第15話 揚げパンは隙を生じぬ二段構え
俺は1年後カロリーモンスターになる女こと、マナに揚げパンを食べさせることになった。材料は特に珍しい物でもないのですぐに手に入る。俺のイメージでは給食に出て来た揚げパンを再現するつもりなので、そのイメージ通りのコッペパンっぽい物が買えたのは幸いだった。そこで「さて何処で調理をするか」という話になった。
「え~ジンさんの家? 言葉巧みに連れ込もうとしてますか?」
「ここまでで巧みな話術なんて全く無かったし、下心も無いぞ」
マナの発言は自意識過剰──ではない。受付嬢狙いの冒険者なんて掃いて捨てるほどいる。その位の警戒心は持っていた方が良い。俺としても知り合いが酷い目に合うのは気分が悪いので、若干チョロそうなマナにちゃんとそういうことを考える脳があって安心である。
「その調子で油断するなよ。男なんて狼だし、冒険者なんてほとんどゴロツキみたいなもんだ。隙を見せるんじゃないぞ」
「どういう立ち位置からの発言なんですか? お父さんも似たようなことを言うんですけど」
マナはこちらを呆れた顔で見ている。
父親が心配するのは分かる。ギルド受付嬢なんて元々顔採用しているんじゃないかと疑惑の職種なだけあって、コイツは間違いなく可愛い。それに普段ギルドで働いている時に比べれば着飾っているし、テンションも高めである。
今日は微かにピンクがかった金髪をただ単に後ろで束ねたいつものスタイルではない。ハーフアップで頭の両サイドから編んだ髪の束が後頭部に伸びており、それをグルグルっと何か纏めている。女の髪型なんて詳しく知らない俺には名前は分からないが、普段より凝っているのは分かる。服もいつものギルドの制服ではなく女の子らしいちょっと短めのスカートを履いている。それでコロコロ表情を変えて楽しそうにしているんだ、新人冒険者なら一発で惚れるだろう。
「立ち位置的に言うんだったら、勝手に後方腕組み父親面ってところかな」
「聞いたことのない言葉なのになんとなく想像出来て嫌。気持ち悪いです」
「まあ冗談みたいに言ってるけど気を付けた方が良いぞ。新人が増えてるきている今の時期は特にな」
「それは分かってますよ。ギルドの先輩にも注意されてます」
必ずしも新人冒険者がベテラン冒険者より危険というわけではない。だが無鉄砲な奴いるからなあ。ベテランまで行くとそういう奴は淘汰されているから少ないんだけど。
ベテラン冒険者でヤバい奴は慣れから倫理観がバグっちゃったパターンが多い。前はこの位やって問題になったり捕まったりしなかったから、今回はもうちょい冒険出来る、みたいな感じでエスカレートしていく。【冒険者】の【冒険】ってそういう意味じゃないからというツッコミが入る反社共だ。俺みたいな模範的な冒険者を見習ってほしいもんだ。
「で、結局どうする。どっちにしろ俺は明日ギルドに顔を出すから持って行っても良いぞ」
「んー、ジンさんが作るんですよね」
「そうだぞ」
「作り方見ておきたいしなあ……うん、行きます」
「ほーい」
「軽いですね」
「いや、だって俺はどっちでも良いから」
俺にとって重要なのは、マナに揚げパンを食べさせてカロリーの底なし沼に引きずり込むことだ。家に来るかどうかではない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「良い所に住んでいるんですね。一軒家ですし、もしかして昔は結婚していたけど、奥さんに逃げられた感じですか?」
「違う。まともな調理場が付いてる物件はこういう所しかないんだよ」
俺の家に着くとマナは開口一番とても失礼なことをのたまった。
確かに年齢的にもバツ1とかでもおかしくないし、家も明らかに一人暮らし用ではない。でも仕方ないじゃん。食べたい物を作るにはそこそこの調理場が必要なんだからさ。
「前から思ってましたが、ジンさんって食べ物への執着が凄いですね」
「鏡見てから言えよ」
「いえいえジンさんには負けますよ」
