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お茶しておしまい、にもならない


 談話室は、男子寮に入ってすぐのスペースにあった。

 女人禁制の男子寮では、訪問者が女性である場合、ここで面会することが決められているのだという。

 

「フランシーナは、男子寮は初めて?」

「はい。もちろん」

「そうだよね。ああよかった」

 

 窓が大きく開放的な部屋には、三人がけソファがいくつも並べられ、ゆったりとした寛げる空間が広がっている。

 フランシーナは明るい窓際のソファへ促されると、その端へ遠慮がちに腰をおろした。


「少し待ってて」


 それだけ言うと、エドゥアルドは談話室を後にした。お茶の用意をしてくれるらしい。

 ロブレス侯爵家のご子息が直々にお茶の準備を、だなんて、申し訳なくて身がすくむ。けれどここは男子寮で、女子であるフランシーナが好き勝手に動き回ることは許されない。仕方ないので言われた通り、彼の帰りを待つことにした。


 談話室はまだ利用者も少なく、人もまばらであった。せいぜい寮生が数人、本を読んでいる程度。つまり全員男なのである。女子はフランシーナ一人だけ。

  

(私、すごく浮いてるわ……彼女達だって来ないじゃない……!) 

 頼みの綱だったご令嬢達は、いつまで経っても姿を見せない。昼間は『私達も行ってみる?』なんて、わいわい盛り上がっていたというのに。

(早く来て欲しいのに……なぜ来ないの?)


 脳内で勝手な八つ当たりをしながらも、フランシーナはエドゥアルドの帰りをひたすら待った。その間、身体中に刺さるような視線を感じる。

 見渡してみれば、案の定とでもいうか、寮生達がちらちらとこちらを見ていた。こんな真面目女子フランシーナでも、男子寮では物珍しいのだろう。


「エドゥアルドに呼ばれたの?」

「あ、はい」

「あいつとはどういう関係? 君達、そんなに仲良かったっけ?」

「どういう……?」


 寮生である男子達に話しかけられたけれど、フランシーナはいきなり答えに詰まってしまった。

 どういう関係、と聞かれても答えられない。彼とは友人というほど仲がいいわけでも無いし、クラスも違うためクラスメイトを名乗るのも少し違う。

 試験のライバルだとか戦友だとか、それが近い気もするけれど、敢えてフランシーナから自称するのも烏滸がましい気がした。

 

「友人ではありませんね。今日はご招待を受けたのでお邪魔しました」 

「やっぱり、そうなんだ! ねえ、いつから?」

「いつから? ってなんですか?」

「いつから二人はつきあって――」


「お待たせ。遅くなってごめん」

  

 寮生に絡まれていたところに、やっとエドゥアルドが戻ってきた。ティーポットとカップが乗ったトレイを持ちつつ、なにかを小脇に抱えている。本のようだ。

 

 彼が軽く睨みつけると、あれこれ詮索していた寮生達は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 男友達相手と言えど、エドゥアルドが睨んだりするなんて少し意外で、珍しいものを見たような気がした。

 

「……奴らに何か言われた?」 

「いえ何も。それより、エドゥアルド様にすべてお任せしてしまってすみません」

「何を言うの。僕が招待したんだから当たり前だよ」


 先程とはまるで違う優しい目が、フランシーナを映す。その穏やかさにホッとする。

 エドゥアルドがトレイをテーブルに置くと、お茶の香ばしい香りがふわりと漂った。良い香りだ。


「エドゥアルド様は……お茶を淹れるのもお上手なのですね。とても良い香りです」

「何を言ってるの。素晴らしいお茶のおかげだよ」


 エドゥアルドは大げさに謙遜すると、まずはフランシーナの前に淹れたてのお茶を差し出した。

 湯気のたつカップを見つめていたら、自然と緊張も解れてくる。

 

「あとこれ、君に渡そうと思って」


 彼は小脇に抱えていた本も一緒にテーブルへ並べて見せる。使い古された、薄い本が数冊。どうやら問題集のようだ。


「これは……?」

「事務官任用試験の対策問題集だよ。寮の先輩から譲り受けたんだ」

「え!?」


 たちまち、フランシーナの目はきらきらと輝く。そんな素晴らしいものを譲ってもらえるなんて。

 

 事務官任用試験は、合格率数パーセントの難関なのである。その試験に合格するために、フランシーナはずっと勉強に打ち込んできた。

 

「こんな素晴らしいもの……本当に譲って頂いてよろしいのですか?」

「もちろん。任用試験に合格した先輩が使っていたものだから、問題も信用できるよ」

「わあ……!」


 合格に有利な対策問題集が存在することは知っていたが、入手方法は謎に包まれていた。きっとこうして、身内間で流通するものであるのだろう。

 それが今、この手の中にあるなんて。

 

 フランシーナは、事務官への夢に大きく近づけた気がした。晴れて合格すれば、憧れである事務官の仲間入りだ。憧れの()()()と同じ場所へ立つことも出来るだろう。


 問題集をギュッと抱きしめたフランシーナの向かい側で、エドゥアルドが苦笑している。


「チョコレートの時よりも喜んでるね」

「そ、そんなことは!」

「いいんだ。これは僕から、お茶のお礼」

 

 これでは、またエドゥアルドからお礼を貰う事になる。

 困った……と思いながらも、目の前にある対策問題集を見ればついつい嬉しくなってしまって。フランシーナは迷いながらも、問題集を受け取った。

 

「エドゥアルド様、ありがとうございます……!」

「ふふ、別にいいってば」

 

(エドゥアルド様は私が事務官を目指していることもご存知だったのね)

 学園を代表する人物ともなると、皆のことを把握しているのだな……と内心驚きながら、テルメルドのお茶を口に含む。

 エドゥアルドも美味しそうにお茶を飲んでくれていることだし、チョコレートのお返しはこのお茶で大成功だったかもしれない。


 お返しもできたし、意図せず素晴らしいものも手に入った。彼のおかげでぽつぽつと会話も楽しみながら、談話室での時間は過ぎていったのだった。

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