こうして、心は絡み取られる
その翌週、ガラディア王立学園は歓喜に湧いた。
今朝公告された、事務官任用試験の合格発表。そこにフランシーナの名前が並んでいたのである。
学園きっての才女が、難関試験に見事合格した。
そのことで学園はおおいに盛り上がった。
仰々しく垂れ幕を作られ、教師からは授業のたびに労いの言葉をかけられ……思わず恐縮してしまうほど。
「フランシーナ、合格おめでとう……!!」
皆がざわざわと帰り支度をする教室で、ヴィヴィアナも大きな祝福の声をあげた。彼女まで大袈裟に喜ぶから、なんだか照れくさくなってくる。
「……ありがとう! ヴィヴィアナにはたくさん心配かけてごめんなさい」
「いいのいいの。フランシーナが幸せなら、私は幸せ」
「幸せ?」
「親友の幸せは私の幸せ。フランシーナが合格して本当によかったわ」
そう言うと、ヴィヴィアナはフランシーナの身体をギュッと抱きしめた。
(親友……)
ヴィヴィアナはフランシーナにとって、人生で初めて出来た親友だった。
この学園生活もあと僅かで、唯一の親友である彼女といられる時間も限られていて――それを考えると寂しさで涙腺が刺激されてしまう。
堪えきれずにヴィヴィアナの背中を抱き返し、彼女のあたたかさを噛みしめる。
すると後ろから聞き慣れた靴音が聞こえた。
「フランシーナ」
呼ばれた声に振り向いてみると、すぐ後ろまでエドゥアルドが迎えに来ていた。
彼は怪訝そうな顔をして、抱き合うフランシーナ達を見下ろしている。
「……君たちはこんなところで抱き合って、なにをしてるの」
「えっ。ヴィヴィアナと親友同士、友情の再確認を――」
「ヴィヴィアナ。僕の恋人に手を出されると困るな」
「あら、そんな心が狭いようではすぐに振られますよ」
なんと、ヴィヴィアナはエドゥアルドに向かって言い返した。
フランシーナを挟んだ二人の間には、なんとなく火花を感じる。
「フランシーナ。私がいつでも抱きしめてあげるからね。また寮で」
「あ、ありがとうヴィヴィアナ」
「君たちは、寮でなんといういかがわしいことを……」
「エドゥアルド様こそ、どんな想像をされたのです?」
あのエドゥアルド相手に遠慮なく言い返すヴィヴィアナは、なんだか以前とは別人のようだ。
挑発されてムキになった彼は、「先に行ってる」と一人で旧図書室へと向かってしまった。フランシーナ達を取り残して。
「……どうしたのヴィヴィアナ。エドゥアルド様に、あんなこと言うなんて」
「別に、エドゥアルド様も普通の人なんだなって分かっただけよ」
「普通? ……普通かな?」
フランシーナとヴィヴィアナは、ツンと去っていくエドゥアルドの背中を見つめる。
「彼、変わったわよ。嘘くさい爽やかさが消えたの。それも、フランシーナのおかげね」
彼女は、そうやって歯に衣着せぬ言い方をするけれど。
確かに、彼は変わった。
イメージを重んじるがゆえ常に爽やかな笑顔を湛えていた人なのだが、先日からは無駄な愛想笑いが無くなった。
仮面が剥がれた今、言動についても本来のキツい性格が見え隠れし、周りの生徒や教師達を困惑させている様子……
けれど、フランシーナにはそれがとても嬉しかった。
どことなく力が抜けたような彼は、以前より幾分か壁がなくなって。エドゥアルドが皆と心から楽しそうにしている姿は、見ているだけで心癒されるものだった。
フランシーナもゲオルグから『変わった』と言われたことだし……お互いに、成長したということかもしれない。
そんなフランシーナとエドゥアルドであるが、任用試験が終わってからも放課後は旧図書室へと通っている。
『あそこなら、二人きりになれるでしょ?』
あの雪の日以来、嘘のように素直になったエドゥアルドが、そんな邪な提案をしたからだ。
そしてフランシーナも、その提案をまんまと受け入れてしまっている。
フランシーナだって、彼と二人きりになれる時間が待ち遠しい。そしてヴィヴィアナと同じく、卒業してしまえば会えなくなるのはエドゥアルドだって同じで。
許される限り、彼と一緒にいたかった。刻々と迫る卒業に、寂しさは否が応にも押し寄せた。
エドゥアルドよりも一足遅れて、フランシーナは旧図書室の扉を開ける。
そこでは、いつもの席でエドゥアルドがこちらを見ていた。頬杖をつきながらこちらを見る彼は、なにか物言いたげな表情である。
「……遅かったね」
「は、はい? すぐに来ましたけど」
「ヴィヴィアナは?」
「彼女は帰りましたよ」
彼はどうやらヴィヴィアナのことを気にしているようだった。
先ほど彼女に言われたことがよっぽど悔しかったらしい。
「あの……ヴィヴィアナがごめんなさい。ああ見えて、彼女は私達を祝福してくれているのです。仲違いしていたときも、『仲直りしなさい』ってコサージュをくれたのはヴィヴィアナですし……」
ヴィヴィアナがくれたコサージュは、後日無事にエドゥアルドへ手渡すことが出来た。
新年祭で渡される金色のコサージュは、特別な人である証。フランシーナからコサージュを受け取ったエドゥアルドが、直視できないくらいに喜んでくれたことは覚えている。
「分かってるよ。僕が勝手に嫉妬してるだけ」
「嫉妬? ヴィヴィアナに……ですか」
「君も僕のこと、『心が狭い』って思ってる?」
(ええ……?)
