第39話 ネクロノミコン
「ふんふんふーん」
「それ何やってんの?ぼっちー」
鼻歌交じりにグロッキー状態のゲンブー家の兵士共の髪を剃っていると、不思議そうにリリスが声をかけて来た。
「あん?人間は反省する時は、こうやって頭を丸めるんだよ」
剃りあがった頭を優しく撫ぜる様に、結界を施していく。
「人間って変わってるわねぇ」
「まあな」
リリスの言葉に適当に返事しつつ、反省の意で頭を丸めるのはどこから来たんだろうな、とか考える。
勿論、考え事をしながらも手を止める事無く剃毛は続ける。
「よし、じゃあお絵かきの時間だ」
剃毛が終わったので、次は色付きの結界で顔面への落書きを開始した。
顔を殴らなかったのは、この時の為だ。
ぐちゃぐちゃに潰れてると、上手く書けないからな。
何を?
勿論、三段に蜷局を巻いた茶色のウンウンを、だ。
「あら、お化粧?」
俺の行動を、興味深くリリスが覗き込んでくる。
「死に化粧って奴さ」
勿論、実際は死に化粧でもなんでも無い。
そもそもこいつら死んでないし。
そう答えたのは、悪く言えば適当、よく言えばフィーチャリングって奴である。
つまり意味はない。
「面白そう!私もやるわ!!」
そう言うや否や、リリスは倒れている他の奴の顔に化粧を始めてしまう。
「うふふ、綺麗にしてあげるからね」
彼女は兵士の唇に、指先で真っ赤な色を塗りたくる。
次にその頬に、デカデカと、これまた真っ赤なチークを塗り始めた。
綺麗にしてあげるとか言ってるが、完全に悪戯以外の何物でもないな。
まあそんな事はどうでもいい。
問題は――
「おい、何でお前がそれを使えるんだ?」
彼女が色を塗っている方法が、完全に俺の色付き結界と同一の物だったからだ。
「一度受けた魔法だからね。ふふふ、愛の戦士リリアンヌに不可能は無いのよ」
どうやら、まだごっこを続けるつもりの様だ。
因みに、漫画のリリアンヌに不可能は無いなんて設定は微塵もない。
捏造も良い所である。
しかし……一度受けただけで習得するとか、お前はどこの聖なる闘士様だよ。
いや、あれは一度受けた技は二度と通用しないだけだっけか?
何にしても、人が徹夜して頑張って作った物をあっさりパクりやがって。
とんでもない女だ。
「まあいい。化粧はお前に任せるぞ」
「オッケー」
パクられた物はしょうがない。
有効活用するという意味を込めて、顏へのアートはリリスに丸投げする事にする。
まあウンウンより、彼女の化粧の方がインパクト強いしな。
という訳で――俺は無造作にズボンを引きちぎり、ゲンブー家の兵士のあそこをむき出しにする。
少し離れた場所から此方の様子を伺っていた女共の悲鳴が聞こえて来たが、気のせいと言う事にしておく。
気にするだけ時間の無駄だ。
「もしもしゲンブーよ、ゲンブーさんよー、っと」
今の気分にピッタリの歌を口ずさみつつ、股間に亀の絵を描いてやった。
勿論、頭部は無しだ。
何せリアルタートルヘッドが、股間にはぶら下がってる訳だからな。
そこを書くのは蛇足という物である。
一人、二人と、股間に亀を書いていく。
三人目に取り掛かった所で、少し気になる事があったので、俺は顔を上げて疑問を投げかけた。
――直ぐ傍で、一心不乱にノートに何かを書き込んでいる女子生徒に。
「何やってんだ?」
その女生徒は「はぁはぁ」と息を弾ませ、ビックリするぐらいだらしない顔で、口の端から涎を垂らしていた。
不審者レベルマックス。
クラスで言うなら、正にSSSクラスである。
「ふ、ふひひ。お気になさらずに」
お気になさらずにとか言われても、絶対無理なんだが?
というかこの女、どっかで見た事がある様な……
「あっ!」
目の前の女の顔の特徴と声質の近似から、ある女生徒の顔が頭に浮かびあがった。
それが誰か気づいた俺は、思わず驚愕の声を漏らしてしまう。
こいつ……とんでもない表情をしてはいるが、ベヒモスと揉めていた奴に間違いない。
マジか。
結構クールなイメージの有る女生徒だったんだが、人間てのは奥が深いな。
「どうか私の事は気になさらずに!そのままどうぞお続けください!!」
女生徒はニタニタしながら「さっさ、どうぞどうぞ」と続きを促して来る。
俺はその顔面に、無言で拳を叩きつけた。
「ほぎゃっ!?」
俺の本能が囁いたのだ。
滅しろと。
「まあ実害があった訳じゃないからな」
その場に放っておいたらリリスが化粧を施してしまいそうだったので、髪を掴んで引き摺り、少し離れた所で亀の様にひっくり返っているベヒモスの横に並べて置く。
「ふむ……」
戻った所で、足元に落ちているノートに目が行く。
あの女生徒が一心不乱に何かを書き込んでいた物だ。
拾って手に取るが、俺は少し悩んでから――
炎の魔法でそれを灰に変えた。
なんとなくだが、邪悪なオーラが漂っているように感じたからだ。
きっと見てはいけない、ネクロノミコンの様な恐ろしい呪いがかかっていたに違いない。
それならば、彼女のあの豹変ぶりも納得できるというもの。
「ふ、我ながらいい事をしたな」
禁書を滅する。
まさに勇者の成すべき行為だ。
「さて、じゃあ亀を書く作業に戻るとしようか」
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