第9話 価値観の違い
「貴方、ふざけてらっしゃるの?」
俺の挨拶が気に入らなかったのか、女共の視線が鋭くなる。
前回ぶん殴られたにもかかわらず、特に俺に対する怯えは見られない。
まあ周囲に護衛がいるってのと、勇者がいるからだろうな。
俺が手出ししようとしたら、そいつらが止めてくれるとでも思っているのだろう。
めでたい奴らだ。
「これが俺の世界での勇者の挨拶方法だ」
ベヒモスの苦情に対して、俺は笑顔でそう返してやった。
異世界の事だからな、嘘か本当かは分かるまい。
ま、あながち嘘って訳でもないし。
「この世界でその挨拶は、侮辱的行為に値しますわよ」
「へー。そうなんだ」
責める様な言葉に対し、俺は投げ槍に返事を返した。
「くっ……ちゃんと授業を受けておられないのかしら?」
学園の授業では、この世界に来た勇者用の礼儀作法なんかも入っている。
一応受けてはいるが、特に覚える気はない。
郷に入っては郷に倣え?
俺が郷だ!
これ冗談じゃなくて、本気だぞ。
俺が従うのは俺の心だけである。
例えば何らかの事故でこの異世界に来てしまったんなら、相手側のルールを優先するのも致し方なしだとは思っている。
それ位の分別はあるつもりだ。
だがこの世界には、召喚されて強制的にやって来ている。
許可も取らずに勝手に呼び出しておいて、自分達のルールに従え?
頭おかしいんじゃねぇの?
「まあいいですわ。ここには先日の一件を謝罪しにいらしたのでしょ。さっさとなさってください」
気分が悪いと言わんばかりに、投げ槍に謝罪を求められる。
ビートの顔を立てるつもりで来たので、ちゃんと謝るつもりではあるが、その前に確認是正しておく点がある。
俺の謝罪はそれが大前提だ。
「一つ聞きたいんだが、ビートには理由も分らず急に殴られたと言ったそうだな?」
「それが一体何だというんですの」
「俺があんたらに声をかけたのは、女生徒を虐めてるのを目にしたからなんだが?随分と都合のいい説明だけビートにしたもんだな」
俺がこいつらをぶん殴った理由は、虐めを目撃したのが原因だ。
まあその後、挑発して来たからってのもあるが。
それを丸々省いて他の勇者に伝えるとか、そんなふざけた行動を見逃すつもりはない。
まあビートは俺の言葉を信じてくれている様だが、重要なのはこいつらがそれを認めるかどうかだ。
その上でもう二度と虐めはしないと誓うのなら、俺は素直にやり過ぎたと謝ってやる。
「何の事かしら?私達は湖畔を散策していただけですわ。言いがかりは止めて頂きましょうか」
ベヒモスが、俺の指摘に悪びれる事なく返して来る。
認める気はさらさらない様だ。
ま、最初っからそうだろうと思ってはいたが。
「5人で1人を囲んで、調子に乗るなって脅しをいれてから扇子で頬を叩く事を、お前らの中じゃ散策って言うのか?俺の世界じゃ、ああいうのを虐めって言うんだがな」
「あれは問題行動を起こした方を、高貴なわたくしが少し教育してさし上げただけですわ」
突っ込んだ内容を尋ねると、ベヒモスは隠すのを止めてあっさりと行動を認める。
いや、違うな。
この態度を見る限り、初めっから隠す気なんてなかったのだろう。
……どうやら勘違いしてたみたいだな。
俺はてっきり後ろめたいから隠しているとばかり思っていたのだが、それは完全に思い違いだった。
こいつらにとって、あれは他人に非難される様な行動ではないのだ。
だから何故殴られたか分からないと、ビートに言ったのだろう。
――どうやら根本から、価値観や考え方が違う様だな。
そして価値観が違う者同士がぶつかった場合、より強い物が我を通す事になる。
この場合は……
当然俺だ。
「そうか。なら俺がお前らを殴ったのも、勇者として教育してさし上げただけだ。謝る必要はないみたいだな」
「ふざけないで!私達にあの様な真似をしておいて!!」
「なんて男なの!」
「信じられないわ!」
それまで静かだった取り巻きがギャーギャーと騒ぎ出した。
取り敢えず俺は鼻をホジホジしてでかい鼻糞を取り出し、空中で爆散する様に女達に向けて飛ばす。
ショットガン的な物をイメージして貰えば分かりやすいだろう。
「きゃっ!」
「汚い!」
「なにするのよ!」
勿論これも俺流の教育である。
いやー、教育って本当に素晴らしいね。
「墓地君!君は彼女達に謝るって僕と約束したじゃないか!」
もう片方の鼻の穴に指を突っ込もうとしたら、ビートに手首を掴んで止められてしまった。
「悪いけど、性根の腐りきってる相手に下げる頭は持ち合わせてないんでね」
「気持ちは分かる。けど、ゲンブー家を敵に回したらただじゃすまないんだぞ」
「関係ないさ。俺の世界じゃ、勇者ってのは勇気ある人物を指す言葉だ。相手の強弱で態度を変える様な真似はしたりしないんだぜ」
うん、我ながらいい事言った。
ま、俺の場合は勇気云々ではなく、我慢する位なら死んだほうがマシってだけだが。
「そういう風に言われると、何も言えなくなるね」
俺の言葉にビートが困り顔で笑う。
彼の価値観はベヒモスと違って普通で助かる。
「ベヒモスさん。悪いが、彼からの謝罪は諦めてくれ」
「なんですって!?」
ビートの言葉に、ベヒモスが声を荒げ立ち上がる。
他の勇者を使えば謝罪させられると思ってた?
残念。
世の中――いや、俺はそんなに甘くないぜ。
「くっ……穏便に謝罪で済ませてさしあげようとしていたのに、ゲンブー家を敵に回してタダで済むとお思い?後悔す――」
ベヒモスは、最後まで言葉を言い終える事は無かった。
何故なら、俺が顔面を押さえてそのまま後頭部から地面に叩きつけたからだ。