第3話 感動の再会!?
──なるほど。
リザードマンたちがカイルの居場所がわからなかったわけだ。大陸の最南端にたどり着いた俺はその理由を知った。
この場所には“結界”が張られている。それもかなり強力なヤツだ。こいつで外界を完全に遮断しているというわけか。
さて、どうしたもんかな。カイルが出てくるまで待つか? いや、こんな結界張ってるくらいだ。待っていてもでてくるかどうかわからない。結界を破るか。しかし、オレは魔法が使えない。魔法で結界を壊す術式なんて使えない。
ならば方法は一つ。力づくで結界をぶち破るのだ。俺の持つ“剣”の力なら可能だ。
俺の剣。こいつは魔剣と呼ばれる類のものだ。”害なす魔の杖”なんて呼ばれているもので、恐るべき力が秘められている。剣なのに杖なんて妙な話しかと思うだろうが、こいつは様々なものに姿を変えられるんだ。時には斧、時には槍。持ち主が強く念じるだけでその姿を変えられる。本来は持っているだけでも魔力を吸い続けるという呪われた代物だが、俺は魔法使えないし魔力もほとんどないから吸われても何の影響もなかった。
この魔剣の真の力が解放されれば、とんでもないことになるらしい。そのためには莫大な魔力だけでなく、その命を捧げなければならないという。
そう、つまり。魔力のない俺がこの剣の力を得るための方法は一つ。
俺は剣で軽く手の甲を斬った。滴る血を剣に”与えた”。
『バーロォ! こんなんじゃ足りねぇよ!』
「うるせぇ。さっきワームの血をたっぷりくれてやっただろうが」
『あんなまずいヤツの血なんていらねー! あーあ、魔王との戦いが終わってからすっかりメシくれねぇもんだからイライラするぜ』
「ただの剣が黙ってろよ」
ゴンと俺は剣を殴った。
ああ。ちなみにこの剣はしゃべるんだ。あと厄介なことに、こいつは捨てても持ち手のところに必ず戻ってくる。持ち手が死んだ時には肉体とか魂とかをすべて喰らいつくして次の持ち手に渡るのだという。
魔王を倒すための力を得るために、こいつに命を全部くれてやる覚悟だったのだが、どういうわけか生き残っちまった。今となってはこの魔剣もただのガラクタだ。ただし、捨てられないガラクタだ。
「さて、やるか」
『なんだぁ、本当にこの結界をぶち破ろうってのかよ!?』
「それしかねぇだろう」
『ちっ、やっぱ、割に合わねー! ん? この結界は──わっ、まてまてまてまて! まだ心の準備がぁぁぁぁ!』
俺は構わず、剣を結界に思い切り叩きつけた。どうせなら壊れてくれないかな、この剣。うるさいし。
結界はガイィィンと金属が反響するような音を立てたが、破れる気配はまるでなかった。
「なら、もういっちょだ」
『まてって……うおわっ!!』
ガイィィン、ガキィィィン、ゴイィィン。何度も何度も剣で結界を叩きつける。あー、駄目だなこりゃ。
「おい、もっと力出せよ」
『だから待てって! 今、結界の薄いところを探してるんだからよ! おおいてえいてえ』
「いいからはやくしろ」
『わ、わ、わ!!!』
ガイィィン、ガキィィィン、ゴイィィン。何度も何度も何度も何度も剣で結界を叩きつける。
『あの、本当にやめて』
「とにかく早くしろ」
残念。この剣、相当に頑丈だ。どうやったら壊れるんだろうなホント。魔王を倒した後、地中深くに埋めたり火山に落としたりしてみたんだけど駄目だったしな。ま、そのうちいい方法が見つかるだろう。
『オマエ、なんかよからぬことを考えているんじゃなかろうな』
「何にも。いいから早くしろって」
『はいはいはい』
ギィィィン。耳障りな音が響き渡る。剣が魔力を解放しているのだ。相変わらずうるさい。もう少し静かにできないものか。
『見つけた。ここだ』
剣は勝手に動き、結界の一部分をこんこんと突いて見せた。
『ここを突き破れ。いまいちオレ様の出力がたりねーが、オマエの馬鹿力と合わせりゃいけるだろ』
「了解。ご苦労。もう黙ってよし」
『……オレ様の扱いひどくない? 前はもう少し……』
なんかぶつぶつ聞こえるが、それを無視して俺は集中した。全力で地面を蹴る。そして全体重を乗せて、剣を一点に突き出した。
「うぉおぉおおぉおおぉおおぉっ!」
