表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/30

第17話 新人研修2

 いつも俺が行っている町はずれにあるダンジョンにエルを連れてやって来た。エルの分も合わせて銅貨2枚をダンジョンの出入り口にいる警備兵へ渡してダンジョンへ入る。ダンジョンに入ると、別空間に転移するような不快感がありエルは呻いた。


「うわっ……何か吐き気がする」

「これ慣れないんだよなあ」

「そうなんだ。俺だけかと思った」


 頭を振って不快感を振り払おうとしているエルに、このダンジョンの大まかな説明をする。


「ここのダンジョンは4つのエリアに分かれている。奥に行くほど春、夏、秋、冬と季節が変わるぞ。当然奥に行くほどモンスターは強くなる。今日は春のエリアで薬草を採集してから兎狩りだ」

「薬草なら村でも採ってたから自信あるよ」

「そうか、でもダンジョン内だから同じ意識では危ないぞ。採集に夢中になって周囲への警戒が疎かにならないようにな」

「そんな危ないくらい集中なんてしないと思うけど」


 それが普通の感覚だろう。俺だってそう思う。他の人間に聞いてもテキトーに採集するだけで何で危ないんだよ、と答えるはずだ。でも実際にやり始めれば結構周りが見えなくなるくらい集中することが多い。採集する対象が特別好きでなくとも、探して見つけて採るという一連の行動を続けていると楽しくなってくるものだ。それで獣に襲われたり、急な傾斜を転げ落ちたりなんかするケースは珍しくない。


「これは俺の知り合いの話なんだが、そいつは当時5人パーティーで討伐依頼をこなしていた。討伐依頼自体はすぐに終わって帰りの道中に貴重なキノコの群生地を見つけた。それは上級ポーションの材料の1つだった。予想外の幸運にそいつは喜んだ。そいつはアイテムボックス持ちだったから、メンバーに周囲を警戒しとけと言って夢中でキノコを採り始めた」


 エルは熱心に聞いている。


「もうこれくらいで充分だろって思った時、唐突にケツに痛みが走る。振り返るとびっくり、狼に(かじ)りつかれていたんだ。慌てて狼をブチのめして周囲を見回すとパーティーメンバーも狼と取っ組み合いになってる。当然そいつは驚いた」

「……なんでそうなるんだ」

「それが普通の反応だな。狼の群を撃退した後、当然そいつはメンバーに聞いた。なんで誰も周囲を警戒していないんだ? なんで全員武器を持ってないんだ? なんて言ったと思う?」

「狼が上手く隠れて近づいたから?」

「違う。4人はそれぞれこう言った。誰かが見てると思った。誰か1人くらいは戦いに備えて武器を構えていると思った。皆楽しそうにキノコ採っているのに自分だけ見てるのは嫌。こまけえこと気にすんなよ、ハゲるぞ。そんな頭の悪い言い訳を聞いてムカついたから、俺は最後の1人をブン殴った」

「あっ、知り合いじゃなくてジンさ……いえ」


 日本で知り合いの話と切り出した場合、高確率で自分の話なのはお約束なのだが、こちらの世界では通用しなかったようだ。


「この話から分かる教訓はなんだ?」

「周囲に気を付けよう?」

「それだけじゃない。自分の命に関わることを安易に他人に任せないってこと、あとアホな仲間は敵より危険ってことだ」

「3つの選択で間違わなければ冒険者としてやっていけるってギルドで話してたヤツだね」

「そう依頼、仲間、装備の3つだ。これを間違うと酷い目にあうからな」


 エルは自信無さげな顔をしている。


「まあ、いきなり言われても分からないよな。その為に俺が取っ掛かりになるようなことを教えるし、ギルドの受付も助言はしてくれる」


 エルはまだ分かったような分からないような微妙な表情だ。最初はこんなもんだろう。やっぱり慣れだよな。聞くより実際にやって数を熟す方が有効だ。


「よし、じゃあこの辺りで薬草探してみるか?」

「その話の後だと凄く不安なんだけど」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。俺は周囲の警戒を怠るような真似はしないから」


