胸に芽生えたもの
学園長の馬を借りて学園を出た二人は、王城までの街道を進んだ。
エドゥアルドは、横座りしたフランシーナを抱えるように手綱を握る。なるべく馬が滑らぬよう、雪道には細やかに気を遣いながら走らせてくれているようだ。
それでも、馬はたびたび雪を避けて、二人を乗せたままわずかに跳ねた。
(ひぃ! 怖すぎる……!)
フランシーナはそのたびに、エドゥアルドへきつくしがみつく。
初めて乗る馬は思っていた以上に高さがあり、そして馬が歩を進めるたびにその背中は大きく揺れた。正直とても怖くて、身体は石のように固くなる。
「怖い?」
「す、少し……でも大丈夫です」
分かりやすく怖がるフランシーナを気遣って、エドゥアルドはその都度声をかけてくれる。彼は馬にも慣れているようだった。
「エドゥアルド様は……馬にも乗れてしまうのですね」
「昔、叩き込まれただけだよ。ロブレス家の跡継ぎなら馬も乗れて当然だから」
「そうなのですか……」
ロブレス侯爵家の跡継ぎとして生きるというのは、なんて大変なのだろう。
彼は冗談抜きに何でも出来る。しかし、ロブレス侯爵家ではそれはなんら凄いことでもなく、当たり前だという世界。そんな世界で、エドゥアルドは生きている。
「出来て当然、なのですね。だから、いつもあんなに……」
「言っておくけど同情はしないでね。僕自身も、そうありたいと思っているから」
「もちろんです。でも――」
フランシーナは馬の動きにビクビクしながらも、すぐそばにある彼の顔を見上げた。
今、これだけは伝えたいと心から思ったのだ。
「エドゥアルド様は、すごいです」
「な、なに……別に僕は」
「私は、エドゥアルド様のことをすごいと思います」
周りからの期待を背負い、その期待に応えるため陰ながら努力をする。それが彼の当たり前で、彼自身もそうありたいと努力を続ける。
もう、そこには尊敬しかなかった。この気持ちが、少しでもエドゥアルドに伝わってくれるといい。
「……ちょっと、あんまりじっと見ないでくれる?」
「あ、すみません。不躾に……」
「違う。フランシーナっていつまでそんな感じなの……」
見上げた先のエドゥアルドは小さな声でボヤきながらも、みるみるうちに赤くなる。
手綱を持ち、フランシーナを抱え、赤い顔を隠すこともできないまま。
「僕はこのあいだ、君のことを好きだと言ったんだよ。分かってる?」
「わ、分かってますよ。その事はすごく考えましたし」
「だったら今も分かるでしょ。ただでさえ近いのに、そんな風に見られたら困るってこと」
フランシーナは考えた。彼は自分のことを好きなのに、見られると困ってしまうらしい。
(なぜ?)
好きならば、別に見られてもいいのではないだろうか。むしろ嬉しいと思うものでは?
恋愛初心者のフランシーナには、エドゥアルドの気持ちが分からない。
「……ええと、見ないほうがいいですか」
「いや、見ても構わない。けどあまり見られ続けると困るってだけ」
「どういうことですか?」
「あのさ……なんで分からないの君は……」
彼に呆れられたのは、これで何度目になるだろうか。しかし、分からないものは仕方がない。
フランシーナはとりあえず彼から目線を外し、首を傾げて考えた。彼の赤い顔、わずかに困っているかのような声……まさか。
「もしかして、恥ずかしい……?」
「……当たり」
「うそ……エドゥアルド様が、そんな」
「好きな子に見つめられたら恥ずかしくもなるでしょ」
生徒の代表として壇上に登っても、学園中の視線を集めても、涼しい顔をしていたエドゥアルドが……フランシーナ相手に恥ずかしいと言っている。何度もいうが、あの、エドゥアルドが。
彼の赤い顔を見ていたら、いつの間にかフランシーナにも感染ってしまったかもしれない。知らずのうちに、頬があついような気がするのだ。
「す、すみません……」
「なんで謝るの」
「私こういうことはよく分からなくて」
「別にいいよ。僕は今、最高に気分がいいから」
謝ったフランシーナを見下ろして、彼はため息混じりに微笑んでいる。
フランシーナは再び考えた。恥ずかしくて困っていたのに、最高に気分がいいなんて――
「……もしかして、私といるからですか?」
「そうだよ。君の役に立てたから。……分かるようになったじゃん」
何かから吹っ切れたようなエドゥアルドは、蕩けるように甘く笑って。
その笑顔をまともに受けてしまったフランシーナは、謎の動悸に悩まされたまま馬の背に揺られ続けた。
休憩をはさみながら小一時間ほど馬に揺られ、二人はやっと王城へと辿り着いた。
門の前には、この雪の中でも任用試験のために訪れた者達で溢れかえっている。これだけ苦労して来たけれど、フランシーナもその一人に過ぎない。
否応にも高まる緊張が、フランシーナの顔をこわばらせる。わずかに残っていた余裕も一瞬のうちに無くなって、思わず手のひらを握りしめた。
「緊張してる?」
隣から、エドゥアルドが話しかける。
それほどまでに情けない顔をしていたのだろうか、彼は優しくフランシーナの手を取った。
無意識にきつく握られていた手は、彼の手によってゆっくりとほどかれ――次第に強ばりも溶けていく。
「フランシーナなら大丈夫だから、落ち着いて」
「そ、そうでしょうか」
「ずっと君を見てきたって言ったでしょ。フランシーナは誰よりも頑張っていたよ。この僕よりもね」
エドゥアルドがあまりにも自信満々でそんなことを言うものだから、思わずフフっと笑ってしまった。
触れた手はひんやり冷たいのに、なんて暖かいのだろう。彼によって緩んだ緊張は、フランシーナに表情を取り戻して――じわじわと心に余裕を与えてくれた。
「……ありがとうございますエドゥアルド様。私、頑張ります」
「うん。頑張って」
彼には、これから新年祭が待っている。
学園に向かうため、エドゥアルドの手が離れていく。
フランシーナは、ここまで送ってくれた彼の後ろ姿を見えなくなるまで見送りながら、胸に芽生えた甘い気持ちを自覚した。
離れがたい――もっと一緒にいて欲しい。
心が、そう望んでいた。




