お父さん
今から九、十年ほど前。
私が小学二年生に進級したばかりのことです。
その頃はまだ、私の家庭にもお父さんが存在していました。
私のお父さんは、それはもう優しい人でした。
周囲からどんなに否定的な反応を示されようとも、私が「やってみたい」と言ったことを肯定し、命の炎が消えてしまうその日まで応援し続けてくれたのです。
そんな優しいお父さんの職業は、画家でした。
早朝からキャンバスと折りたたみ式のイーゼルを乗用車に詰め込み、どこかの風景を丁寧に描いて、日が暮れる頃、家に帰ってくる。
これがお父さんの日常でした。
ある日、家に一本の電話がかかってきました。
その日は雨が降っていたので、外で絵を描くことができなかったお父さんが、家事で忙しくしているお母さんに代わって受話器を取りました。
「はい、もしもし。蒼井ですが」
受話器を耳に当てたまま、淡々と話を進めていると。
「え! 本当ですか!?」
突然、お父さんは声を上げました。
「はい、はい! えぇ、分かりました! ありがとうございます!」
興奮した様子で受話器を置くと、お父さんはその場で舞い上がりました。
食器についた水気をタオルで拭き取りながら、お母さんは「なになに? どうしたの?」と言いました。
「前に応募した絵が、最優秀賞に選ばれたんだって! いよっし!」とお父さんは叫ぶと、力強いガッツポーズを披露しました。
私は、お父さんの目標が達成される瞬間に立ち会っていたのです。
次の週、私たちはお父さんの絵を観るため、美術館へ足を運びました。
自動ドアをくぐり、幅広く、先がどこまでも続いているかのように長い画廊を歩きました。
他の人が描いた絵を鑑賞しながら進んでいると、やがて私たちは、一枚の巨大な絵の前にたどり着きました。
お母さんは、絵をまじまじと見つめながら「すごい迫力だね」と言いました。
その巨大な絵には、鍛冶師が刀の代わりに白くてウネウネとした物体を槌で打っている姿が描かれていました。
「そりゃそうさ。僕たちが今観ているのは、一つの命なんだから」というと、お父さんも絵を見つめました。
「あ、ちょっとごめんー」
絵の隣に『作品説明』と書かれた横長のキャプションボードが掲示されていることに気がついた私は、邪魔にならないよう、二人の後ろを通ってその文章へ目を向けました。
『人生は、熱を帯びた刀によく似ています。
「思考」という鍛冶師の打ち方次第で、「自分自身」という刀は、真っすぐ伸びることも、ぐんにゃり曲がることもできるのです。』
ボードには、角ばった機械的な字体でそう書かれていました。
「どうだい? すごいだろう?」とお父さんは言うと、私の頭の上にそっと手を乗せました。
「……うん。すごい。いろはわからないけど、とっても、とっても、すごい」
この場所にたどり着くまでの間、私は、他の人が描いた絵をたくさん観てきました。
もちろん『すごいなぁ』『上手だなぁ』と思った絵もたくさんありました。
ですが、お父さんの絵は、まるで一つの生命であるかのような。
お父さんの絵をジーっと見つめていると、自分を奮い立たせてくれるような熱い気持ちが、不思議と体の奥底から湧き上がってくるのです。
「そっかそっか! それはよかったよ!」
お父さんはそう言うと、私の髪の毛をワシャワシャーワシャー! となで回しました。
「ね、ねぇ、おとうさん」
呼ぶと、お父さんは手を止めて「ん? なんだい?」と言いました。
「わたしにも……さ」
「わたしにも、こうやってだれかにかんどうをとどけれるようなもの、つくれるのかな」
絵を見つめながら、私は告白したのです。
それまで押し殺してきた本当の思いを、今、このタイミングで。
そしてお父さんは、答えました。
「……できる」
「きっとできるさ」と。
顔を上げ、私はもう一度「……ほんと?」と尋ねました。
「…………」
「……あぁ」
どこか混じり気のある声でした。
ですが私は、その言葉を聞き、ほんの少しだけ心が救われたのです。
「……サラ、この機会だから、一つ大事なことを教えるね」
そう言うと、お父さんは私の目の前でしゃがみ、視線の高さをピッタリそろえました。
「この世界に、できないことはない…………んだ」
「……うん。少なくとも僕はそう思っている。そう思いたい」
私の両肩に手を乗せると、お父さんは言いました。
「これから先、サラはたくさんの人と関係を築くことになる。もしかしたら、できないって言って助けを求めてくる人にも出会うかもしれない」
「そんなときは、あえてこう伝えてあげるといい。『エンジンがまだかかっていないんじゃない?』ってね」
「……なんでエンジンがかんけいあるの?」
そう尋ねると、お父さんは「あっはははは!」と豪快に笑いました。
「なぁに、例え話ってヤツさ」
