取り囲まれる女
男子寮へ招かれたその翌朝、思いがけずピンチは訪れた。
校舎へ足を踏み入れた途端、なぜか華やかなご令嬢達に取り囲まれてしまったのである。
左右から腕を捕まれ、身動きも取れないまま強引に裏庭へと連れていかれてしまった。まさか真面目しか取り柄のない自分が、こんな事態に陥ろうとは。
身に覚えがあるとすれば、それは昨日の――
「ねえ、あなた。エドゥアルド様に呼ばれて男子寮へ行ったのですって?」
(やっぱり……)
乱暴に壁へと押し付けられ、バランスを崩したフランシーナはその場にへたりこんだ。
見上げるフランシーナを取り囲むのは、見覚えのある女生徒が三人。よく目立つ、きれいどころのご令嬢達だ。泣きボクロのご令嬢と、長身のご令嬢、そして――
(真ん中の巻き毛のご令嬢は、たしかエドゥアルド様とよく一緒にいらっしゃるような……)
彼女達は、昨日も講堂でエドゥアルドの話をしていた。『私達も男子寮へ行ってみる?』なんて言っていたのに、結局来なかった三人組だ。
「ちょっと招待されたからって、本当に行くなんてね」
「図々しくない?」
「あなた、ご自分がエドゥアルド様と釣り合い取れるとでも思ってるの?」
三人から矢継ぎ早に責め立てられるので、弁解する隙もない。
昨日の放課後は、エドゥアルドがわざわざ迎えにやって来た。そのためフランシーナには行くしか選択肢は無かったし、図々しいと言われても困ってしまう。もちろん、彼との釣り合いなんて考えるまでもない。
「……昨日は、エドゥアルド様から問題集を頂いただけです。皆さんがご心配に及ぶことは何もありませんでした」
「それだけなら、なぜあなたを男子寮まで呼ぶ必要があるの!?」
「あなたが言い寄ったりしたんじゃないの?」
「エドゥアルド様はお優しいから、断れなかっただけなのだわ」
やっと言い返せたと思ったら、彼女達からは罵声が三倍になって返ってきた。しかもフランシーナの言い分など聞いてはいない。
「言い寄ったりなんかしていませんよ。ご招待頂いたので、お茶をご一緒しただけです」
「招待を真に受けたりして、社交辞令も分からないの? 話に聞けば、エドゥアルド様にお茶を用意させたとか」
「ひどい! あなた何様なの!」
「前代未聞だわ。エドゥアルド様をアゴで使う女なんて」
彼女達の勝手な憶測はエスカレートして止まらない。
『エドゥアルドに思いを寄せるフランシーナが、しつこく頼み込んで男子寮へ招待してもらった』
どうしても、そのように思い込まれてしまっている。
「問題集だって、なぜエドゥアルド様から貰えるの?」
「あなたなら問題集なんて必要ないじゃない!」
「エドゥアルド様から一位の座を奪っておいて、本当に厚かましい……」
彼女達の顔はますます険しくなっていく。どうやら問題集を貰ったことも癇に障ったらしい。わざわざ彼女達に言うことじゃなかった。
もしかすると何を言っても言うだけ無駄なのかもしれなくて、フランシーナはとうとう口を噤んだ。しかしこれはいつまで続くのだろうか……
「そもそも、いつまで一位に居座り続けるつもりよ」
「エドゥアルド様のお気持ちを考えたことはあって? 一位は彼のような方にこそふさわしいのに」
「あなたも、たまには気を遣いなさいよ」
(……ん?)
「それってどういう意味ですか」
沈黙を貫くつもりだったフランシーナであったが、思わず聞き返してしまった。彼女達の言っていることが腑に落ちなかったのだ。
「なによ。エドゥアルド様を一位になさいって言ってるのよ」
「あなたがいるからエドゥアルド様が二位になってしまうのでしょ」
「毎回毎回、生意気なのよ」
聞けば聞くほど理解できないが、彼女達の言っていることはもしかして。
「つまり、私に『手加減しろ』と仰ってるのですか?」
「え……」
「手加減してわざと試験の点を落として、エドゥアルド様を一位にして差し上げろと? そういうことですか」
「べつに、そうとは……」
突然立ち上がったフランシーナに、令嬢達は後ずさり、気まずそうに口ごもる。
彼女達はエドゥアルドのためを思って口にしたのかもしれないが、つまりはそういうことなのではないだろうか。
彼が一位になるためにはフランシーナの存在が邪魔で。だから『気を遣え』と詰め寄った。
しかし――
「仮に次の試験、私が故意に手を抜いて、エドゥアルド様が一位になられたとしましょう。けれど、果たしてその結果に意味はあるでしょうか」
「あなた、何を仰ってるの……」
「私なら、その一位に何の価値も見出せません。むしろ虚しくはないですか。造り上げられた結果なんて」
実力でなければ、順位なんて意味が無いのでは。たとえ一位だろうが二位だろうが、自分の力で掴み取ったものでは無いのなら、フランシーナにとってそれはただの飾りでしかなかった。
エドゥアルドにだって、失礼なのでは無いだろうか。彼は遥かに立派な人間なのに、あらかじめ用意された一位に据えるなんて。考えただけでも嫌悪感でいっぱいになる。
「僕も同感だね」
フランシーナが令嬢達を黙り込ませたその時、校舎の脇から声がして。
いつも爽やかな彼の声色が、この時ばかりは僅かに堅い。
「エドゥアルド様……」
一体、いつからそこにいたのだろうか。
静かに微笑むエドゥアルドが、こちらを見ていた。
誤字報告ありがとうございます!
反映させていただきました。