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俺の嫁を紹介します  作者: るーいん
勇者の嫁
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第1話 旅立ち

『結婚しました。妻を紹介したいので、会いに来てください』


 テガミバチが運んできた一通の手紙の、ほんの短い文章を読んで俺は固まった。差出人の名前は……なんと”あいつ”だった。ってあいつが結婚だと!? どんなイイ女に言い寄られても興味ねえって面してやがったのに。驚愕。そして湧き上がってくる好奇心。世界を救った勇者の心を射止めたのは、どんな女なんだろう。


 そう。あいつは勇者。かつて世界を闇と混沌に陥れた魔王を倒した、勇者カイルだ。

 この名前を見るのは5年ぶりだ。カイルを含めた仲間たちの顔、そして共に冒険した日々が鮮明によみがえってくるようだった。そういや、あいつら元気にしてるのかな。


 いい機会だ。会いにいくか、あいつらに。俺は旅支度を始めた。

 雲ひとつない青空を仰ぎ見る。さわやかな風が吹いている。ああ、いい冒険日和だ。



 カイルは南の大陸リディルというところの、さらにその最南端に住んでいるという。なんだってまぁ、そんな辺境の地に住処を構えたのやら。まぁ、おかげでこうして久々に外の世界に触れるいい機会にはなったが。

 南の大陸といえば、思い出すな……あの死闘のことを。魔王と同等か、それ以上と言われている伝説の怪物との死闘のことを。ああ、思い出すだけで古傷が痛む。もう2度と出会いたくないもんだ。


 船に乗り込んだ俺は、じっと水平線を眺める。5年前はここらもモンスターたちのなわばりだったが、今は静かなもんだ。でかいタコとかイカのバケモンもいたっけなぁ。人魚やらセイレーンに船は沈められそうになるわ、ばかでかいサメに食われそうになるわ、散々な思い出が次から次によみがえってくる。

 あの頃はこうしてのんびりと船旅する余裕なんざなかったな。どこもかしこもモンスターだらけ。命を懸けた戦いの日々。過酷な旅だった。


 まぁ、大変だったのは俺たちだけじゃない。あの頃は世界中の皆が苦難の中手を取り合い、モンスターたちと戦った。世界は平和になった。しかし、戦の傷跡はまだまだ癒えない。5年経つ今も、いたるところで復興のための工事にいそしむ人々の姿がある。


「モンスターだ! モンスターがでたぞ!」

 船員が叫んでいる。海から水しぶきがあがり、船の甲板に5体の魚人が降り立った。やれやれ、どうやら俺の出番のようだ。これから船旅を楽しもうのに水を差しやがって。俺は手入れをしていないガタついた、紅い剣身のロングソードを鞘から抜いた。まぁ、旅の肩慣らしにゃちょうどいいかもな。

「こいよ。海に叩き落してやる」



 船旅を楽しむ……と思ったものの、船酔いがひどくそれどころじゃなかったわ。モンスターより厄介だぜ。前の時は常に気が張ってたから、船の揺れとか気にならなかったんだな。それにしても、さっき海に叩き落した魚人たち……ずいぶん痩せてたなぁ。


 モンスター。魔物。魔族と称する時もある。それは人と異なる存在。異形の種族。魔王はモンスターを束ねる存在だった。魔王という存在が現れるまでは、人間とモンスターはお互いほとんど干渉せずに生きてきたらしい。

 らしい、というのは、魔王率いるモンスターたちとの人間との戦は、俺が産まれるずっと前から始まっていたからだ。発端は、人間側がモンスターたちを迫害してその住処を奪ったことだとも言われているし、モンスターたちが人間の住処を脅かしたからだとも言われている。とにかく、本当に長い間、戦いは続いていたんだ。俺たちが魔王を倒すまで。


 魔王を失ったモンスターたちは、一部を除き降伏した。モンスターたちはそれまでに人間たちから奪っていた領土を全て返還し、戦う意思がないことを示した。そしてモンスターたちは人間の管理下におかれることとなった。