小学二年生の私は、例え話がどういったものなのかをよく理解していなかったのです。
「ねぇサラ、今から僕が言うことを頭の中で考えてみてほしい」
私はうなずきながら「うん!」と返事をしました。
「ん! いい子だ!」
また私の頭をワシャワシャー! となで回すと、お父さんは口を開きました。
「ある駐車場に、一台のバイクが停まっていた」
「天気は小雨。湿気もある」
「そんな悪天候の中、バイクの運転手がやってきた」
「運転手はバイクのエンジンをかけようとするんだけど、小雨と湿気のせいで、なかなかエンジンがかかってくれない」
「で、ここからなんだ。できる、できない人の差が生まれてくるのは」
「じゃあまずは、できない人の方から話そうかな」
お父さんはそう言うと、私に見えるように人差し指をピンと立てました。
「できない人は、エンジンがかからないことを小雨と湿気のせいにして、そのままバイクを捨てちゃった」
「近くに雨宿りができる場所はあったんだけど、できない人は、屋根の下までバイクを押そうとは考えなかったんだ」
「そして、できる人」
お父さんはそう言うと、人差し指に続いて中指を立てました。
「できる人は、バイクを屋根の下まで押して、エンジンがかかるまで何回も、何回も、何回も、キックを繰り返した」
「じゃあここで、サラに質問」
「できない人は、なんでバイクを屋根の下まで押さなかったんだろう?」
「え? うーんと……」
私はしばらく考え続け、自分なりに導き出した答えをお父さんに伝えました。
「ツルツルすべってあぶないから?」
そう答えると、お父さんはニッコリとほほ笑みながら「なるほどね! サラは慎重さんだ!」と言いました。
「確かにそれもあるかもしれないけど、ちょっと違うかなぁ」
「んーーー……」
「じゃあ、なんでだろ?」
しばらく考えても二つ目の答えを導き出せなかったので、私は、お父さんに正解を教えてもらうことにしました。
「うん! よくがんばって考えてくれました!」とお父さんは言うと、また私の頭をワシャワシャワシャー! となで回しました。
「実はね、この問題には正解が二つあるんだ。だからまず、一つ目の答えから発表したいと思います! 一つ目の答え、それはー……」
すると、お母さんが正解までの空白を埋めるように、「ドゥルルルルー……」「ジャーン」とドラムロールを挟みました。
「はは! ありがとね!」
お母さんにアイコンタクトを出すと、お父さんは「じゃあ気を取り直して! 一つ目の答え。それは、愛が少なかったから」と言いました。
「勘違いしないでほしいんだけど、愛がない、っていうことじゃなくて、単に少なかっただけなんだ。長い時間にさらされてすり減っただけなんだ」
「…………だから、ないわけじゃ……ないんだよね……」
「所詮、そんなものなんだよ……」
正解を聞いたのですが、小学三年生の私は、お父さんが語っている正解の意味を理解することができませんでした。
代わりにできたことといえば、ポカンと口を開いているくらいです。
「できる人は、できない人よりもほんの少し愛が足りていたから、バイクを屋根の下まで押そうって考えたんだ」
「屋根の下まで押す」
「とっても簡単なことに思えるけど、実はかなり難しいことなんだ。それこそ愛が足りていなければ、屋根の下までバイクを押してあげようなんて発想は浮かばないものなんだ」
「そして、もう一つの答え」
「それは、絶対に自分の力でエンジンをかけてやるぞ! っていう覚悟が足りていなかったから」
「答えは、この二つ」
「結局のところ、できる、できないは、ほんの少しの愛と覚悟が足りているかどうかの差でしかないんだよね……」
話を聞いて疑問に思うことがあったので、私は直接「じゃあさ、できない人は、ずっとできないままなの?」とお父さんへ尋ねてみることにしました。
「絶対に、とまでは言えないけど、それはないかな」
「なんで?」
さらに詰め寄ると、お父さんは自身の頭を指さしながら「人間にはね、優れすぎた頭脳があるんだ。この頭脳で考えて、学んで、知恵を絞って、途方もないくらい経験を重ねると、いつかできるようになるはずなんだ」と答えました。
「……じゃあ」
「それでもできなかったら、おとうさんだったらどうするの?」
「……そうだな」
「…………」
「……思いっきり矛盾しちゃってるけど、僕だったら、あえてその道から外れてみるかな」
「さっきの話で言えば、バイクから車に乗り換えてみる」
「お母さんで言えば、ホテリエから小説家になる」
「僕で言えば、ちょっと経緯がアレだけど、カウンセラーから画家になる……とかね」
「残念だけど、人間にはそれぞれ適性っていうものがある。自分に合ってないなー、って思ったら、やり方を変えてみることも必要なんだ」
