第36話 降参?
「愛の戦士!リリアンヌ参上よ!」
リリスは目の部分が隠れる蝶型のマスクに、ピンクのマントを羽織った姿をしていた。
頭上から地上に着地した彼女は、顔の前で横向きのピースサインを作り、力強く名乗りを上げる。
――リリアンヌ、と。
それは俺が読ませた漫画に出て来る、ヒーロー物のヒロインキャラの名だった。
格好もまんまである。
何でコスプレしてるんだ?
このアホは。
「はぁ……なんて美しいんだ……」
周囲からリリスを褒めそやす呟きが聞こえて来る。
周りを見渡すと、その場にいた男連中は全員、熱に浮かされた様な表情で彼女に熱い視線を送っていた。
完全にピンクの光でやられてるな。
ビートの奴も、目をハートマークにして間抜け面をしている。
今の彼には真実の愛が見えているのかもしれない(幻覚)。
但し影響が出てるのは男だけで、何が起きているのか分からない女性連中は訝し気な顔で突如現れたリリスを見ていた。
「わしはゲンブー家に所属するSランク勇者、ロウシンじゃ。すまんが、お嬢さんは何者じゃ?出来ればその光を止めて貰いたいんじゃが?年寄りには堪えるんでのう」
爺さんはあっちが枯れているのか。
もしくは幻覚への耐性があるのか。
ピンクの光に誑かされる事無く、渋い顔でリリスを見ていた。
「あらら、お爺ちゃんには刺激が強すぎたみたいね?罪なわ、た、し」
リリスの体から放たれていたピンク色の光が収まり、周囲を覆っていた気持ち悪い空気が和らぐ。
とは言え、依然男連中の視線はリリスへと釘付けだ。
もう術にかかっていないとはいえ、ビックリする程美人である事には変わりないからな。
ついつい視線が行ってしまうのは、男としての本能だ。
「大人しくしてろって言わなかったか?」
「ボッチーのピンチに、居てもたってもいられなかったのよぉ」
リリスが、さも心配しているかの様な仕草をみせる。
白々しい演技だ。
目の前の奴らが俺の敵じゃない事くらい、絶対分かってるだろうし。
「お嬢さんは、勇者墓地の知り合いなのかね?」
「ええ、私とボッチーはツーカーの仲よ」
「……」
漫画の中で、リリアンヌが主人公に対してよく言っていた台詞な訳だが……
人の言う事ガン無視しておいて、何がツーカーだ。
呆れて物も言えねぇとはこの事だ。
後、そのあだ名は止めろ。
「だから、彼の敵は私の敵よ!かかってらっしゃい!」
これで相手が強敵だったなら、きっと感動できる台詞だっただろう。
だが残念ながら、相手は俺から見てダンゴムシレベルでしかない。
まあ良くてチワワぐらいか。
茶番にも程がある。
「ぬぅ……」
リリスの言葉に、爺さんが厳しい表情を浮かべる。
女は殴れないとか、そんな感じだろうか?
だとしたら甘ちゃんも良い所である。
――女は殴ってなんぼだぞ、爺さん。
壊れた機械と女は殴るに限る。
うん……いやまあ、流石にそれは冗談だが。
敵なら容赦なく殴るが、俺だって何もしてない女を殴ったりはしないからな。
「分かった。わしらの負けじゃ。勇者墓地からは手を引こう」
爺さんは少し考えこむ素振りをしてから、何故か急に白旗を上げる。
意味が分からん。
この爺さん、痴呆症でも患ってんのか?
だったら殴って治してやらないといかんな。
「おじい様!一体どういうことですの!!」
爺さんの言葉に、ベヒモスがヒステリックに反応する。
いやまあそうだろうな。
態々戦力集めたのに、急に「やっぱ戦いません。参りました」とか言われたらそうなるわ。
「ベヒモス、聞きなさい。このリリアンヌと言うお嬢さん……とてつもない強大な力をもつ超越者じゃ」
「その女が、超越者……」
「わしは相手の放つオーラから、その力がどれ程の物か推し量る能力がある。このお嬢さんから感じたのは、間違いなくカーネルや陛下以上の力じゃ」
「SSランク勇者のカーネル殿や、国王陛下以上って事は……SSSランク……」
「そんな馬鹿な……」
爺さんの一言に周囲が騒めく。
降参宣言は呆けていたからではなく、リリスの強さに気付いたからの様だ。
つか、俺の方がリリスより強いんだが?
何故それに気づかない?