渾身の力を込め、剣を押す。
『いでででででででででででで!!!』
「壊れろっ!!!」
『いでででそれオレ様のことじゃないよなででで』
「どっちも壊れろっ!!! 壊れちまえ!!」
『ひでええええぇぇ!!』
バリィィィンと、ガラスが割れるような音が響き渡った。結界の一部が壊れ、そこから”中”へと入れるようになった。
剣は残念ながら、やっぱり壊れなかった。こんこんと叩いてみたが、無言。どうやらいじけてしまったらしい。どうでもいいか。それよりもカイルを探さなきゃな。
「いやぁ。相変わらずすごい力だね。まさかこの結界を破るなんて、驚いたよ」
「……お前なぁ。もしかして見てたのかよ」
「そんなに性格悪くないよ。結界が反応したから様子を見に来たんだ。そうしたら結界破って君が入ってきたんだよ」
「ははっ。それじゃ、そのまま待ってりゃよかったわけか。まぁ、いい。5年ぶりだな……カイル。変わってねぇな」
「ああ、5年ぶり。君も変わってないな、レオン」
勇者カイルは5年前と変わらぬ優しい笑みで俺を出迎えた。俺たちは握手を交わし、肩を叩きあった。一瞬にして、思い出が頭を巡る。苦しい戦いだったが、仲間と過ごした時間は、俺にとってもカイルにとっても楽しいものだった。俺も自然と笑っていた。
「よくここまで来てくれた。うれしいよ」
「道中なかなか苦労したぜ。まったく、なんだってこんな辺境に住んでるんだよ。それよかびっくりしたぜ、お前が結婚したなんてな。女に興味ねぇって面してたのに、このやろう」
「いたいいたい」
俺は肘でカイルをぐりぐりとやった。あらゆる攻撃に耐性を持つ勇者が普通に痛がった。
「嫁さん紹介してくれるんだろ? どこにいるんだ」
「ああ、待ってくれ。今、呼ぶ。おーい! エリーゼ!!」
エリーゼか。いい名前だな。エリーゼを呼ぶカイルは、今までに見たことのない嬉しそうな顔だった。きっとかわいくて愛しい存在なのだろう。それはきっと、どんな宝石よりもまばゆく輝いているに違いない。
ふと、視界が薄暗くなった。
なんだ? 空が曇ってきたのか。
いや、違う。
俺の全身が震える。鳥肌がびっしりと立つ。俺の無意識が恐怖を感じている。そうだ、俺は知っている。この気配を知っている。
突風が巻き起こり、吹き荒れる。グルルルという音が上の方から聞こえてくる。
空間が振動している。強大な力が、恐るべき圧力が、俺を圧しつぶそうとしている。足を踏ん張らなければ耐えられない。
心臓が早鐘を打つ。息苦しい。眩暈がする。頭が痛い。吐き気がする。堪えるのが大変だった。ああ畜生。
俺はゆっくりと、ゆっくりと上を見上げる。
その深紅の鱗は、まるで宝石のように美しく輝いている。それはどんな宝石よりもまばゆい。 その瞳も、翼も、牙も、尻尾も、見とれるほどに美しい。しかし、それは見るものに絶望を与える。死を覚悟させる。ひとにらみされるだけで、心臓がつぶされるようだ。普通の人間ならば、こいつの姿を拝む前に即死しているだろう。
こいつは──俺のトラウマだ。魔王と同等か、それ以上と呼ばれた伝説の怪物。というか、俺にとってはこいつが魔王以上に恐ろしい。たぶん、純粋な力だけならこいつの方が魔王より強い。
それは世界最強の生命体の頂点。世界を滅ぼす力を持つ、生きる伝説。
──カイザー・ドラゴン──
『久しいな。レオンよ』
全身を声が貫く。膝から力が抜け、俺はドラゴンにひざまずくような形になった。
「こ、こ、こ……こんにちは!」
俺はそう絞り出すので精一杯だったが、ドラゴンは静かにうなずいていた。
え?
ていうか。
勇者の嫁って……あなたさまですか、まさか?
「え、ええ、えー……。エリーゼ……素敵なお名前ですね!」
『そうであろう。カイルが我のために名付けてくれたのだ』
ど、う、い、う、こ、と、な、ん、だ、こ、れ、は 。
俺はゆっくりとカイルの方を見た。カイルは俺がかつて見たことのないとても素敵な微笑みを見せた。
本当にどうなっているんだ、これ。
状況が理解できない俺は、エリーゼさんのプレッシャーに押しつぶされ、地面にうつぶせになってしまうのであった。
帰りたい!!