手を伸ばしたその先
──我は一体、何のために生まれたのか。
我を前にすべての生物は畏怖する。誰も近寄ってはこない。
我は永遠を生きる存在。我を滅ぼすことのできるものはいない。この世界が終わるまで、孤高に生き続けるもの。
どれほどの時間を生きてきたのかわからない。何もかもがむなしい。だから我は考えるのをやめた。
そんなある時だった。我の爪を奪いにきた愚か者たちがいた。それはちっぽけな“人間”という存在だった。聞けば我の爪を魔王を倒す武器にするというのだ。
くだらぬことだった。
ただでくれてやってもよかった。爪など生きている限りいくらでも生えてくるもの。些細なことだ。しかし、その時の我はどうかしていた。感情というくだらぬものはとうに捨て去ったはずだったのに。我は人間たちの声に応え、そしてこう言った。それは勝手に口から出た言葉。
『我を少しでも楽しませることができれば、この爪をくれてやろう』
ちょっとした余興のつもりであったのかもしれない。ちっぽけな人間など、我の咆哮だけで消し飛ばしてくれる。そう思った。
しかし、その人間たちは抗った。我の力を目の当たりにしてもなお、果敢に立ち向かってきたのだ。
──丸一日だ。僥倖すべきことだ。丸一日も我の攻撃を凌いだだけでなく、我に傷を負わせたのだ。この人間たちの驚くべきところは、戦いの中で凄まじい速度で成長していったことだ。特にあの男……とても人間とは思えぬ。
一日戦い続け、さすがに体力の限界が訪れたようだったが、それでもこの人間たちの目はあきらめていなかった。
我は笑った。最後に笑ったのはいつのことか。そもそも我は笑ったことなどあっただろうか。ただその時は、腹の底から笑いというものがこみ上げてきたのだ。
我はその人間たちを認め、爪の一本をくれてやった。
我にとっては瞬きするような時間の中での出来事であったが、楽しいと思えるものであった。
そして再びの静寂が訪れる。人間たちが去ったあと、再び訪れた虚無に我は発狂しそうになる。
いっそのこと、こんな世界など破壊してしまおうか。我は孤高の存在。この世界には我のみ存在すればよい。
そんなことが頭によぎった、その時だった。
我に──この我に手を差し伸ばしてきた、真の愚か者がいたのだった。
──僕は一体、なんのために生まれたのか。
僕は生まれた時から不思議な力を持っていた。それは、勇者としてのさだめの力。
僕は赤子の頃、無意識に発動した強力な魔法で生まれ故郷を焼き尽くしてしまった。
僕の力は“賢者様”に封印され、彼のもとで育てられることになった。賢者様は僕に優しくしてくれたけれど、僕を恐れていることが目でわかった。
同年代の子供たちと遊ぶことはできなかった。力が封じられていてもなお、僕には特殊な力があった。傷はすぐに治るし、力はどんな大人よりも強かった。人は僕をバケモノ扱いした。町に入れてももらえなかった。
僕は独りぼっち。
生きていても、面白いことなんてない。
そんな時、賢者様が傷だらけの男の子を連れてきた。年齢は僕と同じくらいだ。
町で盗みを働き、追ってきた衛兵をみんな倒してさらに暴れていたところを、賢者様の魔法で捕らえたらしかった。
身寄りのない男の子を賢者様は引き取ることにしたらしい。賢者様は皆から尊敬され、慕われる存在。そうせざるを得ない立場にあるようだった。普通の人では手に負えない問題ごとを、賢者様は解決するしかないのだ。
ふと、ゴンと頭を殴られた。
いたい? はじめて感じる痛みに僕は困惑した。頭に岩が落ちてきたって全然痛みというものを感じないはずなのに、その男の子の拳は痛かった。
「しけた面してんなぁ、ガキ」
「き、君だってガキじゃないか」
「お前、あれだろ。バケモンの子って呼ばれてるんだろ。すげーつよいんだってな!」
「それがどうしたの」
男の子はにかっと笑って、手を差し伸べた。
「おもしれー! 俺のげんこつくらって倒れなかったのはお前が初めてだ! 友達になってやる! ありがたくおもえ! 俺の名前は──」
涙で視界がにじんだ。
僕は、その手を握ろうと、手を伸ばした──。
そう。
ここから
我 そして 僕の『物語』は始まったんだ。