 エルの視線には若干の疑念が混ざっているような気がするが、気のせいだろう。


「あった!」


 エルはすぐに薬草を見つけた。村でもやっていたというだけあって慣れたものだ。新人相手の場合、他の野草との見分け方や良く生えている場所の傾向なんかを教えるもんだと思っていたが必要なさそうだ。


「今、持っているくらいの量で1束にしとけ。それで大体ポーション1本分の材料だ」

「うん。あっ、あっちにも」

「ちなみに1束で銅貨10枚(1000円くらい)だ」

「えっそんなに高いの!? 村では子供の小遣い稼ぎでみんなやってたけど、銅貨1枚か2枚だったよ」

「それって冒険者ギルドや商業ギルドと直接取引してないだろ」


 頷くエル。間に入る人間が増えれば増えるほどコストは上がる。慈善事業じゃないから、それぞれが利益を取るわけでその分立場の弱い方へシワ寄せがくる。子供だと特に相場とか分からないだろうしな。


「輸送費やら仲介料やらを考えると取り分が減るんだよ。色々世知辛い事情があるんだが、そっちは追々な。聞いても楽しい話じゃないだろうし」

「そうでもないけど」


 エルは良い意味で子供らしくない。冒険者なりたての子供なんて金にまつわる裏話より、討伐関連の話に興味がいくものだ。自分で受ける依頼も採集系の依頼よりモンスターと派手に戦う方を望むもんだ。まあ初心者が派手に戦えば無事では済まないけどな。


「じゃあ豆知識を1つ。冒険者ギルドの受付ではぼったくりポーションが売られている。ちなみに1本金貨2枚(10万円くらいの感覚)」

「ははっ冗談きついよ。いくら俺が村から出て来たばっかりでも嘘って分かるから」

「事実だぞ。受付で聞けば分かる」

「……都会は思ったより怖い所だね」


 話しながらの薬草集めだがエルは要領良くもう4束も採集している。天才かな? 薬草採集なんて冒険者ギルドの依頼としては初歩中の初歩だ。しかしこのペースで採れるならこれだけで食っていける。


「エルお前薬草採りの天才だな。100年に1人レベルの薬草採り名人になれるぞ」

「全然嬉しくないよ。別にドラゴン退治とかに夢見るガキじゃないけど、そんな才能は流石にいらない」

「馬鹿言うな、薬草採りで稼げるなら楽で安全だし最高だろ」

「ジンさんて変わってるよね。強いモンスター相手に勇敢に戦って大きく稼ぐのが冒険の華って聞いたよ」

「そういうノリでやっていくのも楽しい。けど長くやってれば飽きるぜ。モンスター倒して稼いだ金貨も、薬草採って稼いだ金貨と同じ金貨だ」

「変わってるよ」


 お前もこっち側だと思うぞ。まあ冒険者としてのスタイルは人それぞれだ。俺と全く同じでなくても良い。自分に合ったものを選べるくらいには教える。後は自分次第だ。


「これで7束目と」

「本当に天才だ。薬草採りの天才がいる」

「それ止めてよ」


 エルは照れくさそうにしている。褒められることに慣れていないのだろう。俺は褒めて伸ばすスタイルだから慣れろ。


「さて薬草はこの位で良いな。次は兎狩りといこう。使ったことがある武器ってあるか?」

「弓と短剣は」

「それから試していくか」


 アイテムボックスから弓と矢を出してエルに渡す。それから周囲に他の冒険者がいないか良く確認しなおしてから、魔法で雷をテキトーな場所にいくつか落とす。そうすると人の叫び声のようなものが聞こえる。


