第14話 カロリー=美味しい
評判の店でお目当てのクッキーを手に入れ、マナは少し浮かれている。しかし買ったばかりのクッキーを2、3枚食べたところで口の中がパサつくのが気になったようで手が止まった。流石に飲み物はいるよな。一応アイテムボックスに飲み物は入っているが折角なら歩きながらより、落ち着いて食べた方が良いだろう。
「家に帰ってから食べた方が良いんじゃないか」
「そうですね。ちなみにジンさんは何袋買いました?」
「2袋だな」
「甘い物食べ過ぎるとマズイんじゃないですか? この前教会で脅されたって言ってませんでした~」
こやつ軽く煽ってくるぞ。煽られたら煽り返すのが作法というものだよな。
「俺は運動してるからちょっとくらい多めに食べても問題無いだろ。でも普段書類仕事ばっかりの生活している人は大丈夫かな?」
「私いくら食べても太らないんで」
ぬかしおるわ。そんなこと言ってられるのも後10年や20年だぞ。ソースは俺。いや10年、20年と言わず今すぐこちら側に引き込んでやろうか。このクオリティのクッキーでこれだけ喜んでいるのだ。俺が現代知識を活かしたスイーツを作れば完堕ちするだろ。カロリーの沼によ。
クッキーは確かに美味い。だがこのクッキーのクオリティは日本で食べていた物の平均には達していない。均一化が微妙なのが原因だ。サイズやドライフルーツの配合率が違うと火の通りが変わるから、ハズレが出て来ることになる。これになら素人の俺でも勝てる、はず、多分、恐らくね。
と、なると何を作るか決めなければならない。パンチ力のあるやつが良いな。作りやすい物ならプリンやパンケーキがあるがちょっと地味かな。盛り付け次第かな。悩むぞ。日本を離れてもう10年以上経っているし、元々スイーツにあまり興味が無かったから発想が貧弱過ぎる……そう言えばこっちに来てからアレを使ったスイーツを見たことが無いな。決まったぞマナ。お前をカロリーの沼に堕とす武器がよぉ。
「クッキーだけじゃ物足りないだろ。へへっ、お客さん。他に良いモンありますぜ」
「何ですか急に。胡散臭い芝居止めてもらえます?」
「いやあ、これくらいじゃ穴埋めには足りないかなって思ってな」
「殊勝なジンさんは碌なことを考えていない、私の過去の経験がそう語っているんですが」
「進むべきかどうか迷った時、一歩を踏み出した者だけが新たな世界を見られるんだぞ」
「それっぽいこと言ってるジンさんって凄く詐欺師っぽいですよね。なんか薄っぺらいんですよ」
そらそう。本気で思っているわけじゃない言葉だからな。だがな、俺は決めちまったんだよ。お前をカロリーが高い食べ物ほど美味しそうに感じてしまう、カロリー沼に引き込むって。安心して良い。もし太ったら健康的な生活を送るにはどうすれば良いのか助言するから、ダイエットの先輩として。
「マナが絶対食ったことないヤツなんだけどなぁ。残念だな~」
「えーそんな簡単に釣られませんよ」
マナは言葉とは裏腹にそわそわしている。大丈夫か、こいつ。「お嬢ちゃん美味しいお菓子があるけど来る?」という変質者のテンプレートに引っかかるぞ。
「まあ美味くて食べ過ぎちゃうかもしれないから止めといた方が良いよな。太ったら困るし、止めとこ」
「いや私太りませんから大丈夫なんで、とりあえずどういう物かもう少し聞かせて貰えませんか」
フィッシュオン!
食い付き良いね。入れ食い状態だよ。
「それはフワッとしていて甘いんだよ」
「……もしかして白いパンに砂糖をまぶした物ですか? 聞いたことがありますよ」
マナの予想は外れだ。この辺で一般的なパンは全粒粉やライ麦が入った硬いパンである。マナが言っている白いパンとは、この辺りでは珍しい小麦粉で作った白くて柔らかいパンのことだ。日本では珍しくもなんともないやつだ。マナが聞いた噂は、砂糖まぶした揚げパンっぽい物がこの世界にもあって、それを聞きかじったのかもしれない。揚げパンはシンプルだけど美味いよな。
「そんなんで良いならすぐ作れるし不正解っ」
「す、す、すぐ作れるっ? 王都の冒険者ギルドに転属になった先輩がた、た、ま、たまに自分へのご褒美として食べているというあのパンをっ!?」
女の子がタマタマなんて言うんじゃありません。下品でございますわよ。白いパンはこの辺では贅沢品だがそこまで言う程のものではない。こっちでは砂糖も庶民からすれば高いけど大袈裟だ。やっぱりマナが聞いた噂って揚げパンじゃなくて別物なのか?
「あの、すぐ作れるなら、そちらで良いので」
「いやマナが言っているヤツとは違うかもしれないぞ。俺が想像したのは、そんな難しい物じゃないから」
「じゃあ、じゃあ、とりあえず試してみましょう」
「んーまあ良いけど。材料買いに行くか。砂糖まぶしたパンなんかで良いなんて簡単だな」
「な、なんか? なんかって言いました? 最初言ってたのってそんなに凄い物がなんですか」
「この街に10年以上住んでいて1回も見たことも聞いたこともないヤツだな」
ガッとマナに腕を掴まれた。凄い力だ。俺が銀等級の冒険者でなかったら腕を握り潰されていたかもしれない。こいつ冒険者じゃないからモンスターを狩って魔力を取り込んで体を強化しているわけでもないのに、なんでこんなに力強いんだ? 前世ゴリラだったりする?
「りょーほー、両方試しましょうよ」
必死やん。もうこれカロリーの沼に半身沈んでるな。まあ俺も揚げパンは懐かしいし、作るのも吝かではない。それにしても、もしかしたら俺はとんでもないカロリーモンスターを生み出してしまったかもしれないぞ。
この時の俺は軽い気持ちで請け負ってしまったが、のちに後悔することになる。もう少し俺が慎重であればあのような恐ろしい悲劇は生まれなかったのに……嘘です。意味深な感じを出してみたが甘い物食べるだけです。最近は運動も心掛けているしちょっとくらい甘い物食べても平気、平気。




