第63話 運命の出会いは曲がり角と共に
「モモミ!早く起きなさい!」
母の怒鳴り声。
私は重い瞼を一つ、頑張って開けて時計を見る。
時刻は朝の七時半を指していた。
「ん……ん~、まだ七時半じゃない。もうちょっとだけぇ……」
「何言ってんの!今日から学校でしょ!早く起きて支度しなさい!!」
「ぁ……」
母に言われて思い出し、勢いよく布団をめくって体を起こす。
そうだった。
今日から憧れの学園生活のスタートだ。
「ごはんの支度は済ましてあるから。早く用意しておりてらっしゃい」
母はそれだけ言うと、私の部屋を出て一回に降りて行った。
「今日から新生活……」
私は姿見の前に座り、自分の姿を確認する。
そこにはまるで爆発した様なぼさぼさ頭の、自分の姿が映っていた。
「はぁ……私って、ほんと癖っ毛よねぇ」
軽く溜息を吐いてから、私は急いで髪の手入れを始める。
櫛を入れ、丁寧に梳かしていく。
この作業は20分にも及ぶのだ。
それも毎日。
ほんと、嫌になっちゃう。
「よし、完璧!」
手入れを終えた私は髪を後頭部のあたりで纏め、それを髪留めで止める。
これでポニーテールの出来上がり。
立ち上がって一回転し、その出来を確認して私はほくそ笑む。
「ふふ、我ながらすっごい美人」
自分で言うのもなんだが、私は美人だ。
化粧なんて全く必要ないぐらい。
まあ癖ッ毛という欠点をはあるけど、それもこうして手入れしてポニーテールにしてしまえば完全に解消される。
「始業早々の告白もあり得るわね」
今まで私に告白して来た男子の数は、数えきれないほどだ。
正に星の数ほどいる状態。
それぐらい私はモテる。
とは言え、相手は所詮一般レベルの有象無象ばかり。
自分を安売りするつもりはないから、これまでは全て断って来たんだけどね。
「でも……」
今日から私の通う、魔天聖愛学園は超が付く名門だ。
此処から先で出会う男子達は、これまでとは次元の違うエリート揃い。
その中にはきっと、美しい私に相応しい強く美しい貴公子様達がいる筈。
「ああ、楽しみ……」
きっと彼らは私を放っておかないだろう。
どんな素敵な王子様が私のハートを射止めるのか、それを考えると幸せな気分になって妄想が膨らむ。
「でへへへ……」
◆◇妄想中◇◆
★☆妄想中☆★
※※妄想中※※
「モモミ!早く降りて来ないと遅刻するわよ!!」
「はっ!」
階下から響いて来る母の怒鳴り声に正気に戻る。
ついつい妄想の世界に浸ってしまっていた。
「やばっ!」
時計を見ると、既に時間は8時10分を回っていた。
家から学園までは、軽く30分ほどの距離がある。
20分だと、死ぬ程急いでギリギリってところだわ。
「初日から遅刻なんてありえない!」
私は急いで一階に降り、玄関へと向かう。
「モモミ!初日にお腹鳴らせたら恥ずかしいでしょ!」
母が私に何かを投げてよこす。
ジャムがたっぷりと塗ってある、食パンだ。
私はそれを口で綺麗にキャッチした。
「さんふゅー、ふぁふぁ(サンキュー、ママ)」
それを口にくわえたまま玄関から飛び出した私は、急いで学園と向かう。
駆け足だ。
「ひほふ、ひほふー(遅刻、ちこくぅ)」
私は走る。
落とさない様に、少しづつ口の中のパンを咀嚼しながら。
「きゃっ!」
このまま順調にいけば、ギリギリ遅刻せずに学園に辿り着ける。
そう思っていた私に、思わぬトラブルが発生してしまう。
曲がり角を曲がった瞬間、そこに立っていた誰かとぶつかってしまったのだ。
急いでいた私は盛大に後ろに弾き飛ばされ、尻もちをついた。
「いったぁ……」
物語などにある、曲がり角で素敵な男子と出会う。
一瞬そんな考えが頭を過ったが、現実は甘くない。
見ると相手は、黒いフード付きのコートを深くかぶった不気味な相手だった。
顔はフードを深くかぶっているため良く見えないが、こんな怪しい恰好をしている相手が美男子な訳もないだろう。
がっくりすると同時に、私の中に怒りがこみあげて来た。
人が急いでるってのに……
「ちょっと、そんな所に突っ立ってたらあぶないでしょ!」
まあ本来は謝るべきだったのだろうとは思う。
相手の服に、思いっきり私のパンが張り付いてるし――ジャムがノリ替わりになっている――それに、走って突っ込んだのは私の方だから。
けど急いでる事と、相手に張り付いてしまった事でもうパンは食べられないと思うと頭に血が上って、カッとなって思わず立ち上がって文句を言ってしまった。
「……俺の名前を言ってみろ?」
「は?」
するとその男性は、私に意味不明な事を聞いて来た。
勿論、相手の事など知らない。
声も聞いた事がないので、知り合いでないのも確実だ。
わざわざ聞いて来たって事は、ひょっとして有名なのかしら?
少し頭を捻って考えるが、答えは出てこない。
というか、私は急いで学園に行かなければならないのだ。
相手が誰だろうと、かかずらっている場合ではない。
「貴方なんて知りません!私、急いでるんで!!」
そう言って、彼の横を急いで通り抜けようとしたら――
「俺の名は……墓地無双だ」
――その日、私は死んだ。
~FIN~




