第1話 診断結果
俺はおじさん。顔見知りにはジンという名で呼ばれている30代後半のどこにでもいそうなおじさんだ。今いるここが異世界で俺が15年前神様に「魔王を倒して世界を救ってほしい」と言われて転移してきたということと能力を除けば、多分普通のおじさんのはずだ。
転移してきたばかりの俺は張り切って冒険者になり、依頼を千切っては投げ千切っては投げと奮闘しながら魔王を倒す準備をしていた。しかし、なんと半年後現地の英雄が魔王倒してしまうという予想外の事態に見舞われた。その後異世界に来て10年以上、何の目標も無くそこそこの強さを背景に、自由気ままな生活を続けた結果が今ここに残酷な形で表れる。
「ジンさん、貴方は今の乱れた生活を続けていれば、遅くとも数年後には大きな病を患っていることでしょう。体中に邪気が見えます」
教会の治療所で治療担当の少女から予言なのか、告知なのか良く分からないものを受けてしまう。普通なら「邪気」とか頭おかしいんじゃないか、と笑い飛ばすところだ。しかし、彼女の言葉は妄想ではない。何故ならここは異世界で、彼女はそういうことが分かる能力を持っているからだ。
「いやでもノルンちゃんさぁ、祝福でちゃちゃっと何とか出来るんじゃない?」
「……1日3回この教会に来て私の祝福を受けていただければ何とかしましょう。ちなみに都度お布施はいただくことになります」
俺の質問に少女ことノルンは営業スマイルで答えてくれた。金、金、金、教会の神官は金のことしか考えてないのか。毎日3回も教会に訪れ、しかもお布施するって一般ピープルなら病気になる前に路頭に迷うぞ。
「現実的に考えて無理じゃない?」
「現実を見てください。節制すれば良いのです」
ぐうの音も出ない正論に俺は引き下がるしかない。言われなくても分かってはいる。実行出来るかどうかは別だが。まあ最悪毎日3回教会に来ればなんとかなるみたいなので、一安心である。俺は一般的な庶民ではないので毎日教会に通っても路頭には迷わないのであった。えっ、毎日3回というのは無理だという前提の皮肉じゃないかって? まさか神に仕える神官が皮肉や嘘は言わないはずだ。
「それでは祝福をしておきますので、今後はご自愛を」
「はい!」
「返事は良いですね。結果がともなえばさらに良いと思います」
反論の余地はないので素直に頷くと、ノルンは一点の曇りもない笑顔で俺に手をかざす。整った顔立ちで全体に色素が薄く儚げなノルンは、黙って笑っていれば天使のような神秘的な美しさがある。ノルンの手から光の粒子が発生して俺に降り注ぐ。疲れが吹き飛び体の底から活力が湧き出るように感じる。
ノルンの祝福が終わり、俺が金貨を2枚差し出すと、ノルンは小さく会釈をして受け取った。診察と祝福はそれぞれお布施の金貨が1枚ずつ必要になる。この際、価格とか値段と言うと怒られるので注意。それにしても金貨2枚はかなりの高額だ。10年以上こっちで過ごした俺の感覚だと、金貨1枚で5万円くらいの価値だと思う。
昔世話になった神官には「気持ちです、あくまで気持ちですよ。でも大体の人は金貨をこれくらいお布施していきますよ」と言われたことがある。ちなみに払わないと破門になるらしい。そもそも俺入門した覚えないんだけど。
「貴方の道行きに光のあらんことを」
一部の隙も無い営業スマイルを浮かべて控えめに手を振るノルンを背に、俺は教会を後にした。なんか最近体調悪いな~、と思いこちらの世界では病院的な役割もある教会に来たらこれである。
この世界の教会の神官は神が与える【奇跡】によって、体の悪い所を見ることや祝福で治すことも出来る。先程のノルンは特に腕利きと評判なので、見立て違いということはないだろう。
俺は歩きながら自分のお腹に触れる。最近ちょっと余分な肉が付いてきた気がしていたが、所謂メタボというやつなんだろうか。それにしても神が与える奇跡である祝福でも脂肪はとれないんだな。それともちょっとだけ減っているのかな。1日3回必要って言ってたしな。勇者になりそこなって15年、立派な生活習慣病予備軍になりましたとさ。めでたしめでたし……じゃない。
今後はもっと運動して、食事も気を付けるか。今からダンジョンにでも行こうかな。面倒臭いがどうせそろそろ稼ぐ必要もあるし行っておくか。ちょっとやる気を出して町はずれにあるダンジョンの入り口へ向かうことにする。
こちらの世界の物価の目安
大金貨10万円
金貨 5万
大銀貨 1万
銀貨 5千
大白銅貨 1千
白銅貨 5百
銅貨 1百
小銅貨 十
クズ銭 1