旅立ち
「ナツちゃんによろしくね」
「うん」
玄関先でお母さんが放つ声は、春の朝日に照らされているかのように温かく、私の心に柔らかな光を灯しました。
その声が、私の新たな旅立ちを後押しします。
ポンちゃんは、トコトコ、と小さな足音をたてながら私の方に近づくと、「ニャー」と鳴きました。
私は、愛情を込めながら彼女のあごの下をくすぐり、その鳴き声は、小さなエールのように私の背中を押してくれるのでした。
私は「じゃ、行ってくるね」と言い、取っ手に手をかけてゆっくりとドアを開けました。
瞬間、新鮮な春の空気が部屋の中に流れ込み、私の胸は期待で高鳴るのでした。
外に出ると、家の駐車場にナツが立っていました。
彼女は、朝日を浴びて漆黒に輝く髪を揺らしながら「おはざいまーす!」と元気よくあいさつを投げかけてきました。
私は「おはよー」と言い、ナツが購入したばかりのミラココアの前席へ足早に乗り込みました。
ナツは運転席に座ると、「ささ、かっ飛ばしていきますぜ!」と意気込んだのですが、私は「安全運転でお願いね?」と静かに言い聞かせました。
車のエンジンがかかると、フロントガラス越しに見える景色が目に飛び込んできました。
黄恵大は、柔らかな春色に染まっているのでしょう。
人々はその美しさに心を奪われながら、ゆっくりと通りを歩いていました。
その笑顔一つ一つが、春の訪れを祝福しているかのようでした。
車が出発する寸前、ふと、ナツが「……昨日さ」と口を開きました。
私は「うん?」と言い、彼女の言葉に耳を傾けます。
「昨日、不思議な夢を見たんだよね」
ナツの声は、遠くかすむようでした。
「へぇ、どんな夢?」
「……翔さんが出てきたの」と言葉を濁らせました。
「お父さんが? どんな感じだった?」
ナツはしばらく考え込むと、「んー、それがあんまりはっきりしないんだ。ただ、なんか大事なことを言ってた気はするんだけどね……」と曖昧に答えるのでした。
その後、ナツはしばらく沈黙を決め込んだのですが、その間、彼女の視線は私の横顔を逸らさずにじっと捉えているのでした。
私は、自分の頬を触りながら「え、顔に何かついてる?」と尋ねました。
ナツは「あ、いや、ゴメン。なんかちょっとだけ、サラの顔がおばあちゃんっぽく見えたんだよね」と言い、くすくすと笑いをこぼしました。
「えー? それって、私が老けて見えるってこと?」と私は軽く返しました。
ナツはすぐに「いやいや、そういう意味じゃないからね!」と慌てて訂正し、私たちは笑い合うのでした。
しかし、私は心の中でつぶやきました。
『私の中には、たくさんの人が息づいているのだから』と。
それは、私の存在を形作る無数の糸と絆のことで、私の人生を豊かに彩る多様な影響と記憶の集合体です。
お父さんの強さ、お母さんの優しさ、夏月の笑顔、ソフィアさんの助言。
それぞれが私の中で生き、私を私たらしめるのです。
彼らの声は私の中で小さな合唱となり、私の一歩一歩を支え、導いてくれるのです。
私たちの前に広がる道は、希望に満ちた未来へと続いている。
その道のりには、新しい出会いがあり、新しい経験が待っている。
世界はこんなにも美しく、こんなにも優しく、私たちを迎え入れてくれるんだ。
そう思いながら、新しい一日へ車が進んでいくのでした。




