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第13話 穴埋め

 風呂上りには牛乳。銭湯がもっと一般的だった頃の日本では、定番と言われていた組み合わせだ。俺もそこに異論はないのだが、良く冷えた炭酸飲料も捨てがたいと思う。何が言いたいのかというと、今まさに風呂から上がった俺には2つの選択肢がある。牛乳か炭酸どちらを飲むかという究極の選択だ。


「もう牛乳で良いっしょ。さっさと決めてくれよ」

「今日この瞬間はもう二度と来ない。明日飲む牛乳は今飲む牛乳とは違うし、それは炭酸飲料でもそうだ」

「大袈裟な」


 店主のブライトが呆れているが、そんな簡単な話ではない。たかが飲み物の選択。しかし何事も一期一会なのだ。


「ふむ、なかなか含蓄のある言葉ですぞ」

「リソーさんまで変なこと言うのは勘弁してよ」


 先程洗い場で話していた薬屋の隠居はリソーというらしい。それはさておき確かにあまり時間をかけるのも良くない。時間が経ち過ぎるとそれはもう風呂上りとは言えない。悩むなあ。いや逆に考えよう、両方飲んじまえば良いと。


「よし両方だ」

「おぉ、あえて前提である選択肢を捨てると」

「えぇ……アホだよこの人達」


 流石人生経験豊かなだけあってリソーは何か感じるものがあったようだ。俺は金をブライトに支払い。牛乳と炭酸水を受け取る。


「冒険者はなんの為に強靭な体を持っているのか、分かるか?」

「分からんよ。少なくとも牛乳や炭酸水を飲む為ではないのは確かだぞ」

「自分のやりたいようにやる為だ」


 先ず牛乳を一気飲みする。ごくごくごくと咽喉が鳴る。最初濃厚に感じるがその後はむしろスッキリした味だ。次にアイテムボックスから出した柑橘系の果実を炭酸水に絞り一気に飲む。口内に炭酸の弾ける感触、香りと酸味は鼻に抜ける。


「好奇心をくすぐられる人ですな。そういえば名前を聞いていませんでした」

「俺はジンだ。冒険者ギルドでジンって言えば通じる。そこそこ長くやってるからな」

「儂はリソーです。この街で薬屋のリソーと言えば商人なら分かるでしょう。そこそこ長くやっておりますので」


 リソーは俺の自己紹介に合わせるように名乗った。この反応を見る限りまだまだ耄碌するのは先だな。そらまだ店に口も手も出してしまうだろう。隠居が早過ぎたんじゃないか。珍しい物も取り扱っているらしいし、今度行くか。


 風呂の次に理容室へ行き散髪だけでなく、顔剃りもしてもらう。やっぱり自分でやるよりプロに任せた方が良い。ベストな状態になった姿を鏡で確認する。平凡なオッサンが小奇麗な青年くらいにはなったかな。身なりを整えればまだ青年でイケるよな。中年じゃなくて青年と言ってもギリ通じるはず。そんなことを考えている時点で既にオッサンだよ、と心の何処かで突っ込む自分がいる。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 折角小奇麗になったので狩りなどには行かず、街を散策することにした。フラフラしていると、顏馴染みの受付嬢であるマナが目に留まる。いつも着ている冒険者ギルドの制服ではなく私服である。マナも俺に気付いてこちらへ小走りにやって来る。


「ははっそんなに俺と会えて嬉しッ……と!」

「このアホー!!!」


 マナは小走りのまま止まらず体当たりを敢行してきた。まあ不意打ちとはいえ素人相手にダメージを食らうような無様は晒さない。


「積極的だな、俺に惚れちゃった?」

「そんなわけないでしょッ。ジンさんのせいで私すっごい怒られたんですよ」

「ああキノコの件?」

「そうですよ。変なことさせるな、ちゃんと管理しろって。むーりーでーすー。こんな人の行動いちいち気にしてたら仕事にならないーーー」


 この様子だと大分絞られたらしい。ちょっと悪いことしたな。訓練所を使う時にマナに一声掛けたのは予防線を張った面がある。もし無許可でやっていたら俺の方にギルドからペナルティがあっただろう。塩漬け依頼の1つや2つやらされてもおかしくなかった。マナは犠牲となったのだ。