どちらがより食いしん坊キャラなのか言い争いながら調理に移る。
鍋に油を注ぎかまどに火をつけると、マナが驚きの声を上げた。
「油を使うんですか!?」
揚げただけで何でも2倍から3倍美味しくなるんだぞ。これ基本な。なおカロリー。
油の温度がある程度高くなったらアイテムボックスから出したコッペパンもどきを、そこへ投入する。
「ぱ、ぱんをあぶらであげてる、このひと……」
こら、異常者を見るような眼を俺に向けるんじゃない。しかし、そう言えばこっちに来てから揚げ物はあまり見かけなかったな。揚げ物はあるにはあるんだが、あっても魚の素揚げや小麦粉をまぶして少量の油で揚げるくらいだ。それも揚げるというよりほとんど焼くと言った方が近い感じだ。油の値段が高いから揚げ物自体が一般的ではないのかもしれない。
ムラなく揚げる為に長めの箸でパンをひっくり返す。油が弾ける音だけでお腹が空いてきた。大皿を机に置く。揚げ終えたパンを揚げ物用バットに1度置き油を少しだけ油を切る。しっかり油を切る必要は無い。むしろ油なんて滴るくらいの方がここからの工程で真価を発揮する。皿にパンを載せ、その上から皆大好きな白い粉をふんだんに振りかける。もうね、これでもかってくらいにかけて良い。白い粉はもちろん砂糖のことだぞ。
「出来上がりだな」
マナは初めて見る揚げパンを前に目を見開いている。
改めて見ると揚げパンってヤバい料理だよな。炭水化物を油で揚げて砂糖まみれにするって冒涜的だろ。え、何に対して冒涜的かって? そら健康に対してだよ。まあ適量なら良いんだよ、そして適量は俺自身が決める。
恐る恐るといった感じでマナが揚げパンを手に取り、口に持っていく。1口2口と食べていくごとにペースがドンドン速くなっていく。
「飲み物はどうする? 紅茶とコーヒーどっちが良い?」
「こうちゃでっ」
俺がアイテムボックスにポットごと入れていた紅茶を出している間にマナは揚げパンを食べきってしまった。遅れてコップに紅茶を注いでマナの前に置く。マナは澄ました顔で飲んでいるが、先程までの食いっぷりと砂糖でベトベトの手と口まわりでは格好がつかない。
「まあ、なかなか、すごくすごい良い物でしたよ」
「語彙力死んでるけど大丈夫か? まだ終わりじゃないんだぞ」
「ぇっ?」
俺は先程と同じようにパンを揚げていく、しかし今度かけるのは砂糖だけではない。大皿に砂糖ときな粉を出して混ぜる。そこに揚げ終えたパンを置いて、まぶしていく。
「……ちょっと地味じゃないですか?」
「フッ」
俺はつい鼻で笑ってしまう。
甘いな、揚げパンより甘い奴だ。華やかなケーキとかには無い素朴さが、時たま無性に食べたくなる魔性を秘めているんだ。ついでにダメ押しをしておくか。
「これと一緒に食べると良いぞ」
俺は新しいコップを取り出し牛乳を注ぐ。そして牛乳を魔法で良く冷やす。きな粉の揚げパンにはやっぱ牛乳だよ。風呂上りの牛乳も良いけど、きな粉の揚げパンには合わせる牛乳は格別だ。
「なんだろう、初めて食べるのになんだか懐かしい味がします。凄く甘いんだけどどこか優しい味です。それと牛乳が良く冷えてますね。私牛乳あまり好きじゃないんだけど、良く冷えてるとこんな感じなんですね」
「飲み物は大体冷えているか、温かくないと美味しくないだろ。その為に俺は魔法を覚えたまである」
「そういえば顔に似合わず魔法使えましたね」
気付けばマナはきな粉の揚げパンも食べ終えていた。
「じゃあ、そろそろ自分の分を作るとするか」
「えっ、私まだ食べれますよ」
「……これで決定だな。デ、食いしん坊の称号は俺じゃなくてマナのものだ」
「今デブって言おうとしませんでしたっ!?」
「言ってない言ってない。そう聞こえるのは心の何処かでそう考えているからだ。体はまだ太っていなくても、お前の心にはもう贅肉が付いているんだ」
この後、俺は揚げパンを6個作ることになった。俺とマナどちらが何個食ったかはマナの名誉のために伏せておく。




