女子寮会議
男子寮に招待された、その夜。
女子寮二階にあるフランシーナの部屋では、再び会議が開かれた。
「お返しすべきよ」
喜び浮かれてヴィヴィアナに例の問題集を見せたところ、彼女は真顔になって即答したのだ。
「……でもヴィヴィアナ、これではキリがないわ。さすがにエドゥアルド様からも、しつこいと思われるんじゃないかしら」
「絶対お礼すべき。だって、考えてみなさいよ。なぜこんな問題集、エドゥアルド様が持っていたと思う?」
そう言われて、フランシーナは事務官任用試験の対策問題集を見つめた。
誰でも手にすることができる訳では無い、貴重なものだ。少なくともこの三年間、フランシーナだけでは手に入れることができなかった。
そんな貴重な問題集を、エドゥアルドは寮の先輩から譲り受けたと言っていた。
問題集はこうして男子寮の中で、何代にも渡って受け継がれてきたのかもしれない。事務官任用試験に合格した先輩から、次に事務官を目指す後輩へ、必要な者の元を渡り歩いてきたのだ。
(あ、でも……?)
なぜ、エドゥアルドが譲り受けたのだろう。
「……エドゥアルド様には必要のないものなのに」
「フランシーナのためよ」
「私のため?」
「あなたが事務官を目指していることは有名でしょ?」
「そ、そうなんだ」
確かにフランシーナは事務官を目指しているし、それを隠したりもしていない。この学園に通う者なら、学園一位のフランシーナ・アントンが事務官を目指していることは皆知っているらしい。
ということは……もちろん、きっとエドゥアルドも。
「でも……そんな私のためなんて、まさか」
「だってそれ以外、なんの理由があるのよ」
「じ、実はエドゥアルド様も事務官を目指していたとか」
「馬鹿ね。彼はロブレス侯爵家の跡取りよ」
その通りだ。自分でも馬鹿なことを言ったと思った。
ロブレス侯爵家は、我が国屈指の由緒正しき名家である。エドゥアルドはそのロブレス侯爵家の嫡男で、莫大な財産を継ぐ男。
わざわざ一介の事務官を目指すはずもないだろう。
「きっと、フランシーナの力になりたくて、先輩から譲り受けたのだわ」
「尚更わからないわ。なぜエドゥアルド様がそんなことする必要があるの」
「なぜって、あなた……」
本当に分からないの? と呆れるヴィヴィアナの視線が痛い。
しかし本当に分からないものは仕方がない。エドゥアルドとは特に仲が良いわけでもなく、一位二位に名前が並ぶだけの関係なのである。
彼の前で「事務官になりたい」という熱い想いを語った覚えも無いし、さらに言えば言葉を交わすことなんて試験のあとくらいではなかったか。
エドゥアルドはいつも試験が終わるたびに、一位になったフランシーナへ「君には敵わない」と労いの言葉をかけてくれる。それだけが二人の接点であったのに。
「……きっと、仲良くなりたいのよ。エドゥアルド様は、フランシーナと」
「私と仲良く? あれほど大勢の人に囲まれている人が?」
「そうよ。だからあなたの喜びそうなお礼を用意しているんじゃないの」
(私の喜びそうな……)
チョコレートが好きだから、ナディラのチョコレートを贈ってくれた。
事務官を目指しているから、任用試験対策の問題集を譲ってくれた。
どちらも、フランシーナが何を喜ぶのか、きちんと考えてくれた上でのものだった。改めてエドゥアルドからの深い心遣いを感じて、思わず胸が熱くなる。
それが本当に『仲良くなりたいから』だとしたら、自分はその気持ちをちゃんと受け取っていただろうか。
フランシーナときたら、お返しとして無難なものばかりを考えた。ナディラのチョコレートには及ばなくとも、安すぎず失礼にあたらないものを。今回だって、もうお返しなんてしないほうが良いのではと思っていたくらいだ。
歳は同じだというのに、人としてこの違い。彼が慕われる理由がよく分かった。
「エドゥアルド様は……何を喜ばれるのかしら」
「大抵のものは喜んでくれるわよ」
「そうね、嫌がる顔を想像できないもの」
フランシーナは、エドゥアルドの顔を思い浮かべた。
なんだって、育ちの良い彼ならきっと笑顔で受け取ってくれるだろう。お茶でも喜んでくれたのだ。勿体なくて飲めないなんて言うほどに。
(エドゥアルド様……)
フランシーナはまたエドゥアルドへのお礼を考える。
ヴィヴィアナと別れたあとも、その夜はなんだか眠りにつくことができなかった。