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モノクロームに愛された者たちへ  作者: ヤナギ ショーキ
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長い旅路の果て

 夏休みも終わりに近づいてきたある日。


「大丈夫! そんなに暗くならないでいいんだよ!」


 ミサちゃん先生がそう言いながら部室の扉を開けると、その後に続く形で、ナツが部室に入ってきました。


 彼女の姿は、長い旅を終えてようやく帰還した探検家のようで、踏みしめる一歩には、言葉にならないほど多くの体験が刻まれているのでした。


「その……」


「お騒がせしました……」


 私の目の前にいるはずなのに、ナツの声は遠くかなたから響いてくるようで、その微弱な音色は、彼女の内面から絞りだされているかのように繊細でした。


 しかし、彼女の表情は非常に穏やかで安定しており、心の平穏を取り戻しているのでした。


 ナツの瞳は、途方もない試練を乗りこえた人のみが持ち合わせる特有の輝きを放っており、黒色がより一層鮮やかになっているのでした、


 そんな彼女を見つめていた私の魂は、深く揺さぶられました。


 彼女の方へ歩み寄り、私は何のためらいもなくナツを抱きしめました。


「……おかえり、ナツ」


「……ただいま」


 彼女の声は静かながらも、その場の空気を変えるほどに明確なものでした。


 長い道のりを経てついに帰還を果たした彼女からは喜びがあふれ出しており、それは、彼女自身の心の旅を物語っていました。


 ミサちゃん先生は私たちの肩に手を乗せると、「ありがとう。二人とも無事に帰ってきてくれて」と言って、私たちの無事を一人の人間として喜んでくれるのでした。


 ─────────────────────


 ナツが角椅子に座り、私たちが以前から手掛けてきたキャンバスに改めて向き合ったその瞬間、重要な変化が始まるのでした。


 彼女は木炭を手にすると、女性の左顔を細やかな筆遣いで丁寧に描き直しました。


 彼女の手によって、女性は左目を閉じ、涙を流している姿へと生まれ変わったのです。


 この繊細な変化に心を奪われた私は、「前のも結構よかったと思うんだけど、なんでこういう風に描き直したの?」と興味深く尋ねました。


 ナツは、木炭を長机に置いて一息に深い空気を吸い込んだ後、静かながらも確固たる意志を持って答えました。


「急に、『過去と決別した姿』を描きたくなったんだよね」と。


 ただ単に描き直すこと以上の意味があり、自分自身の内面と向き合い、過去より訪れた問題を乗りこえようとする強い決意が伝わってくるのでした。


 キャンバスの中に描かれた女性の顔は、以前のものよりもさらに深い感情が何層にも重なって表現されていました。


 目を閉じて涙を流すその姿は、悲しみや苦しみを超えた先にある静かな決意と解放を象徴しているようでした。


 ナツはその一筆一筆に、自分自身の過去との決別、そして、新たな一歩を踏み出す勇気を込めたのです。


 彼女の作業を見守る中で、ナツ自身もまた、過去の重荷を脱ぎ捨て、新たな未来へ歩みを進めようとしていることが分かりました。


 キャンバスがまとっている感情は、もう昔とは違う。


 負のオーラではなく、そこには『無』もなく、観る者に勇気と希望を与える力が宿っているのです。


 ─────────────────────


 キャンバスから筆を離すと、ナツは「涙は赤色で描いたんだ。あとは……まぁ、普通ってトコロかな?」と言いました。


 その配色がキャンバスにどれほど強烈な印象を与えているのかは、色が見えなくとも明らかでした。


 通常、涙は透明か、あるいは青系統の色を連想させると思うのですが、赤色というの選択はかなり独特であり、視覚的にも心理的にも、さぞ観る人に強烈なビジュアルを投げかけているのでしょう。


 その意外な選択にそそられた私は、「赤? 真逆なんじゃない?」と問いかけました。


 ナツはほほ笑みながら「いや、これでいいの。私には『ケガレが流れ落ちた』っていう証明が欲しかったからさ」と答えるのでした。


 その言葉には彼女独自の解釈が込められており、キャンバスに向き合う彼女の姿は、過去より訪れた問題に立ち向かい、乗り越えようとする強固な意志を表しているかのようでした。

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