楽園
「やめておけ」
「そこにあるのは、楽園なんかじゃない。ただのコンクリートだ」
「その先には、本当に何もない」
悪魔は、腕の先でぶら下がる彼女を見つめながら言葉を放つ。
その言葉は重く、夕日に照らされた悪魔の影とともに灰色の空に溶け込んでいくようで、過酷な現実の象徴として響くのだった。
「手……」
「離してくれない……かな……」
彼女は、静かに懇願する。
「駄目だ」
悪魔は断固として答える。
「なんで……」
「…………俺は、理屈が大嫌いだからよ。だからちょっと厳しい言葉になるかもしれないが、はっきり言わせてもらうぜ」
「君が死ねば、喜ぶ人もいるだろう。何とも思わない人もいるだろう」
「この世界には、そんな人間が山みたいにいる」
「だが、君はどうだ?」
「誰よりも悲しんで、誰よりも泣いて、誰よりも寄り添う」
「君は、すべての人間に対して優しすぎる……」
悪魔の視線は遠くに広がり、まるでそれらすべての人々を見つめているかのようだった。
「優しい……? あんた、私の何を知ってそんなことを──」
「……知ってるさ」
「君が何を思い、何を経験し、何を目指し、何者になろうとしているのか」
「俺は、そのすべてを知っている」
「そして、生まれてから死ぬまでの四十九年間、万人に優しさを届ける人間がどんな人生を歩んだのか……」
「俺は、ずっとそばで見守ってきた……」
「だが……優しすぎるってのも、いずれ身を滅ぼしかねないからな……」
悪魔の声は空高く響き、その語気は夜空に刻まれる。
悪魔の言葉は、自分自身の経験と観察を通じて得た深い理解を示しているのだった。
「なぁ、頼む」
「本当に少し、少しだけでいいからよ」
「今にも泣き出しちまいそうなヤツのために、もう少しだけ、長生きしてくれないか?」
「もう少しだけずぶとく、冷酷な人間であってくれ……」
悪魔の背中は、無数の感情が交錯する場所であるかのように震えていた。
その言葉は、悪魔の心の中にある深い慈しみと、それを維持するための切望を表していた。
「だがこれは、強制じゃない。最終的に決定するのは、君だ」
悪魔の言葉と行動は、彼女の最終的な決定を尊重し、他人に押し付けるつもりはないことを示していた。
「ここで手を離して死ぬか、ここから上がるか、君が選べ」
「……」
「これから先、生きててよかったって思えるようなことがなかったら……」
「その時は、ぜんぶあんたの……」
「あんたのせい……」
「だからね……」
その言葉は、彼女自身が抱える矛盾した感情と、事実によって引き起こされる苦痛を映し出していた。
「……あぁ、そうだ。それでいい」
「すべて、俺のせいだ」