「こんな時間にウロウロしてるってことはコレか?」


 冗談で右手で首を刎ねるジャスチャーをする。


「なんでジンさんの失敗で私がクビにならなくちゃいけないんですか。非番です。こっちに最近評判の店があるんで、美味しい物でも食べなきゃやってられませんよ」

「悪かったって埋め合わせはする。それ奢るぞ」

「え、良いんですか」


 チョロいな。食べ物1つで簡単に懐柔されているようじゃ苦労するぞ。

 マナの目的の店はすぐそこだった。店外まで列が出来ているので一目で分かる。


「ここのクッキーが美味しいって同僚に聞いたんです」


 クッキーって大体美味しい物だろ。マズいクッキーなんて食べたことないんだけど。でも評判なら特別な何かがあるのかもしれない。


「それにしても行列店に並ぶなんて何年振りだろ」

「あ~ジンさんが真面目に列に並んでたらウケますね」


 別に自分のキャラと違うから並ばないわけじゃない。単純に待つのが嫌いだからだ。


「食べたいなあって思った時にそんなに待てないだろ」

「なんでお腹空いてから並ぶんですか。並んで待つ時間も想定して早めに行くでしょ、こういう場合」

「俺は腹が減った時に食いたいと思った物を食うから」

「わがままぁ。良い歳した大人とは思えないくらい自分勝手。それで良く冒険者なんてやってますね。ダンジョン攻略中とかどうするんですか」

「俺、アイテムボックスあるから」

「うわっ何でこんな人がアイテムボックス持ちなんだろ。世の中不公平」


 素になってるぞ。確かにアイテムボックスの有無はデカい。転生者や転移者以外後天的に得られないので、生まれながらに大きな格差があることになる。ただアイテムボックスが無くても、剣や魔法の才能が乏しくかろうともモンスターを倒し続ければある程度強くなれるので言う程不公平でもない。そのある程度の強さでアイテムボックスの便利さは補える。シンプルな解決法だ。冒険者として稼いでアイテムボックス持ちを雇えば良いだけっていうね。


「そんなだから何時まで経ってもパーティー組めないんですよ」

「組んでくれる人がいないみたいな言い方は止めろ。俺は1人の方が気楽だし不便もないからソロなんだよ。それに昔はパーティー組んでたし」


 人聞きの悪いことを言うな。俺は出来ないんじゃない。しないだけだ。いやこの言い方だと説得力がないな。でも本当にパーティーは組んでいたし、今でも知り合いのパーティーから誘われたりもするから。【黒い稲妻】とかな。


「初耳です。奇特な人もいたんですね」

「逆だ、俺があのパーティーで唯一の良心だったから」

「ジンさんっていっつも冗談ばっかりですね」

「嘘だと思うならギルド職員のベテランに聞いてみろよ」

「えっホントなんですか。そんなの地獄みたいなパーティーじゃないですか」

「だから解散したんだよ」


 地獄みたい、じゃない。地獄なんだよ。俺が今ソロでやっているのもアイツらの影響もある。二度とああいうアホ共の世話係なんてやりたくないっていう固い決意だ。


「ジンさんより酷いって良くギルドからペナルティを負わされなかったですね」

「ペナルティは普通に喰らったぞ。3回な」

「えぇ……それで追放されないって逆に凄いですね。というか何やればそんなことになるんですか?」


 普通2回目か3回目でガチ制裁される。ボコボコにされて追放か、殺しにかかって来るかは状況次第だ。大体やらかした奴は逃げるけどな。うちの場合は喧嘩とかしょうもない問題ばっかりだったので追放まではいかなかった。


「最初は酒場で暴れたせいだな」

「今のジンさんとあんまり変わらない気がしますが?」

「全然違うし、あの時は俺止める側だったし。回復役だった僧侶が酔って暴れたんだよ」

「僧侶なのに酔って暴れるって……」

「ホントだよ、あのクソ坊主。殴るなら陰で腹にしとけって言ったのに派手にやりやがって。あれのペナルティで塩漬け依頼2つもやらされたからな」


 とんだ生臭坊主だよ。思い出しただけでイライラしてきた。愚痴がヒートアップしそうなところで丁度俺達が店内に入れる番になった。話の本番はここからだってのによ。こうなったらストレス発散にしこたま食うぞ。


「あ、私達の番ですよっ」

「おう好きなだけ買え」

「じゃあお土産も買っちゃって良いですか?」

「買え買え」


 クッキーくらいで、はしゃいじゃってガキだな。こんなでも多くの冒険者や冒険者を夢見る少年少女の憧れの職、冒険者ギルドの受付嬢なんだから不思議なもんだ。代金は大銀貨2枚(2万円くらいかな)だった。こいつマジで遠慮しない。


 店から出て早速1枚食べてみる。ドライフルーツの入っているタイプだ。まあ普通に美味しい。マナはウッキウキに見える。何処の世界でも女の子は甘い物が好きなんだろうなあ。でもこのクッキーはちょっと地味だな。スイーツってもっとこう、華やかなもんじゃないか。これだったら俺でも超える物を作れそうだけど。

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