思うもなにも、彼がなぜヴィヴィアナに嫉妬しているのかが分からない。
エドゥアルドは恋人であり、ヴィヴィアナは親友だ。それぞれ、大事な存在であるが立ち位置としては全く違う。
相変わらず首を傾げるフランシーナに、エドゥアルドは小さなため息を付いた。
「やっぱり。はい、また分かってない」
「そうですね……何に嫉妬されているのか、まったく見当がつきませんね……」
仕方がないので、フランシーナは素直に認めるしかなかった。
手応えのない恋人に、エドゥアルドは思わず立ち上がる。
「いい? 僕はフランシーナが好きだ」
「は、はい」
「ヴィヴィアナにも負けないくらい、君のことが好きだ」
「あ、ありがとうございます……?」
突然、説明され始めたと思ったら、エドゥアルドから熱烈な告白を受けてしまった。
こういう時、まだどんな顔をして受け取れば良いのか分からない。
「でも、僕はヴィヴィアナに負けている」
「え? なぜ?」
「ヴィヴィアナには許されて、僕には許されないことがある」
次は謎掛け。ますます意味がわからない。
とうとうフランシーナは挙手をして、彼の言葉を遮った。
「あの。ヒントを下さいますか」
「ちょっとは自分で考えてみてよ……」
「考えても分からないので、できれば何か教えてくだされば――」
一生懸命に考える。ヴィヴィアナには許されて、エドゥアルドには許されていないもの。
彼の悔しそうな顔。ツンと立ち去る寂しそうな背中。
その直前、彼は何を見たのだったか――
(……あ!!)
なぜ彼が拗ねているのか。なぜ、ヴィヴィアナに嫉妬しているなどと言ったのか。
今日の記憶を辿ってみて、フランシーナはやっと分かった。分かったけれど――これには、だいぶ勇気が必要だ。
フランシーナの「分かった」顔に、エドゥアルドが満足げな笑みを浮かべる。
そしてその腕を広げると、ちょうどフランシーナ一人分がすっぽりと収まるような――不届きなスペースが作られた。
「僕も、君を抱きしめたい」
「エ、エドゥアルド様……」
「許してくれる?」
彼が、腕を広げて待っている。
上目遣いでそんなことを言われては、フランシーナに逃げ道はなくて。フラフラと吸い寄せられるように近づくと、たちまち彼の腕に捕まった。
「よかった、来てくれた」
「……機嫌治りましたね」
「まあね……でも本当は、お祝いの言葉も僕が最初に言いたかったのに」
エドゥアルドはフランシーナを抱きしめたまま、またもや悔しげな言葉を呟く。
思わず彼を見上げてみると、言葉とは裏腹に晴れ晴れとした顔をしていた。
「フランシーナ、合格おめでとう」
エドゥアルドは強く、フランシーナを抱きしめた。
腕の中はあたたかくて、思っていた以上に彼の香りでいっぱいで。
恋愛初心者には正気でいられない。
「合格祝いは何がいい?」
「……え?」
「何でも良いよ。たくさん贈らせて」
「でも、またお礼に悩んじゃうので……」
「いつまでも悩めばいい。ずっと……一生考えていて。僕のことを」
下心のある彼の瞳が、フランシーナを戸惑わせる。
でもなぜか拒むことは出来なくて――フランシーナは、彼の唇を受け入れた。
蕩けるような時間に、待ち構える彼の罠。
余裕の無いまま、彼とのキスは繰り返される。
(合格祝いと、そのお礼……またキリがないかもしれないわね……)
けれど、それももう嫌では無い。
なんなら彼のことで悩むなんて、なんて贅沢なのだろうとすら思ってしまう。
こうして少しずつ少しずつ、エドゥアルドのペースに飲まれていく。
フランシーナは彼の腕に絡み取られたまま、そのぬくもりに身を委ねた。
[完]
最後までお付き合い下さり、ありがとうございました!




