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モノクロームに愛された者たちへ  作者: ヤナギ ショーキ
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強くて優しい子

 深い集中のもと、キャンバスに向き合う私は、まるで崇高なる儀式を執り行うかのように、ゆっくりゆっくりと、しかし確実に女性の右目をなぞります。


 細い黒線を描き、その上から不思議な魅力を秘めた青色を添えます。


 それは、形骸から命にへ昇華する瞬間です。


 彼女が抱いているであろう喜びや哀しみ、静けさや渇望。


 それらが色彩と筆のタッチによって共鳴し、観る者の心に静かな波紋を投げかけます。


 油絵の具が織り成す、鮮やかな色彩が混ざり合う匂いは、この芸術的な旅路の一部となり、観る者をさらに奥深い世界へと誘います。


 この作品は、ただの視覚的な表現を超え、観る者の心と魂に深く訴えかえるのです。


 この一筆一筆に込められた情熱と、キャンバスに刻み込まれた女性が秘める無限の可能性。


 色彩が織り成す調和の中に、彼女の感じているであろう喜びや哀しみ、静けさや渇望。


 心の中で渦巻く感情の深淵をのぞき見ることできるのです。


 ─────────────────────


「おぉ……これは神っぽいというかなんというか……」


「きれいすぎて、観てるだけで心が洗われる感じがする……」


 女性の右目に青いバラを慎重に描き加えた私の手は、ほんの少し震えていました。


 可能性の象徴を、彼女の見つめる先に静かに宿したのです。


 その一つ一つの花弁は、夜の空を思わせるほどの深い青で、薄い霧に包まれたようなぼんやりとした輪郭を持ちます。


 この青いバラが彼女の瞳に映し出すのは、遠く未知なる世界への憧れ。


 あるいは、手に入れることのできない夢への渇望なのかもしれません。


 この瞬間、キャンバスの上の女性は肖像を超え、彼女自身が一人の人間となったのです。


 青いバラの花びら一枚一枚が、見る者の心に静かに語りかけます。


 失われたものへの哀愁、手に入れることのできない美への憧れ。


 そして、それでもなお、前を向く勇気。


 この青いバラを描くことで、彼女の内に秘められた神秘や深淵がより一層際立ったのです。


 観る人は、この花を通じて彼女の感じているであろう複雑な感情や、その繊細な心の動きを想像するのでしょう。


 この青いバラはキャンバスを超えて、私たち自身の内面とも対話を始めます。


 私たちが日常で忘れがちな美への純粋な憧れや、夢への無限の可能性を、静かに思い出させてくれるのです。


 ─────────────────────


「お母さん」


「私たち、やり遂げたよ」


 玄関先でそう告げると、お母さんは私を強く抱きしめました。


 その抱擁は、長い旅の終わりを迎え入れるかのような、私の心に深い安らぎとあんどをもたらすのでした。


 しかし、お母さんは「ごめんね、本当にごめんね……」とつぶやき、涙を流すのでした。


「え……? どうして謝るの……?」


「実は……」


「実は、心のどこかで、いつか沙楽が諦めるんじゃないかって思ってたの……」


「沙楽の目指す夢の道は過酷で、あまりにも厳しいものだから……」


 お母さんが発する言葉は、震えていました。


 揺れる声からは、過去の不安と現在の感動が織り交ざり、深い後悔と同時に、解放された喜びがあふれ出ているのでした。


「でも、沙楽はこうしてやり遂げた……」


「親である私が、最後まで沙楽を信じてあげられなかったことが本当に申し訳なくてね……」


 お母さんの声は悔恨に満ちながらも、その奥底には、揺らぐことのない誇りと愛情が息づいているのでした。


 お母さんの感情が揺れ動く様子は、悲しみを帯びながらも、その美しさが際立っていました。


「……正直に言っちゃうと、やっぱり寂しかったな」


「お母さんの目を見てて、信じてくれてないように感じた時もあった」


「それでも私は、自分の夢に向かって進むことを選んだ。その道のりがどんなに厳しくても、それが、私の選んだ道だった」


「平たんな道じゃなかったけど、たくさんの経験が、今の私を創り上げてくれた」


「だから、お母さんが謝ることなんてないんだよ」


「お母さんが誰よりも心配してくれてたことは、ちゃんと分かってるから」


「沙楽……」


「……ありがとう。強くて優しい子に育ってくれて」


 お母さんは、さらに強く私を抱きしめました。


 まるで、初春の雪解けのように冷え切った心の土を解きほぐし、新しい感情の芽生えを優しく育む温かな日差しのように愛情のぬくもりが私の内側に深く浸透していくのでした。


 それは私たちの記憶の奥深くに刻まれ、時の流れとともに色あせることなく、今でも心の中で優しく輝き続けているのです。

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