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「はい、じゃあこの問題は・・・・」
先生が教卓で授業を進行している。
普段は自習するより、授業中にフルで集中すれば良いという考えの僕は、
先生の発言を箇条書きでノートにまとめ続けるのだが、今は上の空で聞く耳を持てない。
姉さんにお仕置きされるのがひたすらに怖い。
あそこまで怒った姉さんは久々に見た。
今回は血が出なきゃいいけど。
どうなるだろう。
「・・・拓哉。といてみろ」
「え」
先生が僕の名前を呼ぶ。
パッと顔を見ると、少し怒っているようだった。
上の空になっているのがばれた懲罰的な指名のようだ。
「え、えっと」
「どうしたー今日何回も説明したところだぞ」
先生の口調こそやわらかいが、やや棘を感じる。
みんなの視線が僕に集まって、思わず委縮する。
早く回答して、このプチ地獄を乗り越えたい所ではあるが、
実をいうと、問題をこたえるどころか教科書も開いてない。
何なら実は科書忘れたのに、違う教科書だして忘れてないですアピールしているくらいだ。
「うわ、あいつ馬鹿だ」
「でもちょっと可哀想だよな」
クラスメイトが小声で話しているのが聞こえる。
「ほらほらどうした?ん?ん??」
先生は片眉を挙げてにやけながら僕を問いただしてくる。
この状況を少し楽しんでいるようにも見えた。
くそ、これってパワハラじゃないのか。
まぁ、僕が悪いんだけど・・・・
「ぐ・・・」
しょうがない、
ここはわからないと素直に答えて、謝ろう。
「拓哉」ヒソヒソ
「!」
呼ばれて目線を移すと、先生に聞こえないくらいの声で、
奈緒が心配そうな表情で呼びかけてくる。
「答えは3だよ」ヒソヒソ
奈緒・・・・
目線でありがとうと伝えると、奈緒は「まかせて」と言わんばかりの表情になった。
本当に良い彼女をもった。
彼女、そういえば姉さん。はぁ。
まぁ今は良いや。
「答えは3です」
「ぜんぜん違う。お前は何も話を聞いていなかったのか?何回も説明したよなこの授業中に。お前以外の生徒全員が多分答えわかってるぞ?というかお前の教科書、それ数学じゃなくて生物だろ。舐めてんのか?やる気もないしいい加減にしろよ?」
「・・・・す、すいません」
「はぁ。まぁもういいわ、でも教科書のごまかしはやめろ」
先生は黒板に向き直る。
クラスメイトはにやにやして僕の方を見ていた。
唯一奈緒だけはごめんという顔をしていた。
まぁ奈緒に限って嘘の答えを教えた訳ではないとわかっているし、
そもそも他人を当てにした訳だしな。悪いのは僕だ。
「じゃ~同じ問題を田中!」
『僕以外誰もが答えを知っている問題』の回答に奈緒が指名される。
「さ・・・3です」
「えっ・・・・」
「・・・・」
数秒クラスは完全な静寂に包まれていた。
☆
ようやく下校時間。
今日一日は凄い早く感じた。
「はぁ・・・・・」
奈緒との折角の下校なのに僕の気持ちは暗い。
帰ったら説教かぁ。
今日は説教1時間で許してくれるかな。
まぁ無理だろうな。
「拓哉」
奈緒に腕をつんつんとつつかれる。
「んー」
「デートしない?」
「は?デート?」
奈緒の急な提案に少し驚く。
「だって私たち、もう付き合ってるのに、まだ一回もデートとかしたことないし」
デート、かそりゃあいつかはするんだろうけど、でも今は。
「そりゃあ、僕だってしたいけど今日は無理だよ。知ってるでしょ?姉さんの説教が」
「それはそうだけど、でもお姉さんが帰ってくるのはきっと遅いでしょ」
「まぁ確かに・・・生徒会だし今日」
「でしょでしょ?だったらさ、一時間位良いんじゃないかなって」
一時間か・・・
奈緒を見ると黒い瞳が綺麗で、若干の期待を膨らませた表情になっている。
僕はすっかり自分の事ばかり考えていた事に気が付く。
「わかったよ。じゃあデートしようか」
「うん!一時間だけ」
スマホを見ると、姉さんから「もう家に帰ったのか」の確認の連絡が来ていたので、
適当に20分後につくみたいな連絡を送る。
よーし、折角だし楽しもう。