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モノクロームに愛された者たちへ  作者: ヤナギ ショーキ
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最も美しい笑顔だった

 私の左隣の席で、ナツは静かに目を閉じていました。


 彼女の穏やかな呼吸音が聞こえる中、雅弘さんはフロントガラスの向こうに広がる星空に目をやりながら、ほとんどささやくように「蒼井さん、改めて、今日は誘ってくれてありがとう」と言いました。


 その言葉には、感謝とともに、この一日の終わりに対する惜しみが含まれているようでした。


「いえ、私の方こそありがとうございました。ひさしぶりに時間を忘れて、思いっきり楽しむことができました」


 ルームミラー越しに交わされるほほ笑みは、夜の帳が下りた静かな道を照らす光のようで、薄暗い車内の中に響き渡りました。


 すると、雅弘さんは考え込むように「……ところで蒼井さん。これから先、遠くに行きたい時もあると思うんだけど、その……どうやって移動するのかは、決まってたりするの……?」と尋ねました。


「えっと、そうですね。基本的には徒歩、バス、電車を使って、余裕がありそうな時は、お母さんに乗せてもらう感じですね」


「そう…………いや、そうだよね……。免許が取れないっていうのは、やっぱり大変だよね……」


 そうなのです。


 私は全色盲なので、どんなに努力をしようとも、免許を取得することができないのです。


 仮に運転することができるのだとすれば、それこそ今日乗ったゴーカートだったり、ゲームセンターにあるレースゲームの筐体くらいでしょうか。


「仕方ないですよ。私が現実の車なんて運転したら、信号無視からの正面衝突コースまっしぐらなので」と、私は半ば冗談を交えて答えました。


 雅弘さんが「あぁ…」とつぶやいた後、沈黙が流れました。


 一つ深呼吸をすると、雅弘さんは言葉を続けました。


「……ねぇ、蒼井さん。ナツが寝ている今だから言えることなんだけどね?」


 きっと、何か重たい話が飛んでくるんだろうな、と思ったので、私は「……はい」と控えめに返事をし、雅弘さんの話を身構えて聞くことにしました。


「実はナツ、来年になったら免許を取る予定なんだ」


「それで車を買ったら、蒼井さんを好きなところに連れ回すんだー! って言って、すんごく張り切っててね?」


 思っていたよりも話の内容が軽く、しかも聞いたことのない情報だったので、私は「え、そうなんですか? 学校ではそんなこと一言も話していなかったので、ぜんぜん知りませんでしたよ」と伝えました。


 雅弘さんは「一応これ、本人は隠していることだから内緒ね?」と言いました。


「もちろんです」


「まぁ、そんなワケだからさ。さっきの移動手段のところに、よかったらナツも入れてあげてくれないかな?」


「移動以外でも困ったことがあったら、真理さんだけじゃなくて、ナツでも、おじさんでも、いつでも相談して……」


 突然、雅弘さんは言葉を失いました。


「……あの、どうかしましたか?」


「……いや、おじさんは除外だなってね……」


「いつも負担をかけさせてばっかりで、ほんと、おじさんはダメだなぁって……」


 雅弘さんの言葉は、自己疑念の影に苛まれていたのです。


「居心地の良い環境すら提供できない親だ……もしかしたらおじさんは、いろんな方面で恨まれてるのかもしれないね……」


 雅弘さんは、自分の不十分さを吐露しました。


 その視線の先には、彼自身が抱える無数の『もしも』が広がっているのでした。


「……そんなこと」


「そんなこと、ありませんよ」


「夏月は、雅弘さんのことを恨んでなんていません」


「雅弘さんがどれだけ努力してきたのか、どんな行動を起こしてきたのか、その背中をしっかり見ていますから」


「夏月は間違いなく、雅弘さんのことを愛していますよ」


「私が保証します」


 心からの思いを込めて、私は力強く伝えました。


 その言葉は、単なる慰めなどではなく、夏月が抱いている真実の感情を代弁するものです。


 夏月の心の中には、雅弘さんへの深い愛と尊敬が存在しており、その思いは、今も彼女の行動と態度に現れているのです。


「……ありがとう、蒼井さん。夏月も蒼井さんのそばにいれて、幸せなんだと思うよ」


 トンネル内で点灯しているライトが、夏月の顔を優しく照らしました。


 窓ガラスに反射して映る彼女の姿は、涙をこぼしながらも笑顔を浮かべていました。


 その美しさは、まるで夜空を照らす流星のようで、私が初めて夏月と出会って以来、最も輝かしいものでした。


 私も安心して目を閉じ、夏月の手の甲に私の左手を重ねると、内なる世界が震え、琴線に触れるような「パキン」という繊細な音が鳴るのでした。


 それは心の奥底に眠っていた感情が一瞬にして解き放たれるような、とても不思議な感覚でした。

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