エドゥアルド VS ゲオルグ先生
教師であるゲオルグを前に、エドゥアルドは一歩前へ出た。
腕を組み、目つきは鋭く――なぜか好戦的な態度である。模範的生徒であるはずのエドゥアルドが。
「常々考えていたのですが……ゲオルグ先生、特定の生徒を贔屓しすぎなのでは無いですか」
「贔屓……というと?」
「フランシーナだけに、過剰な手助けをしているのではありませんか。この部屋を貸し出したり、こうしてわざわざ解説集を手渡したり」
「はあ?」
エドゥアルドは、ゲオルグを睨みつけたと思ったら今度は難癖をつけ始めた。
完全に、優等生の仮面が剥がれてしまっている。フランシーナにはハラハラしながら見守ることしかできないのだが、ここは止めに入ったほうが良いだろうか。
「特別扱いしているつもりはないけどなあ。旧図書室は誰も使わないから提供しているだけだし……この解説集だって、フランシーナ君がわざわざ『貸してほしい』と頭を下げに来たものだから、それならと思って貸し出すだけだよ」
「そうでしょうか。彼女が事務官の任用試験に合格すれば、指導者であるゲオルグ先生の実績に繋がるからではないですか」
「おお……!? 言うねえ」
(エドゥアルド様……!?)
エドゥアルドの言いがかりは止まらない。
ここで幸いなのは、ゲオルグが怒らずヘラヘラと笑っていることだ。大人の余裕というものなのだろうか、それとも馬鹿にしているだけなのか――
どちらにせよエドゥアルドが言っていることは主観による憶測で、失礼にも程がある。
「エドゥアルド様、もうやめて下さい。ゲオルグ先生は贔屓なんかされる方ではないですよ。私が、先生に色々としつこくお願いしているだけなんです」
「え……? フランシーナが……」
「そうだよ。彼女くらいだよ、熱心に頼みに来たりする生徒は」
フランシーナが口を挟んだところ、やっとエドゥアルドの勢いは収まった。彼が口をつぐんでくれたことに、ほっと胸を撫で下ろす。
「俺は教師として、生徒をただ応援したいだけ。彼女みたいに一生懸命な生徒は、教師なら誰だって手助けしたくなるよ」
「応援……したいだけ?」
「エドゥアルド君だって、フランシーナ君に問題集を譲ったんだろう? それは彼女を支えたいからでは無いのかい」
「あれは――」
ゲオルグが言っているのは事務官任用試験の対策問題集のことだ。その問いかけに、エドゥアルドは口を噤んだまま返事ができないでいる。
それも仕方がないかもしれない。だってあの問題集は、恋人役の取引材料として利用されたのだから。
「まあ……君も頑張れよ。あと、もう少し大人になれば」
エドゥアルドはその言葉にまたムッとしたようであるが、ゲオルグはそんな態度も豪快に笑って受け流す。
彼は教師らしく二人の頭をかるくポンポンと叩いたあと、笑いながら去っていったのだった。
「あー……び、びっくりしました。突然あんなこと言い出すから……」
ゲオルグの後ろ姿が見えなくなってから、フランシーナはへなへなとしゃがみ込んだ。相手がゲオルグだったから良かったものの、あんな一触即発の場面に立ち会うことは初めてだったのだ。
「一体なんだったんですか……エドゥアルド様はゲオルグ先生になにか恨みでもあるのですか」
「もともとあの人は苦手だよ。つくる問題も、人柄も」
「だからって先生に対する態度ではないでしょう。先生も驚いていましたよ。エドゥアルド様が睨みつけたりなんかするから――」
「……君が」
まだ機嫌の治らないエドゥアルドの声が、フランシーナの抗議を遮った。そして小さな声で、ぼそりと呟く。
「君が、あの教師と笑ってたから」
「は?」
エドゥアルドはそれだけ言うと、こちらを振り返ることもなく廊下を歩き出す。
謎の言葉に思考が停止していたフランシーナも、慌てて彼の後ろを追いかけた。
(私が、ゲオルグ先生と笑ってたから……って何?)
先程の言葉を反芻してみる。
確かに、フランシーナはゲオルグに笑顔を見せた。
それは念願の解説集を貸してもらえたからであり、わざわざ旧図書室まで届けてくれたからであり、全部嬉しかったからである。
それとエドゥアルドの不遜な態度に、なんの関係が……?
「あの。何故それが、気に触るんですか?」
わけが分からない。フランシーナがゲオルグと笑い合っただけで、なぜ腹を立てられなければならないのだろう。
「あいつが来た途端、すごく嬉しそうにしたでしょ」
「まあそれは……わざわざ解説集を持ってきて下さったので……」
「僕とは何時間も一緒にいて、一言も話さなかったのに」
(まさか、エドゥアルド様……)
拗ねたような一言に、ようやく合点がいった。
「もしかしてエドゥアルド様、根に持ってます?」
「……馬鹿なこと言わないでよ」
「だってどう考えてもそうでしょう! なんだ……」
理由が分かれば、少しおかしくて笑ってしまった。
フランシーナの笑う声が聞こえたのか、前を歩くエドゥアルドが悔しげに振り返る。
「――君も、僕のことを子供っぽいって思う?」
「え?」
「あの教師、言ってたよね。『大人になれば』って」
案の定、先程のゲオルグの言葉も癪に触ったようであった。いつも冷静であるはずのエドゥアルドが、ゲオルグの安っぽい挑発にまんまと踊らされている……
「そ、そんなことないですよ。私達がゲオルグ先生より子供なのは事実ですし……」
「……面白がってるでしょ」
「それに『完璧』モードのエドゥアルド様より、今のほうが断然話しやすいです」
フランシーナがそう言うと、彼の頬がわずかに赤く染まる。照れているようだ。
「君は……変わってるね」
「そうでしょうか」
「変わってるよ」
「では、そうなのかもしれません」
からかっているわけではない。今のエドゥアルドのほうが話しやすいというのは本当だ。嘘臭いほど爽やかなエドゥアルドを相手にしていた時は、何を話してよいのか分からなかったから。
「こうして話すのは、楽しいです」
「……本当に?」
「ええ。ただし、勉強中以外でお願いします」
ようやく目が合った二人は、互いに軽く笑い合う。
若干機嫌が直った様子のエドゥアルドと、終業後の校舎を並んで歩いたのだった。
誤字報告ありがとうございました。
反映いたしました!




