これでおしまい…にはならない
「あの……エドゥアルド様」
「やあ、フランシーナ。君から話しかけてくるなんて珍しいね」
あれからさらに数日後。
エドゥアルドが一人きりになったところを見計らって、今度はフランシーナから声をかけた。
珍しいというか、初めてじゃないだろうか。
彼の周りには、常に男女問わず人がいる。その人達を遮ってまで話しかける用事など、フランシーナには無かったからだ。
しかし今日のフランシーナは、エドゥアルドに声をかける必要があった。誰の邪魔にもならぬよう、彼が一人になるタイミングを待っていたのだ。
「こちらをエドゥアルド様にお渡ししたくて」
「……僕に?」
「はい。チョコレートのお礼です。お口に合えば良いのですが」
そう言ってフランシーナが差し出したのは、丁寧に包まれた茶葉の缶だった。
これは学園近くのお茶専門店テルメルドで、一級グレードだと言われる茶葉だ。エドゥアルドから貰ったナディラの激レアチョコレートには到底及ばないが、フランシーナとしては失礼のない品を選んだつもりである。
「お礼なんて構わないのに。僕が渡したくて渡したのだから」
「いいえ、いけません。受け取ってください」
彼からチョコレートを貰ったあの日、寮へ帰宅したフランシーナは唯一の友人であるヴィヴィアナへ相談をしたのだ。
あんな高価なもの、ただ勉強を教えただけのお礼として貰うには、あまりにも高価な気がしたからだ。
案の定、ヴィヴィアナはそのチョコレートに驚いて、贈り主の名前を聞いてさらに驚いていた。
あのエドゥアルド・ロブレスから贈られた、高級店のチョコレート。ヴィヴィアナのピリッとした緊張が伝わった。
ひとまず開けないことには……と、二人で儀式のようにラッピングのリボンをを解いてみると、箱の中には宝石のごとく輝く美しいチョコレートが鎮座していて。
とてもじゃないが、数分間ペンを走らせただけで貰えるような代物で無いことは確認できた。
『これは……お返ししなければならないわね……』
彼女の一声によって、フランシーナの部屋では二人による会議が開かれた。
お礼のお礼について。困った話である。
またエドゥアルドからお返しを頂いては大変であるから、向こうが気を遣うことなく、かといってカジュアル過ぎないものは何だろうと、ヴィヴィアナとは夜通し話し合った。
しかし良いアイデアが思い浮かぶこともなく、結果として無難な茶葉に落ち着いたのである。
無難ではあるが、テルメルドのお茶だ。きっと失礼にはあたらない。エドゥアルドにも飲んでもらえることだろう。
仮に飲まれなくとも、受け取ってもらえたらそれで良い。とにかくフランシーナとしては、何かお返しをせずにはいられなかったのだ。
「これは……テルメルドの茶葉じゃないか。嬉しいな」
「喜んでいただけて良かったです。ナディラのチョコレートには及びませんが」
「そんなことないよ。君からの贈り物なんて、勿体なくて飲めないかも」
「いえ、ぜひ召し上がって下さい。それでは……」
お礼のお礼なんてくどいかもしれなくて、実は一抹の不安を抱えていたのだが。エドゥアルドには無事喜んでもらえたようで、彼の笑顔を見てホッと胸を撫で下ろす。
お返しも渡せたことだし、一仕事終えた気分でその場を去ろうとすると――なぜか「待って」と彼から引き止められた。
「では、フランシーナも」
「え……私も?」
「君から頂いたお茶だもの、君と一緒に飲みたいな。どう?」
これでお礼への返しは終わりを迎えるはずだったのに、予想外の展開を迎えてしまった。
茶葉を渡したばっかりに、エドゥアルドから今度はお茶に誘われるだなんて。
嫌な予感がする。
一緒に飲むといったって、どこかその辺でごくごく、というわけにはいかないだろう。おそらく……
「男子寮に招待するよ。いつがいい?」
「い、いえ、私はけっこうですので皆様で飲んでくだされば……」
「一級品のお茶なんて、独り占めするのも気が引けるよ。男子寮の談話スペースなら、女子もよく来てるよ。ね、一緒に飲もう」
にこにこと爽やかな笑顔ではあるものの、彼の瞳にはどこかノーと言わせない圧がある。
これが彼のコミュ力の強さとでも言うのであろうか、あのエドゥアルド・ロブレスから「駄目?」と聞かれて駄目だと言えるはずもない。
「楽しみだな。君が来てくれるなんて」
「ええ……」
「皆にも伝えておくよ。学園一位の君が来てくれること」
フランシーナの戸惑いを置き去りにして、話はどんどん進んでいく。
(まずいことになったわ……)
きっと今夜もヴィヴィアナとの秘密会議が開かれることになるだろう。フランシーナは頭を抱えた。