「誰かに当たっちゃった!?」

「違う、この叫び声は【叫び兎】のものだ。そっち」


 俺が叫び声が聞こえた方向を指差すと大きめの兎がそこにはいた。エルは慌てて弓を構えて放つ。当たりはしたが後ろ足付近で即死には至らない。兎は即死ではないが動きは鈍っている。エルはすぐに次の矢を放つ。今度は胴体に当たり動きはほぼ止まる。致命傷だろう。


「弓は普通に使えるな」

「ちょっと急に何するんだよ」

「【叫び兎】は大きな音とかに反応しやすいから、これが手っ取り早いんだ」

「他の獲物が逃げたらどうすんの」

「大丈夫だ。【叫び兎】の叫びは仲間を呼ぶ為のものだ」

「全然大丈夫じゃない!」


 エルは「受付の人が無茶するんじゃないかと心配だった」って言ってた意味が分かったとか言っている。


「こんなのは無茶とは言わない。効率的って言うだぞ」

「ちょっと待ってよ」


 俺は次に試させるつもりだった短剣を出してエルと武器を交換する。その間に兎共が寄ってきている。今のところは5匹だ。大きな叫び声を上げさせればもう何匹かは釣れるだろう。俺は久しぶりに弓を使ってみるが僅かに狙いがそれてしまう。


「俺より下手っ」

「落ち着いてちゃんと相手を見て対処しろ」

「なんで外したのに落ち着いてるのっ?」


 エルは俺が矢を外したことに動揺している。


「慌てなくても兎は弱いから大丈夫だって。エルは攻撃を当てることに集中するように」

「ジンさんこそ当ててよ」

「武器なんて無くても【叫び兎】なんてどうとでもなるから」


 俺は弓と矢をアイテムボックスに入れ素手のまま兎に向かっていく。兎が叫びながら飛び掛かって来る。この程度のモンスターだと俺が集中していれば、その動きはスローモーションみたいなものだ。右手で兎の首を掴み、左手ですぐに胴体を掴みそのまま絞める。【叫び兎】はその名の通り断末魔の叫びを上げながらお亡くなりになる。


「うぅ俺このモンスター苦手かも」

「いけるいける。ちゃんと対応出来てる。相手は小型だ。一撃で綺麗に当てれそうじゃ無い時は、軽い攻撃で動きを鈍らせるとやりやすいぞ」


 エルは口では弱音を吐いているが冷静に対処出来ている。【叫び兎】狩りを嫌がる冒険者は割といる。単純に煩いし、人間みたいな叫び声であまり良い気持ちはしないからな。むしろ好きって言っている奴とは距離を置きたいまである。しかしこの街では避けては通れないのがこの【叫び兎】だ。


「【叫び兎】はこの街の家庭の味なんだぞ。街からすぐ行けるダンジョンの入り口付近から現れる弱いモンスターだからな。1番安くて手に入れ易い肉と言えばコイツだ。シチューが定番かな」


 説明しながら状況を分析する。残り4匹の【叫び兎】はこちらを取り囲むように広がる。流石にいきなり複数の敵に囲まれる状況は初心者には難しいだろうから、残り4匹のうち3匹は俺の方で処理してしまうか。【叫び兎】の攻撃手段は噛みつきだ。近づけば安易に噛みつこうとしてくるので対処は簡単だ。1匹だけ殺しきらずに捕まえておく。


「エル~これで1対1だぞ。相手の動きを良く見ていけよ。コイツらの攻撃で人間に有効なのは噛みつきくらいだ。カウンター狙いならそこだぞ。自信があるなら先手狙っても良いからな」


 エルは俺のアドバイスを聞いてカウンター狙いでいくようだ。軽く前屈みになって小さな構えを取っている。兎が飛び掛かって来たところをエルは斜めに切り付ける。


「おー上手いぞ。じゃあ次は槍かな」

「ちょっと待って。休ませてよ」

「体力無いな」


 エルはここまで卒なくこなしていたが、本格的な戦闘は慣れないのか疲れたようだ。仕方がない、無理をするような状況でもないし一旦休憩するか。俺は捕まえていた【叫び兎】を静かに絞めアイテムボックスに放り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