魂の墓場 迷いの森のドール②
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大粒の雪が吹きすさぶ一面の雪原の中…。
雪で視界がほとんど見えない森の中を、小洒落た丸眼鏡をかけた青年が冬物のコート一枚だけ着た状態であてもなく…。
もう何時間も雪深い森の中を彷徨い歩いていた。
雪を焦げ茶色の髪と両肩にこんもりと積もらせ…、もうどれくらい歩いたのかなんて全く覚えていない。
(……………このまま何もかもが真っ白になったら…、俺自身も白くなって……全部無くなってしまうのかな……)
そう…、朦朧とした意識の中で考えながら。
より刻々と酷くなる天候の中を、何故ここまで彷徨い歩いて来たのか…。当の本人である自分さえ既に全く分からなくなってしまっていた。
(………………ここは……、どこだ…?森?こんな森初めて見た気もするけど…。でも……、まぁ、どうでもいいか………)
……………最早考える事も疲れ果てて。
休んで雪を凌いだ方が良いのだろうが、それでも足は冬の雪原の森の中をひたすら前へと無意識に進んでいく。
ただただひたすら真っ直ぐに…。
そんな時だった。
「………待ちなさい」
ふと、道の脇から凛とした鈴の音を思わせる綺麗で可愛らしい少女の…。いや、女性の声が聞こえた。
「………………?」
聞き間違いだろうか。ぼんやりと霞んだ頭のまま、青年は寒さからの痛みで麻痺するメガネ越しの視界を、惰性のまま声の方向に向けてみると…。
進んでいた森の道脇。立ち並ぶ木々の間。
雪のこんもりとつもる切り株の上に、見るからにこの場に場違いな"粗末で古びたボロボロの小さな人形"が青年同様。頭や体に雪をつもらせて、ポツンと一体座り込んでいたのである。
人形の大きさは子供が手に持ち歩くサイズより一回り小さく、陶器の様に青白い肌にボサボサで広がる長い髪の毛は怪物の様に黒く伸びざらしで…。
身に着けている深緑色のローブスカートは麻袋の様に粗末で質が悪く、薄汚れているうえに所々が擦り切れているのが青年の位置からでも見てとれた。
……………ぱっと見。まるで本物の"呪いの人形"かと思ってしまう人形のディテール。
しかし、黒いボサボサな髪の間からのぞく赤紫色のキラキラ光を帯びるガラス玉の瞳が、実に綺麗で…。
精巧かつ無機質なガラス玉の瞳の中にも、激しい炎と濃い影を纏う青紫の光をチラつかせながら。
じっと男の視線を、静かにただ淡々と見上げてきていたのだ。
「……………………今すぐ帰りなさい。ここは魂の墓場よ。あなたの来る場所じゃないわ」
…………そう言って、動かぬ人形であるはずのものが口を動かし、なおもしんしんと降りつもる冷たい空間の中に彼女声は凛と響いて…。
小洒落たメガネをかけた青年は、時が止まったかの如くに息を止め、その有り様に魅入られてしまう。
「………………このまま進めば、もう元の所には戻れなくなるわ。変態伯爵の【コレクション】にされる前に、貴方の帰るべき居場所に戻りなさい。何を血迷ってここに迷い込んだかは知らないけれど、限界までのたうち回ってやる事やっていたらこんな所になんて来てないわ。とっとと帰りなさい。この………、甘ったれメガネ」
…………淡々と手厳しい言葉が人形の口から次々つむがれ、無機質に冷たく吐き捨てられた言葉の最後はむしろ悪口。
しかし、人形の言葉はどこか投げやりで手厳しくとも彼女から感じるそこはかとない品や優しさ、こちらを慮る皮肉さえも感じられて…。
瞬間。
ボサボサの古びた人形を見つめながら、青年の頭の中には微量の毒をまとう真っ赤なバラ。青、紫の炎。孤高な何か…。
それらが強烈なイメージとなって次々と青年の頭の中に駆け巡っていった。
「……………っ…」
初めて体感する息が堰き止められるかのような衝動。
それと共に、青年の朦朧と腐り果てていた視界が一瞬で吹き飛ばされてゆき……。
気がつくと青年の体は勝手に動いていて、切り株の上でちょこんと座っていた人形の彼女を両手でがっちり掴みあげ……、
見事、"捕獲"していた。