「今の時代、その一本道を突き進むことがすべてってわけじゃないからね。たまには道を踏み外して、新しい景色を眺めることも大切なのさ」
「おとうさん、すっごくものしり!」
そう叫ぶと、なぜかお父さんは、少し悲しげな表情になりました。
「……サラがそう言ってくれるのはうれしいな」
「でもね、僕は物知りなんかじゃないんだ」
「僕は、現実から逃げ回っているだけ」
「逃げ回った先でヒントを見つけているだけなんだ」
「……ヒントってなに?」
「自分を変えてくれる『物』だったり、『出来事』のことだね」
「それってどう見つけるの?」
あごに手を当てながら「そうだなぁ……」とお父さんはつぶやくと、私の顔を見直して言いました。
「例えば、小説の文章から」
「漫画とか映画のワンシーンから」
「音楽のワンフレーズから」
「ゲームのストーリーから」
「テレビの映像から」
「ラジオの音声から」
「複雑すぎる人間関係の中から」
「この世界のすべてが、ヒントを見つけられる場所なんだ」
「この世界にムダなことなんて、一ミリもない」
「だから面白いんだ。生きるってことは……ね……?」
なぜかお父さんは、その言葉を私にではなく、後ろにいるお母さんへ投げかけました。
なぜか悲しそうにほほ笑んだ後、お母さんは「……そうね」とだけ返しました。
私の瞳をのぞくと、お父さんは「サラ、やりたいと思ったら、まずはやってみるといい。悩むのは、挑戦。第一のステップを踏んでからさ」と言いました。
「うん、うん、うん!」
うれしさをかみしめるように、私は何度も、何度も、何度も、細かくうなずきました。
すると突然、お父さんは「……あ、忘れてた」と言いました。
「え? わすれもの?」
「いいや、違うよ。一つ大切なことを言い忘れていたんだ」
「え! おしえてー!」
もっとお父さんから学びたい、という一心で、私は瞳をキラキラと輝かせながら叫びました。
私の頭をなでると、お父さんは言いました。
「それはね? ヒントを見逃さないこと。自分を新しい方向に運んでくれるヒントを見逃さないこと」
「だから、常に目を光らせておくといい。ヒントっていうのは、案外近くに。それも、自分の足元に落ちていることが多いからさ」
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その日から私は、暇さえあれば鉛筆を持って絵を描くようになりました。
お父さんが言ってくれたように、考えて悩むよりも先に絵を描き続けたのです。
お父さんのように、誰かに勇気を届けられる存在になりたい。
この思いを胸に、私はただひたすら絵を描き続けたのです。
ですが、私は理解していなかったのです。
いえ、理解しようとしていなかったのです。
『現実というのは、そこまで甘くない』ということを。
色が見えない私は、お父さんのように素晴らしい絵を描くことはできないのです。
私は、お父さんのように美しい世界を描くことはできないのです。
あがいても、騒いでも、現実というのはどうやっても変わらないのです。
選択肢はたくさんありました。
色を求めず、そのまま鉛筆一本でデッサン画を描いてみるとか、お母さんのように小説を書いてみるとか。
他にも選択肢はあったはずなのです。
途中で折れることもできたはずなのです。
しかし、それでも私は、絵を描くことを諦めきれなかったのです。
それはなぜか。
理由は簡単です。
羨ましかったからです。
『他の人は当たり前のように色が見えて、当たり前のように色のある絵を描ける』
この現実が、私を突き動かすのです。
この広い世の中、かなりのレアケースではありますが、確かに色彩を認知できない画家は存在しています。
ですが、その画家と私とで、決定的な差があるのです。
それは、『ある日突然、色が見えなくなった』という点。
『生まれつき色が見えない』というわけではないのです。
「色が見えない者同士なんだから、あの人ができれば、きっと私にもできるよね」
それは、あり得ません。
残念ですが、それはあり得ないことなのです。
全員が全員、同じようにできるということはないのです。
私は現実から目を背け、自分にとって都合のいい夢を見続けていたのです。
あぁ。
もう疲れちゃった。
今はただ、導がほしい。
誰でもいい。
なんだっていい。
私を。
この暗闇から私を連れ出して────。
心からそう願った時、私の前に現れたのです。
『自分を新しい方向に運んでくれるヒント』が。
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あらがうことは、自身をまだ見ぬ世界へ導くための希望でもあり、自身を破滅へと追いやる呪いでもあるということを、みなさんには知ってもらいたいのです。




