第64話 モーニングコール
「ひぃぃぃぃ……」
「きゃあああぁぁぁ!!」
周囲に似た魔物達が悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすかの様に逃げていく。
「ふむ……」
魔神帝の生まれ故郷である異世界に来て、最初に驚かされたのが――
魔物がまるで、人間の様に文化的に生活している事だ。
ラブの記憶の中の魔物は、『ギャース!』とか「グボォォォ!」とか呻く、破壊衝動満載の脳足りんばかりだった。
まあ魔王軍の幹部連中なんかや、一部高位の魔物は知能が高かったみたいだが。
そんな野生動物みたいな奴らが、国や街を築いて人間の様な文化的な生活を送っているのだ。
流石にこれは俺もびっくりせざる得ない。
そして俺は困った。
最初は魔物どもなんぞサクッと皆殺しにして、人間を何人か蘇生。
更に魔神帝も蘇生――狂った魂を浄化して赤ん坊に戻す。
そこから人類の再スタート。
という感じの、ざっくりした予定だったのだが……
魔物とは言え、人間みたいに生きてる奴を問答用無用で絶滅させるのは、ちょっぴり良心が痛む。
まあほんとに、ほんのちょっぴりだけだが。
で、取り敢えず。
俺は魔族がどういう生活をしているのか、様子を見る事にした訳だ。
判断に揺らぎが生じて固まらない時は、情報収集に限る。
正に理知的かつ、知性的判断。
そんな自分の成長を噛み締めながら、魔物達の街に降り立ち観測をしていると……
「きゃっ!」
とか言って、変な女がぶつかってきた訳だ。
ポニーテールの少女。
顔立ちだけ見れば、美少女と分類できなくもない少女。
――但し、魔物。
額には、人間にはない筈の目が開いており。
更に、手や足なんかも目玉だらけ。
魔物っていうよりは、妖怪の百目鬼を連想させる姿だ。
つまりキモイ。
まあこの際、見た目はどうでもいいだろう。
問題は俺の服に、そいつがジャムを塗りたくったパンを押し付けた事だ。
ジャムがノリになって、べったりとくっ付いている。
俺に怒りゲージがあったなら、この時点で90%超だ。
これは確実に危険水域と言っていいだろう。
もちろん、突っ込んで来た大量目玉少女の生命のな。
「ちょっと、そんな所に突っ立ってたらあぶないでしょ!」
更にその少女は、ぶつかってきておいて俺に文句をつけて来た。
この時点で俺の怒りが有頂天である。
本来なら、即座に拳でその顔面を粉砕してやる所だが……
異世界に着て初の未知との遭遇。
そこを考慮して、俺は初回特典ボーナスを目玉少女に与える事にした訳だ。
「……俺の名前を言ってみろ?」
これは――
『お前俺が誰か分かってんの?猛墓地注意って知ってる?よーーーーーーく考えてから口開けよ』
――という、意味だ。
頭を使って危機に気付き、謝罪をする機会を与える俺の優しさよ。
が、残念ながら少女は愚かだった。
「貴方なんて知りません!私、急いでるんで!!」
彼女は最後まで謝る事無く、俺の横を通り抜けようとした。
ここでゲージが三回転ぐらいした事は、言うまでもないだろう。
死刑確定。
馬鹿な奴だと考えながらも、取り敢えず自己紹介もまだだったので名前を名乗っおいた。
彼女も、自分を殺す奴の名前ぐらいはきっと知りっておきたいだろうからな。
「俺の名は……墓地無双だ」
言葉と同時に吹き飛ぶ上半身。
散らばる肉片と、大量の目玉。
それを見て、悲鳴を上げて逃げ出す周囲の魔物。
正に阿鼻叫喚。
が、今の状況である。
「肉片が散らばった程度で、魔物の癖に根性ねーな」
取り敢えず、少女を蘇生させるとしよう。
流石に、ぶつかってジャムの付いたパンを擦り付けられて、暴言はいてどこかに行こうとしただけだからな。
死ぬ程の事は……
「うーん。いや、結構妥当か?」
魔物だし。
いやまあ、初回大サービスで蘇生してやるか。
「ラッキーだったな」
飛び散った肉片と目玉が戻ってきて、上半身が吹き飛んだ少女の肉体が再生していく。
もちろん服も同時に再生だ。
目玉付きのおっぱいとか、眺めて喜ぶ趣味とかないからな。
「さて、折角だからこいつからこの世界の情報でも引き出すとするか」
此処だと邪魔な魔物が寄って来る可能性がある。
俺は丁度つかみやすい部分があった――ポニーテールので、そこを掴んで跳躍する。
雲よりも高く。
「ここなら邪魔も入らないだろう」
着地したのは街の外。
人気のない山肌だ。
俺は掴んでいた百目少女を、地面に放り投げた。
「おーい、起きろー。ってあれ?ひょっとして死んでるのか?」
さあ聴取開始と思ったが、よく見ると、彼女の首は90度程曲がる形で折れ曲がっていた。
どうやらポニーテールを掴んでジャンプした衝撃で首が折れて、またご臨終してしまった様だ。
仕方がないので再び蘇生する。
「殴ったってんならともかく、魔物の癖にいくら何でもひ弱すぎだろ」
戦闘力を確認してみると、たったの50万しかなかった。
ザ・ゴミである。
「にしても……力の調整が前より難しくなってんな」
眠り姫を起きるのを待つ気はないので、優しく頬を叩いて起こそうとすると――
首がグルンと一回転してしまう。
当然死亡。
強くなった弊害だな。
「折角だから、力加減の練習でもしておくか」
蘇生。
叩く。
死亡。
蘇生。
叩く。
死亡。
「うぅ……ん……」
10回ぐらい繰り返したところでやっと成功。
やはり失敗は成功の母だなと噛み締めながら、俺は目覚めた少女に優しく言葉をかけた。
「地獄に自分から行きたくなるぐらい酷い目に合わされたくなかったら、知ってる事を全部話せ」
と。
ああ、そうそう。
異世界の魔物の言語が分かるのは、俺が超天才だからだ。
以上。




