伯爵邸 〜主の帰還と消えた末っ子〜②
そう言う伯爵の元に、下級悪魔で執事をしている配下の男が、すかさずお茶と菓子を用意して部屋の中に入ってくる。
配下の男が伯爵の前のテーブルにお茶と菓子を出していると……、
「執事。私のだけじゃなく、この場にいる皆にも同じ物を出してあげて。戻る時に買ってきたお土産も、屋敷の者達で好きに分けていいから。ここは空間的にも隔絶された場所ではあるし、皆暇ばかりだったろう。他の部屋の子達にも頼むよ」
そう言って、伯爵は棚の上やテーブル周りにちょこちょこんと座り控え続けている、彼の小さな【コレクション】達にも気遣いをみせる。
『……………かしこまりました』
執事は静かに返事をした後、すぐさま伯爵の指示通りに、棚やテーブル周り以外にも部屋のあちこちでくつろぐ"小さな"面々にもお茶菓子を用意していく。
もちろん、伯爵の帰宅なども一切興味を示さない面々にも順々にだ。
『あら…?ありがとうございます伯爵様。美味しそうなお茶菓子ですわね。いただきますわ』
『ありがとうございます。伯爵様。お礼に歌を歌いましょうか?』
『おぉ…!なんと異国の菓子か。これはいやはや珍しい。ありがたく頂戴いたしますぞ?伯爵殿』
………そう口々に礼をのべ、【コレクション】達が出されたお茶菓子に喜々と手を伸ばす中。
にこにこにこにこ…。やわらかなけだる気な瞳でその様をのんびり眺めていた伯爵の真紅の瞳が……、ふと…。何かを思い出したかの様にスッと細められた。
「…………あぁ。そう言えば、我が家の【末っ子】はまだ帰っていない様だけれど…。あの雪の日以降……、彼女はまだ連れ去られたままなのかな?」
そう口にして、伯爵は少し前に新入りで入ったばかりの己の【コレクション】。
その中でも群を抜いて"頑な"な、とてつもない"頑固者"がまだ帰路に至っていない事に気がついたのだ。
伯爵がそのまま配下の執事に問いかけの視線を向けると…、執事は菓子を小さく切り分ける手を一度止めて、主である伯爵の問いに静かに答え始める。
『…………はい。ご主人様。【末っ子様】は現在、伯爵領が属しているこの国の首都に隣接する都市の、職人街の集まる小さな洋裁店「カフス」という店にいらっしゃいます。今の所、身の危険は何も無いように見受けられます……………が、」
「………が?」
寡黙な配下が珍しく言葉を区切って濁す様子に伯爵は違和感を覚え、思わず語尾を繰り返してしまう。
…………そしてその後続けられた下僕の【報告】に、伯爵は思わず言葉を失ってしまった。
「………………………え〜と…。それは……、う〜〜んと……………。本気で?」
それでも今いち【報告】された言葉だけだとピンとこないので、実はこっそり【末っ子】の為に追跡&記録用に飛ばしていた使い魔からの映像を確認してみようと、伯爵がチャンネルのリンクをオンにして見てみると…。
結果。
部下の執事の言葉は実に正しく…。
且つ、その時飛び込んできた【映像】と【事象】の衝撃に耐えきれなくなってしまった伯爵が、たまらんとばかりにしばらくぷるぷるぷる震え、腹の痙攣でソファーに倒れ込んでしまい…。
その後しばらくの間。起き上がる事自体が不可能となってしまったのだった。
その原因は、タイミングが"良過ぎて"繋がれた【リアルタイム】の仕立て屋「カフス」の映像のせいだったりするのだが………。
ズバリ。
"目の下に真っ黒な濃いクマを付けた【小洒落た眼鏡】の優男な青年が、
ボサボサに散り乱れた髪の【人形】の少女の前で膝を折り、庶民の稼ぎで何ヶ月分かの労働の対価であろう…、
でっかい宝石の特注ミニミニサイズの指輪の小箱を掲げ【求愛】。
それを見て、ものっっっっすごく程苦虫を噛みしめたような絶妙な顔の【末っ子】が、その指輪をささげたてまつられている"
という……。
えもいえぬ最高のタイミングに加えて、対象的な二人の醸し出す雰囲気と表情。
そして決して交錯する事の無い行き違うパッション諸々が、伯爵の目の前にバババンッッ…!!!っと一番に、
衝撃的な奇跡として、映像で彼の目に飛び込んでしまったのだった。
あれは誰も防げない、予測できようも無かった"ハプニング"だったと……、後世。
【人】と【ドール】の、笑いしかない【禁断ラブロマンスエピソード(爆)】の奇跡の一幕だったと、その【ドール】と【人間】の名前と共に、永遠に近い伯爵邸での時間の中で、兄弟姉妹や屋敷の使用人達の間で語り伝えられる伝説となってしまうとは……。
……………当の本人達は"見られてしまっているのさえも気づけていない"、悲しい【黒歴史】になってしまったのである。