第46話 チェンジで
「父親を助けに来たって訳か」
停止した魔神帝に追いつき、俺はその横にいるリリスに声をかける。
が、何か様子が変だ。
彼女の表情は苦し気で、その顔には大量の脂汗が浮かんでいた。
「ほう……私の娘と知り合いだったか」
「ボ……ッチー」
リリスが呻くように、途切れ途切れで俺のあだ名を呼ぶ。
明らかに今の彼女は普通の状態には見えない。
魔神帝に何かされていると考えるのが妥当だろう。
まあ、俺を油断させるための罠と言う可能性も……いや、それはないか。
短い付き合いとは言え、多少は彼女の事を理解しているつもりだ。
リリスはそう言う卑怯な真似をするタイプの女ではない。
「ボッチーって呼ぶなって言ってるだろうが。まあそれはいい。魔神帝、リリスに何をした?」
「何。丁度近くにいたのでな……勇者などに現をぬかし、以前父親を裏切った娘を少々躾ただけだ。親が子を支配するのは、当然の事だろう?」
躾ねぇ……
支配って言ってるので、恐らく何らかの方法でリリスの意思や体に干渉してるって事だろうな。
しかし、勇者にうつつを抜かして以前父親を裏切った……か。
この親子には、何か色々込み入った事情があるみたいだな。
まあ何にせよ、魔神帝が胸糞悪い奴だと言うのだけは良く分かる。
「子供は親のおもちゃじゃねーぞ」
「いいや、オモチャだ。娘だけではない。この世界の生きとし生けるもの全てが……そう!すべて私に蹂躙されるべきオモチャなのだ!この腐った世界は!!」
魔神帝が悦に浸ったような表情で、両手を力強く広げる。
完全に逝ってやがるな。
真面な会話は通じなさそうだ。
「これはこれは、貴重な御意見ありがとうございます。魔神帝様には心ばかりのお礼として、わたくしめからフルボッコを進呈してさしあげましょう」
俺は揶揄う様に、慇懃無礼に対応する
こういう奴は、殴って分からせるのが一番だ。
壊れた家電は叩いてなおす。
それが世界の真理。
「くくく……それはどうかな?確かに、2対1でも貴様の相手は厳しいだろう。だが――親子の絆という物を舐めて貰っては困る」
あからさまに子供を虐待しておいて、親子の絆と来たか。
嫌な絆もあった物である。
「さあ見せてやろう!我ら親子の力を!!」
魔神帝はそう宣言すると、唐突に自分の胸元の黒い宝玉を握りしめた。
次の瞬間、『ブチリ』と、肉を引きちぎる様な不快な音が響く。
奴が自分――女王キリンの肉体の胸元に埋まっていた宝玉を、引きちぎった音だ。
「おいおい、何のつもりだ」
自分の力の源泉っぽい物を引きちぎるとか、気でも狂ったのだろうか?
俺が魔神帝の意味不明な行動に唖然としていると――
「こうするのだ!」
「!?」
――奴はそれを、リリスの胸元へと叩きつけた。
「くぁ……ああぁぁぁぁぁ……」
リリスが苦悶の雄叫びを上げる。
明らかに尋常ではない様子だ。
「ちっ!テメェ何しやがった!!」
魔神帝をぶん殴ろうと突っ込む。
何を狙ってるのかまでは分からないが、どう考えてもこのまま放っておくのは得策ではない。
そう思って動いたのだが――
魔神帝に向かって振るった拳を、俺はその直前で止める。
奴の目は白目をむいており、口は半開きになって、まるで抜け殻の様になっていたからだ。
――明らかに魂が入っていない。
「ちっ!」
魔神帝の狙いを理解して、俺は舌打ちする。
奴は女王の体を捨てたのだ。
――そして新たな肉体として、自分の娘の体を選んだ。
「くくく……馴染む。馴染むぞ。流石我が娘の肉体だ」
リリスの体から黒いオーラが立ち昇る。
そして彼女は――魔神帝はニヤリと口の端を歪め、嫌らしく笑う。
「ああ、そうそう。その体はもう不要だ。欲しいのならくれてやるぞ」
「こんなオバハンの体なんざ、いらねーっての」
魔神帝の抜けた、女王キリンの体が落下していく。
体を乗っ取られたショックか、中の人は完全に気絶している様だ。
「ったく、しょうがねーな」
結構な高さに加えて、俺の2回の攻撃でその肉体は大きく傷ついてしまっていた。
このまま地面に落下したら、命を落とす可能性もありえる。
俺は悪態をつきつつも、彼女の体に保護代わりの結界をかけてやった。
まあ、死なせる程の事はされてないからな。
「くくく……言動の割に、お優しい事だな。勇者墓地よ」
魔神帝が俺の名を呼ぶ。
名乗っていない名を。
俺が奴を睨みつけると――
「知り合いみたいだったのでな。娘の記憶を調べさせて貰った」
――と、悪ぶれない答えが返って来た。
体は奪うわ。
プライバシーは無視するわ。
ほんと、最低最悪の毒親だな。
こいつは。
「さて、では先程のお返しをさせて貰うとしようか」
「やれやれ、ちょっと面倒くさい事になったな」
戦闘態勢に入った魔神帝を見て、俺はそう呟く。
現在の奴の戦闘力は、9億にまで上がっていた。
かなりの強さだ。
まだ俺の方が上ではあるが、瞬殺出来る程の差はないと言えるだろう。
面倒臭い事この上なし。
――だが何よりも面倒くさいのは、リリスの体が不死身である点だ。
「めんどくせぇ」
俺は心の底から、もう一度そう呟いた。




