約束
夕暮れの空が、静かに日の光を海の彼方へ送りながら、今日という一日を優しく終わらせていた。
窓の外に沈む夕日の欠片が、部屋を温かなオレンジ色に染め上げる。
穏やかな時間の流れの中で、彼の横顔が鮮明に浮かび上がる。
彼は、自分の状態について、あまり多くのことを語らない。
だが、彼はこの一年間で、自らを認める強い意志を身につけていた。
口元に浮かぶ微笑みは、彼が私に寄せる優しさの証だった。
彼は、もう二度と私の手を離さない。
私は、もう二度と彼の手を離さない。
そう誓った。
誓いあった。
「ねぇ、翔」
「なに?」
「私ね? 私たちが経験してきたことだったり、周りの人たちが歩んできた道を本にして残したいの」
彼は興味津々な表情で、私を見つめる。
「本? 漫画とか?」
「いや、小説」
「小説? またなんでさ?」
「だって、絵はあなたの役割じゃない? だから私は、言葉を通して想いを伝えたいって思ったの」
「なるほどねー……」
「……それじゃあいっそのことさ、二人で超大作でも創っちゃう?」
「絵が僕、作が真理の、絵本とかさ?」
「絵本か……。その発想はなかったなぁ……」
「ははは! 真理ちゃんってば、まだまだ硬いなぁ!」
彼の笑い声が部屋に響き、その音色が穏やかな温かさを運んでくる。
「んもー! またそうやってさー?」
私は彼の冗談に反応しながらも、心の中で彼の笑顔を愛おしく思った。
「ははは! ごめんごめん!」
彼の軽い謝罪が微笑みを誘う。
その優しさに触れるたびに、彼に対する愛情が深まるのを感じた。
「……ね、翔」
「なぁに?」
「翔が、無事に帰ってこれたらさ……」
「私と、結婚して」
彼は一瞬、言葉に詰まる。
その間、彼の目には驚きや深い考えが宿っていた。
「……」
「僕なんかよりも、ずっといい人はいると思うんだけどな……」
彼の声は、少し震えていた。
「真理の夢にはもちろん付き合う。だけど、結婚ってのは……」
彼の言葉が途切れた。
彼の内に渦巻く葛藤が見え隠れする。
「……よく考えた方がいい。本当に、本心で、それを望んでいるのかを」
その問いかけに深く考え込んだが、彼の不安そうな表情を見て、私は静かに頷いた。
「翔」
「私はね? 翔が側にいてくれるだけで、もう何も、怖くない」
その言葉を口にすると同時に、私の手を彼の手に重ねる。
彼の手は、とても温かくて、頼もしい感触がした。
「嘘でもなんでもない」
心の奥底から湧き上がる感情を抑えることなく、彼の手を強く握りしめる。
彼の存在が、私を守ってくれるような安心感で満たされていく。
「本当」
彼の瞳には、私の内面を見透かすかのような深い理解が宿っているように感じた。
その視線に、私は自分自身をさらけ出すような安堵を覚えた。
「だから、もう一回言うね」
口から溢れる言葉に、私の心は震えた。
彼と共に歩む未来が、まるで目の前に広がる風景のように鮮明に思い浮かんだ。
「私と」
「結婚して」
彼の目は、私の顔をじっと捉えていた。
その瞳には、私だけに向ける『信頼』が宿っていた。
そして、彼は深く息を吸い込んで、静かに言葉を紡いだ。
「そうか……」
言葉が部屋に響き渡る中、彼は微笑んだ。
「……ありがとう、真理」
彼の声には、感謝と愛情が籠っており、その一言が、私の心を深く揺さぶった。
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精神病棟へ戻る日の前夜、私たちは手をつなぎ、未来について話し合った。
彼の優しい言葉と共に、私の心には、彼の言葉が深く刻まれる。
その言葉には、私への愛と約束が込められていた。
「ねぇ、真理」
「ん?」
「ようやく分かったんだ」
「幸せって、こういうことなんだって」
そして、新しい朝が訪れる。
私たちはそれぞれの覚悟を抱き、未来への一歩を踏み出していく。
彼と共に歩むその道は、どんな困難にも立ち向かえる強さと、愛情で溢れている。
私たちは決して孤独ではない。
二人で紡いでいく未来が、今は、とても輝いて見えた。




