第42話 うわごと
「ぐぅ……が、ああ……」
「?」
突然ビートが苦しみだす。
何か悪い物でも食ったのかな?
いや、冗談は置いておいて……
タイミング的に考えて、どう考えても俺が施した覚醒が原因だろう。
もしそれ以外だったら逆にびっくりだ。
「ビート!?」
ビートは顔に脂汗を浮かべ、そのまま机に突っ伏してしまう。
その姿に驚いたバハムトが、慌てて声をかけた。
だがビートはそれに応える事が出来ず、苦し気に呻き声を上げ続ける。
……一体どうなってるんだ?
爺さんにかけた時は、苦しむどころかむしろ絶好調って感じだった。
だから害はないと判断していたので、ビートの反応は正直想定外だ。
覚醒が失敗したのだろうか?
そう思って戦闘力を確認してみると、その数値は3億を超えていた。
覚醒自体は成功している。
まあ数値は思ったほど高くはないが……ん?
まだ数字が上がって行ってるな。
どうやら潜在能力が高すぎて、一気に覚醒出来なかった様だ。
ビートが苦しんでいるのは、残りの力をひり出すために体に大きな負荷がかかっているためだろうと予想する。
便秘を踏ん張ってる感じと言えば分かりやすいか。
「ビート!しっかりしなさい!」
「ちょっといいか」
慌てるバハムトを制し、俺はビートに回復魔法をかけた。
肉体のダメージだけではなく、消耗も同時に回復する類のスーパー魔法だ。
ビート如きに使ってやるのは癪な高位魔法だが、原因が俺だし仕方ない。
魔法は一瞬でビートを癒し、藻掻き苦しんでいた奴の荒い呼吸が穏やかになる。
「凄い!こんな魔法見た事ないよ!ボッチン!」
そんな俺の魔法を見て、トラミが席から立ち上がって叫ぶ。
どうやら彼女には、俺が使った魔法がどういった物か理解できた様だ。
アホっぽいガキの癖に、無駄に優秀だなおい。
「ボッチンは超強いだけじゃなくって!魔法も天才級なんだね!」
「ほう……それは興味深いな……」
トラミの言葉に、リヴァイも興味深げに目を輝かせる。
ビートを強化して囮に使う作戦だったのに、逆に注目を強めるとか藪蛇も良い所だ。
失敗した。
いや、まだそうとは限らないか。
要はそんな事など気にならないくらい、ビートが強くなればいいのだ。
再度戦闘力を確認すると、その数値は3億5千万にまであがっており、まだその数値は膨らみ続けていた。
いいぞう。
このまま5億ぐらいまで上がってくれれば、きっとみんなビートに夢中になってくれるはず。
頑張れ、超頑張れ。
「リリ……ス……」
もう苦しんではいないが、まだ意識を失ったままのビートがうわ言を小さく呟いた。
本当に微かな声だったので、超絶耳のいい俺以外には聞き取れなかっただろうが、間違いなく奴はリリスと口にしている。
リリスか……ひょっとして、この前のおピンクオーラでハートを持っていかれてしまったのだろうか?
だとしたら、やめとけとしか言いようが無い。
あれは真実の愛を求める様なタイプじゃないからな。
魔神だし。
いや待てよ。
よくよく考えたら、あの時のリリスは自分をリリアンヌと名乗っていた。
つまり、ビートは彼女の名前を知らない筈なのだ。
となると、同名の別人って事か……
「やく……そくを……君の……封印を……」
うわ言はまだ続く。
が、それは唐突に途切れる事となる。
バハムトが魔法でビートの体を覆う球体を生み出したからだ。
それは気絶しているビートを浮かびあがらせる。
「貴方の魔法で状態は安定した様だけど、念のため彼を医務室に運んでおくわ」
「それは良いけど。気絶してるからってビートに悪戯すんなよ」
「はぁ……貴方じゃあるまいし、そんな真似はする訳ないでしょ」
冗談で言ったら、呆れたと言わんばかりにバハムトに溜息をつかれてしまった。
なぜこんなに俺の人格面の評価が低いのか……
解せぬ。
やっぱ顔のせいだろうか?
イケメン原理主義者の女ってのは、すーぐ顔で人の人格まで否定してきやがるからな。
困ったもんだ。
「私はこのまま欠席させて貰うわ」
バハムトはトラミ達にそう告げ、ビートを連れて教室を出て行く。
その後を、取り巻き達が従う。
欠席という事は、看病でもしてポイント稼ぎでもする気なんだろうが……
ビートにはリリスって名の想い人がいる様だから、無駄乙としか言いようが無い。
まあ人間の気持ちは不変じゃないので、絶対に変えられないとは言わないが、ビジネスライクに能力だけでパートナーを選ぼうとするバハムトではまあ難しいだろう。
なんせビートが求めてるのは、乙女漫画の主人公張りの純愛な訳だからな。
気持ち悪い事この上なしである。
バハムト達と入れ替わる様に、壮年の女性講師が教室に入って来た。
さあ、糞詰まらない授業の始まりだ。




