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第11話 バカは死ななくても治る……かもしれない

教会の治療所 神官の少女


 昼過ぎの教会には緩やかな空気が流れている。朝は礼拝や病人の対応で忙しいが、このくらいの時間になると落ち着いて来る。私は今の内に食事を済ませようと隣で働くノルンに声を掛ける。


「そろそろ食事にしよっか?」

「そうですね」


 ノルンは微笑み頷いた。彼女はこの街で最も優れた治癒者であり、それは最も神様に愛され強い奇跡を与えられていることの現れである。一点の穢れも無い純白の髪と色素の薄い肌が、窓から差し込む光に照らされこの世の者とは思えない。時代が時代なら聖女として崇められていただろう。しかしノルンはそれを誇るでもなく誰が相手でも分け隔てなく接する少女だ。


 教会内にある治療所から居住区に移動し、黒パンとスープをいただく。質素な食事だ。うちの宗派は食事について厳しい戒律はないので、もう少し凝った物を食べても良い。しかし昼は患者の数次第でどうしても食事の時間が前後するので、結局こういう物になってしまう。


「甘い物が1つでもあれば違うんだけどなあ」

「食べすぎると体に悪いですよ」

「えー1つなら問題ないよぉ」

「その1つの大きさ次第ですね。私の患者には1つだけと言っておいて、とんでもない大きさの1つを用意する類の人もいますから」


 ノルンが遠い目をしている。とても面倒臭い患者がいるようだ。ノルンの患者なんて大抵素直な人しかいない気がするが。多少我儘な患者もノルンの前では毒気を抜かれて借りて来た猫である。そんなに厄介な患者なんていたかな、と思い返す。


「それって2日連続で来てた冒険者の人かな。あの人のこと?」

「……ええ、その人です」

「ノルンに会いたくて来てる、みたいなこと言ってたねぇ」


 揶揄うとノルンは眉を寄せる。少し見かけただけの印象ではノルンの患者にしては珍しく軽口な人だった。


「そう言えば今日は来てないね」

「しっかり頭に祝福をしておいたので効いたようですね」

「そういう問題なの?」

「そういう問題です。体は頑丈ですよ。普通の生活さえしていれば今から100年生きても私は驚きません」


 他の誰かが言ったらただの冗談だが、神様から強力な奇跡を与えられているノルンが言うなら本当かもしれない。でも今から100年は流石に、ね。


「冒険者だったねぇ。2日連続来てたってことは稼いでるんだ。結構実力者なの?」

「認識票は銀だったと思います」

「へえー」


 銀なら実力者だ。簡単な依頼ではいくら数を熟しても成れない等級だったはずだ。当然稼ぎも良い。


「明日は来るかな?」

「昨日の様子では流石にもう懲りたようなのでしばらくは来ないと思いますよ」

「寂しいねぇ」

「いえ健康なのは良いことです」


 少し照れ隠しも入っているだろうか、ちょっと判別出来ないなぁ。食事も終わり治療所に戻ると、まるで図ったかのように急患が運び込まれて来た。


 年齢は20代後半から30代後半、冒険者風の男性が泡を吹きながら痙攣している。この人ってもしかして……さっきの話の人だよね。ノルンが慌てて患者を担ぎこんだ人に質問している。


「何があったんですかっ!?」

「お化けキノコを食べてて毒消しが足りなくなっちまって」

「えぇ……」


 お化けキノコってモンスターだよね? 確か毒があったと思うけど、それを食べていて毒消しが足りなく? 意味が分からない。わざわざ毒消しを飲みながら食べてたの? バカなの? 頭の中が疑問符で埋め尽くされる。


 ノルンを見ると全てを悟ったような顔で祝福をかけていた。頭に重点的に光を降り注がせている。やめなって、それ効果なかったでしょ。神様だってバカは治せないから。


 数秒の祝福で男の痙攣は治まった。目の焦点がバチっと定まり、泡を吹いていた時に汚れた口元を拭って何事も無かったかのように椅子に座った。


「ごめん、待たせたか。いつもより遅くなったな」

「いえもっと遅い方が良いです。具体的に言えば3日くらいは」


 なんでこの人普通に話始めてるの? しかもまるでデートの待ち合わせに遅れたみたいなノリで。


「また、やって、しましましたね」

「ちゃうねん、ごめんて。これには訳があるんだ」


 ノルンの声が低くなる。こんなノルン初めて見たかも。男もマズイと思ったようで態度が平身低頭に変わる。


「訳ですか。常人に理解出来る訳だと良いのですが」

「実はな……お化けキノコって滅茶苦茶美味しいんだ。内緒だぞ」


 全然平身低頭じゃなかったわ。ノルンの耳元に寄って凄い秘密を教えるようにしているが、凄く下らないことを言っている。


 先程まで男の頭上にかざしていたノルンの右手が吸い込まれるように男の頭に向かう。そのままがっちり頭を掴んでしまう。そしてノルンの右手がより強い光を放ち始める。


「ノルンちゃん、なにしてんの!? なんか頭が熱いんですが!!!」

「偉大なる主神よ、この矮小なる身にその御力をお貸しください。道に迷える旅人に光指す道を示したまえ」

「なんか焦げ臭くない?」

「気のせいです」


 ノルンの右手を中心に風景が揺らいで見える。未だかつて見たことが無いほどの神様の奇跡の力だ。一際強く光った後、少しずつ光が収まっていくが、男に変化は感じない。


「最後の何だったんだ?」

「治療です」

「いやもうキノコの毒は消えてたけど」

「根本的な治療が必要だったのです」

「おっ、そうなんだ」


 ノルンは男からお布施を受け取り頭を下げた。


「次の来訪までの時が長いことを期待しています。貴方の道行きに光のあらんことを」


 帰っていく男とその連れを見送った後、私はノルンに疑問を呈する。


「いくら凄い祝福してもバカは治らないよ」

「いいえ、ジンさんは昨日の朝、治療所が開く前から教会に来ていました。それが今日は昼過ぎです。ほんの僅かな違いですが、これは大きな1歩です」


 決意に満ちたノルンの表情に私はそれ以上何も言えなかった。まるで神様から与えられた大きな試練に挑まんとする聖職者のようだ。いや元から私達聖職者なんだけどね。ノルンって意外と力業で解決しようとするタイプなんだぁ。新たな一面を発見して親近感を、いやあ親近感ではないなあ、この感情は。可愛いなとは思う。

ノルン「これは小さな1歩だが、私にとっては偉大な飛躍である」

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