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桜拾うもの 

掲載日:2023/03/26

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 みんなは、身の回りをきれいにしてくれる人について、考えたことはあるだろうか。

 そうじをこまめにやるという人もいるし、家族にまかせっきりという人もいるかもしれないが、天下の往来だと誰が行っているか?

 おそらく、みんなは市役所とか地方自治体とか、思うんじゃないかな? そしてその想像はおおむね正しい。

 利益が目的の私企業が避ける、手間にしかならないだろうものをフォローする。それが公の組織の仕事。しばしば見向きもされず、感謝をされることもない。

 それが隠れみのになっているのかもしれないな。いつの間にか処理されていれば、公的なもののおかげだと。だが、そうとは限らないのが世の中だ。

 先生の昔の話なんだが、耳に入れてみないか?



 春が来たら、先生の通っていた学校の桜は、おおいに花びらを散らした。

 気の利いた時間差攻撃でね。おそろいの花すべてが見事に散るまで、何日もの時間を要し、しばしば校庭も道路も桜の花びらたちに埋め尽くされた。

 外に関しては、往来する車たちが、一部勝手に片づけしてくれる。多くを寄せてはくれたが、それでも一部はタイヤの直撃をもろに受け、他の力なくては動けないほど、道路へへばりつけられる。

 校内の掃除をするのは、主に用務員さんだった。しかし、生徒たちの清掃の時間でも彼らが残っていれば、生徒も手伝いをした。


 当時の先生は、席を窓際へ配置されることが多くてね。ひまさえあれば、よく外を眺めていた。

 さいわい、学校の授業をろくに聞かなくても、内容を理解できる頭はあったからね。この時間は拘束のほか、なんとも感じなかった。ちょっとでも面白いものでも見つかればと、言葉はほとんど右から左さ。

 いまこそ晴れてはいるが、今朝は雨降りで、日課にしている犬の散歩もしていない。

 先生が生まれてきたときに飼い始めたというから、十数歳はいっているはずだ。尻尾も垂れて毛並みからもやつれが見える。だからこそ、運動させるべきだと親は話していた。

 すでに時刻は5コマ目。直後に掃除が待っている。今日は帰ってからの散歩になるだろう。窓の外の敷地内外は、またも花びらでいっぱいだ。

「また面倒が増えるかな」と、ぼんやり見下ろす視界の中で。


 校門の前の路側帯を、ジャージ姿の男がひとり。ゴミ袋を片手に、大型のトングをもう片手に持って、かがんでいる。

 野球帽を目深にかぶっていて顔が見えないが、仕事着とは考えがたい格好だ。

 固まる桜たちをいくらか見渡し、やがてトングで一掴み。ぱっとゴミ袋へ入れて、また品定めを始めてしまうんだ。

 腰を曲げたまま、よちよち歩いてまたひとつかみ。場所によっては、もうふたつかみほどしたりもする。おかげで花びらの原は、ところどころで半端に削り取られて、小島のようになっていた。

 チャイムが鳴り、授業が終わるタイミングでその人はしゃんと腰を伸ばすと、そそくさとその場を去って行ってしまったんだ。

 いったん帰った後、犬を連れての散歩がてらに学校の前へ戻っても、やはり姿は見せない。

 けれど、連れている犬。老いたレトリーバーは、やたらと足を止めたよ。

 あの男性が桜をのけていったところに、鼻を寄せてすんすんと臭いをかいでさ。先生自身は、そこからは特におかしさを感じなかったんだけどね


 それから先生が気を払っていると、例のジャージ姿の男の人はしばしば姿を見せた。

 道路ばかりじゃない。ときおり、学校側を何度も見やっては、こっそり入って桜をつかんでいくこともある。

 いかにも泥棒に似たような、こそこそした感じ。先生に見つからないことこそ、至上命題といったところか。

 他のクラスメートにも、例のおじさんの存在に気づいた者がいたけれど、正体は知れない。

 どうも、先生以外に生徒からの目線も、あの人は気に掛けるようだ。目が合ったかと思うと、逃げ出してしまう。

 先生は上から見るゆえか、まだ気づかれていないものの、おそらくそうと知れれば警戒されるだろう。

 どうにか、あの男性の意図を知りたい。そう思いながらも、ガードが堅いおじさんを追う機会には恵まれず、やがて先生にも卒業のときが来た。



 それからあのおじさんを見ることはなかったんだけど、少し奇妙なことがあった。

 飼っていたレトリーバー、先生が卒業するときにはもう寿命が近づいていたらしく、散歩しようにも立とうとせず、ほぼ横になってしまう日も多かった。

 いよいよかと、いつか来るお別れのときを思いながら、実に3000日以上、先生たちは犬と過ごすことになる。

 実に20年以上が過ぎた、ある休日の昼。あいつは繰り返す嘔吐の果てに、永く眠ることになったよ。ただ妙なのは吐いたものなんだ。

 それは、あふれるばかりの桜の花びらだったのさ。今朝に食べたエサを思わせるものはかけらもなく、いまは夏場だというのに、先ほどまで咲き誇っていたかのような桃色の桜が、ぬめりながら小山を成す。

 調べてもらうと、レトリーバーの身体の中からまだ大量の桜が見つかった。いや、ただ胃の中にあったんじゃない。

 筋肉や血管の中にびっちりと。これで果たして、血を通わせ命を長らえることができるのか、皆目見当がつかない状況だったという。

 同じ時期に、先生は友達からも長年飼っていたペットが、相次いで亡くなったことを聞いた。先生たちがあの学校に通っていたころから知るものたち、そのいずれもが大量の桜を吐いてだ。


 母校へ向かうと、桜の木はすっかり元気をなくしていた。

 木々のあちらこちらの、無残な折れ方を見れば、それが自然なものでなく人工的なものだと知れたよ。きっと誰かが桜の枝を折っていったんだろう。この年の桜の花びらは、なかったのかもしれない。

 そこでふと思ったよ。もし犬たちが永らえたのが桜の花びらだとしたら、それをああして集めていたおじさんは、どうだったのだろう。もしや、ああしてみんなの身体がいっぱいになるほど、毎年桜を詰め込んでいたのだろうか?

 いまだ先生は、あのおじさんに再会できずにいる。


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