 その扱いはひどいもんだ。人間の代わりの労働力……まぁ、奴隷みたいなもんだな。家畜以下の扱いを受けているヤツもいると聞く。見世物小屋に売り飛ばされたり、慰みものとされたり、狩りの動物代わりに使われたり……悲惨なものだ。


 人間はモンスターと比べて非力だ。また、戦う力のないものたちは、かつての戦でモンスターたちに惨殺された。大切な家族を失ったものも少なくない。人間たちは、彼らモンスターを許すことができないのだ。

 だからといって、俺は彼らモンスターに同情してやることはできないし、手助けもしてやれない。その資格はない。何故なら俺は誰よりもモンスターを斬り殺してきたからだ。

 モンスターが虐げられている状況を見て、俺は自分が何をしてきたのかに気づいてしまった。種族は違えども、彼らにも家族があった。仲間がいた。愛するものがいた。俺はそうしたものを無慈悲に斬り捨ててきた。この手で多くの……多くの、命を。


 やめよう。今更そんなことを思っても何にもならない。もう、終わったことだ。俺は世界の平和に繋がると信じて、命を懸けて戦った。それだけだ。何もかも、過ぎ去ったことだ。


 それから数日して、船はリディルの港町についた。暖かい潮風が吹いている。さて、ここからは長い道のりを歩かなきゃいけない。食糧と水を補充しておかないとな。

「で、そこの物陰から見ているのは誰だ」

 こそこそと隠れているそいつに向かって、俺は言った。観念したように、そいつはゆっくりと現われる。ぼろ布を頭からかぶったそいつは……。

「俺に何か用か?」

「……コレデ、タベモノ、クダサイ」

 そいつは地面にひれ伏すようにして、俺の前に金貨を差し出した。

「お前、魚人だな。海にゃお前らの食べ物がたくさんあるだろうに」

「ニンゲン、サカナ、トル。ワタシタチ、サカナトルト、コロサレル」


 そうか。モンスターという脅威がなくなった海には朝も夜も商船や漁船が行き交い、港は常ににぎわっている。海のモンスターたちは行き場を失っているのだろう。

「で、なんで俺に頼むわけだ?」

「アナタ、ヤサシイ。ナカマ、コロサナカッタ」

 あの船に現われた魚人はこいつの仲間か。連中が痩せている理由がよくわかった。

「くくっ。俺がヤサシイだと? お前、俺がどういう人間か知らないようだな」

 俺は剣を抜いて、魚人の首に切っ先を向けた。魚人はうろたえ、怯えて震える。

「俺はな、かつて勇者と共にお前たちの仲間を数多く殺した者の一人だ。慈悲もなく、冷酷にお前たちの仲間をこの剣にかけたんだぜ。そんな俺が本当にヤサシイと思うかよ?」

 魚人はしばらく震えていたが、やがてじっと、魚の目で俺の目を見つめてきた。

「アナタ、ヤッパリ、ヤサシイ」

「……は。見当違いもいいところだぜ。ここで待ってろ」

 俺は港の露店へずかずか向かった。


「これで足りるか?」

 俺は無造作に、魚人の足元に食糧を放り投げた。

「コ、コンナニ!?」

「いいからさっさと行け。他の人間に見つかったらたたき出されるぞ」

「ア、アリガトウ……」

「ああ、それとな。ここから北西に小さな島がある。いまだ魔王の魔力が霧となって立ち込める海域で、人間はほとんど立ち寄らない。お前たちにとって安全な場所だろうよ」

「ア、ア」

「いいから行け!」

 俺が怒鳴ると、魚人はふかぶかとお辞儀をして海に消えた。


 こんなことしたって何になるってんだ。俺は……何をしているんだろうな。


 考えるのを止め、食糧品を補充した俺は港町を後にした。

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