優等生の寝顔
冷たい空気の中、学園は慌ただしい空気に包まれていた。
巨大な立看板の制作に、校舎内を彩る金飾り。遠くからは音楽隊の練習が繰りかえし聴こえてくる。
これから新年を迎える王立学園では、一ヶ月後に新年祭が開催される。それは新年を祝う式典で、毎年恒例の伝統行事として生徒主導で執り行われていた。
今年も旧図書室の窓から見える景色はガラリと変わって、勉強中のフランシーナでも心が浮き足立つ。
思わずペンを止めて、窓からの光景に想いをはせた。
(……いいなあ、楽しそう)
こう見えて、フランシーナは学園行事が好きだった。
勉強一辺倒の真面目女子ではあるのだが、イベントには浸かっておきたい人間だった。学園中に漂う非日常はわくわくするし、普段感じることのない一体感には乗りたいタイプなのである。
去年の新年祭も、とても良かった。
あの日、確かヴィヴィアナが新年祭のコサージュを交換してくれたのだ。
生徒達の胸を飾る金のコサージュは、新年祭の大事なアイテム。新年の祈りを込めたコサージュを、大切な人へ贈る……そんな伝統が、学園には存在する。いかにも生徒達が好きそうなイベントだ。
実際フランシーナは、ヴィヴィアナからコサージュを貰えたことで有頂天になった。今も宝物として、時々眺めては友情を確認しているほどだ。
(まあ……今回の私には関係ない行事なのだけど)
残念ながらフランシーナは今回、参加できないことが決定していた。
なぜなら新年祭当日は、運命の事務官任用試験があるからである。
年が明けてすぐ開催される事務官任用試験は、毎年のように新年祭と日程が重なってしまっていた。
去年までは新年祭を楽しめたが、今年ばかりは参加できそうにない。どうしようもないけれど……やっぱり皆が浮かれる中で、自分だけ部外者であるのは少し寂しかった。
自分を納得させようと思っても、ついため息が漏れてしまう。
外の楽しげな景色に心惹かれるけれど、とりあえず今やるべきは勉強だ。新年祭の準備が始まったということは、事務官任用試験も目前であるということだ。観念して再び問題集へ目を戻すと――
ふいに隣から人の寝息を感じた。
(な、なに……?)
隣には、今日もエドゥアルドがいるはずだ。
いつものように教室まで彼が迎えにやってきたので、もう自習室に行くまでもなく、ここへ連れてきているのだが。
「嘘……まさか……」
息をひそめつつ、そろりと横を見ると……
ひとつ空けた隣の席では、やっぱりエドゥアルドが座っていて。なんと彼は頬杖をついて眠っていた。
その手にはペンを握ったまま、やすらかに寝息を立てている。あまりにも静かなものだから、彼も勉強中なのかと思っていたのに。
(ど、どうしましょう……)
とりあえず、危ないのでペンをどけることにする。
そっ……と指でつまむようにして、彼の手からペンを引き抜いてみた。
(起きてしまうかしら?)
起きたところで起こす手間が省けて好都合なのだが、あいにくエドゥアルドが起きる気配は無さそうだ。
よっぽど疲れていたのだろうか。
フランシーナは、ここぞとばかりにエドゥアルドの横顔を観察した。
恐ろしいほど整った顏に、伏せられた睫毛が影を落としている。サラリと目にかかる金髪は普段より無防備で、彼のあどけない寝顔は気の緩みを物語っていた。
静かすぎるこの場所は、忙しいエドゥアルドにとっても落ち着く場所となっているようだ。
(……これは何かしら)
彼の前には参考書も数冊積まれているが、まだ手はつけられていないらしい。そのかわりに広げられているのは、構成途中の挨拶文だった。
新入生歓迎式、芸術祭に懇親会……いつも壇上で流れるような挨拶をする彼の姿を見てはいたが、こうして台本を用意して臨んでいたとは知らなかった。
おそらく今回の新年祭も、生徒代表挨拶をエドゥアルドが務めるのだろう。
当たり前だが、壇上で挨拶を披露するためにはきちんと形にしなければならない。てっきりそういうことが得意な人なのかと思っていたが、その挨拶文の原稿には、何度も書き直した跡があった。
さらによく見てみれば、挨拶原稿のほかにも来賓リストや記念品の納品書、未だ構成中の式次第など――そこには抱えているであろう仕事が山のように重ねられていた。
華やかな学園生活の傍ら、成績も維持しながらこれらの仕事もこなしていたなんて。
(こんなの、疲れて当然だわ……)
彼の内情を知ってしまったら、気のせいか寝顔にも疲れが色濃く出ているような気がしてならない。
隣からは、規則正しい彼の寝息が繰り返される。出来ることなら、ずっとこのまま寝かせてあげたい。
けれどもうすぐ終業の鐘は鳴ってしまうし、やがて見回りの教師もやって来る。寝ている姿を他人に見られることは、イメージを大事にする彼にとっておそらく本意では無いだろう。
仕方なく、フランシーナはエドゥアルドに声をかけることにした。




