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第16話 新人研修

 俺は朝から冒険者ギルド内にある酒場で軽食を摘まむ。今日から新人の面倒を少し見ることになっているので当然酒は抜きだ。酒場なのに。ちびちびとお茶を飲みながら炒った豆を食べて時間を潰す。そこそこ長丁場になるのを覚悟していたが、件の少年はすぐに現れた。ギルドに入って来てキョロキョロしているので、手を挙げて呼ぶ。


「こっちだ」

「待たせてしまったみたいで、すみません」

「いいよ、そんなん。待ち合わせするって約束したわけでもないからな」


 時間を決めて待ち合わせしとけば良いのだが、時計を持っている人間が少ないのでそれは難しい。その為ギルドで俺の名前を出せとしか言ってなかったし。


「それよりメシはもう食ったのか?」

「いえ、まだ、です」

「無理に敬語とか使わなくて良いぞ」


 腹が減っては戦は出来ぬって言うし、軽く食べられるパンとスープを店員に頼み、それから改めて自己紹介する。


「俺の名前はもう知っていると思うが改めて、ジンだ。よろしくな」

「はい、俺はエルって言います。よろしくお願いします」

「硬い硬い。もっと楽にしろって」


 頭を下げるエルに力を抜くように言う。変に畏まられるとコッチまで肩がこる。


「冒険者は命の危険もある職業だけど気持ちの切り替えが大事だぞ。いつも緊張状態では肝心な時に集中力が続かないからな」

「はい」


 俺が頼んだパンとスープが届く。もう少し緊張を解しておいた方が良いと思ったので、エルが食べ終わるまで軽く雑談を続けた。


「今日は冒険者登録した後にダンジョンに行く。ダンジョンに行く前の食事はこんな感じの軽めの物にしといた方が良い」


 エルは口の中にパンがあるので頷いて応えた。俺からすると粗食だがエルは夢中で食べている。空腹だったのだろう。それが村から出て来たばかりで食事する暇が無かったからなのか、それとも家で満足に食事が摂れない環境だったせいなのかは分からない。まあ今日からは食に困らない程度には、稼げるように教えないとな。


 食べ終わった頃にはエルも多少肩の力が抜けたように見える。俺は店員に代金を渡して席を立つ。


「あの、代金は自分で」

「奢るって、こんくらい。この後、自分で払えるように稼ぎ方を教えるから、そういうのはそれからにしとけ」

「ありがとうございます」

「よし、じゃあ実際にやりながら色々教えていくからな。まず冒険者登録からだ」

「最初は見習いって話してたよね」

「そうだ、村で言ったことを覚えていたんだな」


 ちゃんと話を聞いて覚えているのは好印象だ。というか話も聞かないような奴に教えることはない。受付窓口は3つある。俺はいつも通りマナの所へ行く。


「おはようございます。ジンさん、そちらの子が話の子ですか?」

「ああ、登録手続きを頼む」

「はい、ではこちらに記入をお願いします」


 マナの差し出した紙にエルが記入していく。といっても大した内容ではない。名前、年齢、性別、出身くらいだ。ゲームのようなクラスやジョブといったシステムは無いので職業の記入はない。もちろん本人の得意なことはあるので剣士や弓使いなどの区別はあるが登録の際には不要な情報だ。エルの記入が終わるとマナが用紙を確認していく。


「エルさん、15歳で、男性と、はい問題ありませんね」

「登録料は銅貨3枚だったよな」

「ええ、これで手続きは完了です。認識票を用意するので少々お待ちください」


 俺は銅貨3枚を支払い、新人を教えるのに丁度良い依頼がないかマナに尋ねた。


「最初は採集系が良いですね。でもジンさんが付いているなら【叫び兎】の討伐くらいは……」

「エル、いいか? 慣れるまでは受付嬢の助言はしっかり聞いとけよ。特に()()()()()()()()()()()の言うことには従った方が身のためだぞ」


 エルが何とも言えない表情をしている。俺が言っているのは断じて変な意味ではない。プロの意見は大切だねって話だ。


「冒険者としてやっていくなら大事なのは目利きだ。依頼、仲間、装備、この3つで選択を間違えなければ冒険者としてやっていける。今回は俺がある程度教えるが、受付のお姉さんは色々な依頼と冒険者を見てきているから助言も参考になるはずだ」

