表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/28

遠い人


 エドゥアルドとは話すことが出来ぬまま、慌ただしく日々は過ぎていく。

 

 着々と進む新年祭準備のなかで、最近はちらほらと卒業後の話題も耳にする。

 皆が前へ進んでいるというのに、フランシーナはまだ目の前のことに囚われたまま――なんだか自分だけが取り残されているようだった。


  

 放課後の職員室。フランシーナは、以前借りた解説集をゲオルグへ返しにやってきた。

 

「こちら、お借りしていた解説集です。ありがとうございました」

「わざわざ持ってきてくれたのか。いよいよ明日だな」

「はい。ゲオルグ先生」


 いつもフラリと姿を消してはサボっているゲオルグだが、今日は職員室にいてくれて助かった。珍しいこともあるものだ……と思ったら、明日は新年祭。さすがのゲオルグも、忙しくてサボるどころではなさそうである。

 

「参加できず残念だったな。君にとっては学園生活最後の新年祭なんだが」

「しょうがないです。試験のほうが大事ですから」

「いつも通り、頑張ってこいよ。ほら見ろ。()()も頑張ってる」


 ゲオルグに促されて窓から外を見下ろすと、テラスではちょうど音楽隊の総合練習が始まった。

 華やかな演奏が学園中に響き渡り、皆立ち止まってはテラスへ耳を傾けている。その後方では、エドゥアルドと音楽隊隊長が寒空の中、明日の打ち合わせを行っていた。


(……また仕事しているわ)


 今日一日だけでも、エドゥアルドのことは度々見かけていた。

 たしか今朝、彼はエントランスで立て看板の設置をしていたはずだ。昼の講堂前ですれ違った時には、教師陣と座席の最終確認をしていた。

 つまり、授業以外の時間を、ほとんど仕事に費やしている。大丈夫なのだろうか。もしかしてまた寝ていないのではないか――


「エドゥアルド・ロブレス、いつ見ても何かやってるなあ」

「そうですね。少しでも休めていたら良いんですが……」

「心配?」

「まあ……そうですね」

 

 エドゥアルドとはたった数日会わなかっただけなのに、もうずっと会っていないような錯覚に陥った。

 久しぶりに見た彼は、相変わらず疲れを感じさせない爽やかさで、立ち振舞いも美しく――そして、その完璧な表情からは何を考えているのか分からない。


 以前はこんなこと、気にもしなかった。

 エドゥアルドがどんな人なのか、何を考えて生きているのか。彼はただ素晴らしく優れた人で、皆の頂点に立つ人で――自分とは天と地ほど差がある人間の考えていることなど、知りたいだなんて思いもしなかったのに。


 けれど、フランシーナは知ってしまった。

 皆の期待を背負う苦労も、陰ながら抱えている仕事も。二人きりの時は意外と子供っぽいところも、自分に厳しく頑固な一面も。


 彼が、あまり疲れていなければいいと思う。そばにいる誰かが、どうかエドゥアルドの不器用さに気付いて、助けていてくれたら。

 

「三年間で、君も変わったなあ」

「わ、私? どこか変わりましたか?」

「入学したばかりの頃は、勉強できてりゃそれで良し! みたいな生徒だったけど」

「えっ……そんな……」


 その言葉は何気に傷付く。

 ただし、その通りではあったけれど。


「まさか君が、一人前に()()の心配をするようになるなんてな」

「……父親みたいなことを言わないでくださいよ」

「フランシーナ君の成長が嬉しいんだよ、教師としてね」


 ゲオルグはしみじみと無精ひげをさすりながら、本当に父のような笑顔をくれた。

 

 この変化には自分でも驚いている。まさか、()()エドゥアルドの心配をする日が来るなんて。

 本当は恋人でも無いのに傲慢だろうか。けれど、心配せずにはいられないのだ。たとえ自分がただの取引相手だったとしても。


 

 ふと、視線を感じて――エドゥアルドに視線を戻すと、彼もいつの間にかこちらを見上げていた。

 音楽隊の練習は終わり、隊員達が慌ただしく楽器の片付けを始めたテラスで、一人だけ気が抜けたようにこちらを見ている。

 

(エドゥアルド様……)

  

 目が合ったのはいつぶりだろうか。

 

 彼が迎えに来なくなってしまえば、会うことも少なくて。クラスも違う、住む世界も違う。その気がなければ話すことなんて出来ない人だったことを、ここ数日で思い知らされた。 

 校舎内で一方的に見かけることはあっても、忙しいエドゥアルドがこちらを振り向くことは無い。以前のように、話しかけてくることも無くなってしまった。


(……ずっと見ていた、って言っていたのに)


 この数日間で、いつの間にかフランシーナばかりが彼の姿を探していることに気がついた。

 

 廊下で、講堂で、エントランスで。エドゥアルドの姿を見つけては、モヤモヤと彼のことを心配してしまう。

 そして今、目が合っているのに見ているだけというのは、なんてやるせないのだろう。

 

「……ゲオルグ先生。私、そろそろ失礼します」

「うん? 彼氏に用事か」

「そうです……!」


 フランシーナはゲオルグに声をかけると、人てごった返す職員室を飛び出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