が引けるって」
「教えたのは俺の気まぐれだ。金で俺の指導を受けようと依頼出したら、こんなもんじゃ済まないぜ」
遠慮するエルにからかうように俺の指導料は高いぞと誇張して言ってやる。エルが少しは気兼ねしなくなれば良い。別に弟子を育てるんだと気合入れているわけでもないから、お互い気軽にいけば良い。
「このくらいで騒いでるようじゃ先が思いやられるぞ。いっそ明日は金貨を貰えるような依頼を受けるか?」
「無理でしょっそんなの!」
「稼ぐだけなら簡単なもんだよ」
エルの声が大きくなったせいか、それとも俺の話している景気の良い話が気になったのか、マナが対応している5人組の冒険者パーティー全員がこちらを見ていた。その表情は控えめに言っても好意的なものではない。
(良い歳したオッサンが薬草採りや兎狩りなんて恥ずかしくないのかよ)
(でも大白銅貨10枚って大銀貨1枚だろ? 貰いすぎだろ)
(片方は完全に新人だよな。しかも、そいつが全取りっておかしーよな)
(まともな防具もつけてねえぜ)
(あの受付と仲良さそうだし贔屓されてんじゃね?)
本人達は声を潜めているつもりなのだろうが、距離が近いので丸聞こえだ。もちろんその目の前にいるマナにも聞こえただろう。マナは流石に拙いと思ったようで彼らの話に割って入る。
「他の人の依頼の話は聞こえても、聞き流してください。特に他人の依頼や報酬についての口出しなんて絶対駄目ですよ」
彼等の愚痴や悪口がエスカレートして揉め事に発展するんじゃないかと、注意するマナは焦り気味だ。しかし彼等には素直に頷くような可愛げは無かったようだ。
「それなら俺達にも楽に1人につき大銀貨1枚稼げるような美味しい依頼回してくれればいいんだ」
「なんだったら上手い稼ぎ方をマナさんが教えてよ」
「仕事終わったらメシでも食いながら依頼について聞かせて」
5人組の中からこれ幸いと絡み始める奴が出て来る。これが新人冒険者が増える時期恒例の勘違い君やイキリ馬鹿だ。最近ギルド内でマナと話していると視線を感じることがあった。マナ目当ての厄介ファンなのは分かっていたが、もしかしたらコイツらだったのかもしれない。
マナは作り笑顔を浮かべて宥めようとするが、頬の歪みは隠しきれない。口説いている連中以外誰にでも分かるレベルで辟易しているのが分かる。マナは俺の視線に気付いたのか、申し訳なさそうに小さく頭を下げた。だがこの場合それは悪手だった。
「えーもしかしてマナさんも、あのオッサンを贔屓すんの?」
「そんなことないよね。受付嬢なんだから俺達もちゃんと面倒見てよ」
5人の内2人がマナへのウザ絡みを悪化させ、残りの3人がこちらを明確に敵視する感じになって来た。その時、5人の首に掛けてある認識票を確認すると木製だった。成りたてのガキか。マジで冒険者について未だ何も知らないのだろう。普通実力差が大きいから上の等級になんて喧嘩売らないんだけど、そういうのも分からないようだ。当然の如く受付嬢へのウザ絡みがご法度なのも知らないのだろう。面倒だが軽く撫でてやるかと思ったが、ギルド職員が先に動いてくれた。
「おう躾のなってないガキがいるな」
「ちょっとこっち来いや」
「あぁっ? 関係ない奴はひっこ……でぇぉ」
気付けばそっと近づいていた髭面や傷だらけの厳ついオッサン連中に、5人はそれぞれ肩を掴まれている。ギルド職員の中でも元冒険者組の連中だ。冒険者組というか、人相は組の方々にしか見えない。冒険者としては未だ何も知らないヒヨッコでも、見るからに怖そうな人間くらいは分かるのか、5人は萎縮してしまっている。
「面倒見て欲しいんだよなあ?」
「オッサンが教えてやるぜ。冒険者として大事なことをよお」
「ちょっ、はなせっ!」
5人組の中の1人が抵抗を試みるがビクともしない。元冒険者のオジサン達は現役ではなくとも、成り立てのほぼ一般ボーイ君とは実力差がある。抵抗空しく5人全員が強面のオジサン達に訓練所の方へ連行されてしまった。恐らく教育的指導が行われるのだろう。
「冒険者なんてゴロツキと大して変わらない奴が多いだろ。そんなクズの集まりを曲がりなりにも組織として成立させるのに何が必要か分かるか?」
エルが「アレ?」と元冒険者のオジサン達と彼らに連行される5人を指差す。それに対して俺は大きく頷く。
「そう、力だな」
「あのぅ聞き捨てならない表現がたくさんあった気がするんですが?」
マナが眉を寄せて注意してきた。メナスさんも首を小さく横に振っている。しかし新人に嘘を教えるのは気が引ける。ちゃんと事実を教えておくのは先達の務めである。ただ少々過激な表現だったのかもしれない。
「言い方が少し厳しかったかな。良いか、冒険者の多くはオツムがお猿さんなくせに、力は一般人とは比べものにならないくらい強いっていう下手すりゃモンスターより面倒な生き物なんだ。だからギルドは猿でも分かるように実行力によって管理しているんだ。気軽に逆らったりすると大変な目に合うから気を付けろよ」
「ジンさん自分も冒険者ですよね。なんでそんなに辛辣なんですか?」
マナが苦笑している。その質問に対する答えは簡単だ。
「自分達のことだからこそ正確に把握した方が良い。俺の故郷ではこういう話がある。敵を知り、己を知れば百戦危うからずってな。【敵】の部分をモンスターやダンジョンに置き換えれば応用が利く」
「へえー」
「自分のことをゴロツキや猿と言うのは流石に少し言い過ぎだと思います。もうちょっとマシですよ」
「自分のことだなんて言ってない。そういう奴が冒険者には多いって言っただけだ。しかもちょっとマシってなんだ、ちょっとって」
エルは感心しているがマナにはあまり刺さらなかったようだ。じゃあ、マナがまだ子供で冒険者について知らなかった頃の都市伝説的な話をしてやろう。
「俺の話なんてまだ甘いくらいだぞ。魔王がいた頃のこの界隈は特に乱れていたから、今より際どいことをしてたって話だ。ギルドでは表に出ない依頼があったらしい……それはギルドに逆らったパーティーや犯罪行為をした疑いのある冒険者を制裁するもので、それ専門にやる冒険者だけに直接依頼してたらしい」
「えーまたテキトーなこと言ってますよね、それ」
「それがな、表向きの依頼書は低報酬、大量納品になっていて誰も相手にしないんだ。でも専門の冒険者はそれを見るとギルドの酒場で特定の注文をするんだ。そしたら本当の依頼書を受け取れる。信じるかどうかはお前ら次第ってな」
マナとエルは話が進むにつれ俺の冗談と判断したのか、最後は「嘘だー」などと笑っている。メナスさんも笑っている。顔は笑っています。目は笑っていないです、はい。