「そう言うジンさんは私の言うこと聞いてますか?」

「ちゃんと聞いているだろ。俺はここ5年依頼失敗無し、ギルドからのペナルティも無しの模範的な冒険者様だぞ」


 これが日本の運転免許だったらゴールド免許だからな。マナはなんでそこで首を傾げているんだ。ギルド内の訓練所でお化けキノコを食って毒に当たった時だって、事前に一応マナに話を通しておいたおかげでペナルティ無しだっただろ、俺には。誰かさんは怒られたみたいだが。


 話している間にエルの認識票が出来たようだ。男のギルド職員が認識票をマナに渡す。マナはそこに刻まれた名前を確認してから机の上に置く。


「それではこちらが認識票になります。無くさないようにお気を付けください。ジンさん、依頼はどうします?」

「ここは初心者定番の薬草採取からの流れで兎狩りにしておくか」

「意外にまともですね。ジンさんだから無茶するんじゃないかと心配だったんですけど」

「俺って結構慎重だぞ」


 マナは「へえ~そうなんですね」と1ミリも俺の言葉を信じていない。俺は一見無茶をしてるように見えて、一線は越えないんだが変なイメージ付いてるな。しかも新人を連れて行くのに変なことはしないよ。ホントだよ。


「ではお気をつけて……」


 俺達が出発しようかというタイミングで、マナはこそこそと俺へ顔を寄せて来た。


(昨日のアレ、揚げパンでしたっけ、アレより先に作るつもりだった方は何時食べられますか?)

「おぅ、マナの次の休みにでも作るか」


 マナは他の人間には分からないくらい小さく顔を歪め「あと6日も待つのかぁ」と嘆いた。マナはしっかりカロリー沼に沈みつつある。そんなマナに俺は軽く手を挙げ、エルの方はペコリと頭を下げてから出発する。


「まずダンジョンに行くぞ」

「えっ、いきなりっ武器も持ってないんだけど」

「入ってすぐの辺りだけな。装備は貸すから実際に色々使ってみて、エルが自分に合ってると思ったヤツを今日の報酬で買うって流れで行くつもりだ」

「俺は構わないんだけど装備なんて借りて良いの?」

「普通は無しだな。パーティー内でも基本装備の貸し借りなんてしない」


 自分が使っている武器を貸すなんて大抵の冒険者は嫌がる。俺もそこに含まれる。ただ今回はちょっと事情が変わる。


「もう俺が使っていない初心者向けの武器だから特別な。普段使っている武器は自分の命を預けている物だから貸し借りは避けた方が良い。見せてくれってくらいでも不快に感じる奴は多い。貸してくれなんて以ての外だ。言うのも駄目だが、言って来る奴は距離を取った方が良いぞ」

「そうなんだ」

「冒険者になってすぐは色々物入りだからな。買うなら自分に一番合った装備を買おうぜ」


 はい、と素直に答えるエル。こんな素直な生徒ばかりなら新人研修も悪くないな。


「エルは受付ではあまり喋らなかったけど、もうちょっと積極的に話して打ち解けた方が得だぞ」

「仕事が出来る感じで格好良くて村にはあんな風な人いなかったから緊張しちゃって」


 格好良い? マナも仕事はもう慣れた頃だと思うが格好良いというのは意外な感想だ。まあ受付嬢のビシッとした制服を着て慣れた感じで対応していれば、そう感じるのも無理はないのか? 先程まで話していたマナの姿を思い出してみる。真面目な顔をしていた時は確かに様になっていた。美形ってお得だな。でも食い物の話をしている時の顔は格好良いとは言い難いものだったぞ。こうやって村から出て来たばかりの少年達は勘違いをしていくのだろう。


「受付嬢相手の色恋は節度を持ってな。下手すると火傷程度じゃ済まないぞ」

「いえっそんなんじゃないから。今はそんなこと考える余裕なんてないし」


 余裕があるか、ないかは関係ないと思うがな。だが確かに今のところエルから舞い上がった勘違い君みたいな熱量は感じない。受付嬢を口説く場合に避けるべき行動について、後でレクチャーしとけば大丈夫だろう。


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