因みにこの国の王族は、高ランク勇者に負けない程の力を持つと言われている。
なんでも、世界を救った伝説の勇者の血を引いているからだそうだ。
そんで、その血は近親婚で維持されてるとか。
きんも。
なあこの学園に王族が居ないも、そのためだ。
「これ程の力の持ち主を、敵に回すのはゲンブー家にとってマイナスが大きすぎる。お前の悔しい気持ちは分かるが、堪えてくれ」
「くっ……私は……」
「ゲンブー家は、今回の件について正式に謝罪させて頂く。どうか水に流して頂きたい」
爺さんが、リリスに向かって頭を大きく下げた。
それを見てリリスが満足げにうんうんと頷いている。
何だこの茶番は?
そろそろ怒っていいか?
「仮令そうであったとしても!このまますごすごと引き下がる訳には参りません!」
取り敢えず爺をぶん殴ろうかと考えていたら、ベヒモスが大声で騒ぎだす。
「ベヒモスよ。我がままを言う出ない。これもゲンブー家の為なのだ」
「でしたら!ゲンブー家ではなく!私一個人として、墓地無双に決闘を申し込みますわ!!」
ベヒモスが、ビシィと音が出そうな勢いの人差し指で俺をさした。
他人を指さすなって、親に習わなかったのだろうか?
そもそも、人差し指ってのは鼻をほじる為にあるのだ。
それを証明すべく、俺は鼻に突っ込んでホジホジする。
「ベヒモス、馬鹿な事を言うでない!Sランク勇者にお前が勝てる訳などなかろう!」
「おじい様。私はあの男から三度、屈辱を受けました。これはプライドの問題です。敵わなくとも、このまま引き下がるわけにはまいりません。私は戦います!」
「プライドの為に、敵わなくても戦う……か。いじめっ子の癖にカッコいい事言うじゃねーか」
俺は鼻から指を引き抜き、鼻糞は地面に向かって放り棄てた。
あの卑怯な勇者4人と違って、負けると分かって正面切ってサシで俺と戦おうってんだ。
そういう奴は嫌いじゃない。
なので鼻糞で倒して馬鹿にするのは止めて置く。
「虐めではないと言っているでしょうが!あの女が醜悪な物を広めようとしていたから、私が教育しただけよ!」
ベヒモスが遠くにいる女生徒を指さす。
その顔には見覚えがある。
湖の畔で、ベヒモス達に虐められていたクールな女子だ。
ベヒモスに指さされた女生徒は全く動じた様子をみせず、口角を上げて不敵に笑っていた。
「ん?」
彼女の口元が動く。
それは周囲に聞き取れない様な、小さな呟きだ。
だが、神によって力を得た俺にはそれがハッキリと聞こえる。
「至高の美を知らぬ愚物が……人生の真の喜びも分からない哀れな女に、我が覇道を阻む事など出来ないわ」
と。
なんか……微妙だな。
女生徒の怪しげな言動から、本当に虐めではなく、ベヒモスによる指導だったんじゃないかと思えて来た。
ベヒモスの取り巻は虐めだって事をあの場で認めたが、あの状況じゃ俺の機嫌を取る為に話を合わせたとも取れなくもないしな。
いやまあ、集団で囲んで顔を扇子で叩いていたんだから、虐めじゃないってのは流石に無理があるか。
「まあいい。相手になってやる」
俺は手を伸ばし、指先をくいくいと動かしてかかって来いと示す。
無謀に挑むその勇気に免じ、先手は譲ってやる。
「私を余り舐めないでくれるかしら。確かに、私と貴方では天と地ほどの実力差があるわ。でも……私にはこれがある!」
ベヒモスが胸元から何かを取り出す。
それは亀の形をした、小さなペンダントだった。
「タートル!イン!!」
ベヒモスがそれを天に掲げ、力強く言葉を叫ぶ。
次の瞬間ペンダントから強烈な光が放たれ、その光がベヒモスの全身を包み込んだ。
どうやらマジックアイテムの様だが……
「――っ!?こ、これは……」
「ふふふ……これはゲンブー家の至宝の一つ。玄武の鎧よ!!」
不敵に笑うベヒモス。
その背中には――巨大な亀の甲羅が背負われていた。
それだけ。
何が至宝だよ。
しょっぼ。
「冗談にしか見えないんだが?」
「侮らないで貰いたいわね。玄武の鎧を身に着けた私の力は、Aランクの勇者にも匹敵するわ」
嘘くせぇ。
そう思いながらも、ベヒモスの戦闘力を確認する。
マジか……3000万もあるじゃねぇか。
元々が300万程度だったので、彼女の戦闘力は亀の甲羅を背負っただけで10倍に跳ね上がった事になる。
この数字はビートよりも上だ。
チラリとビートの方を見る。
亀以下の勇者とか。
可哀想に……いやまあ、鼻糞以下よりマシか。
「よそ見などせず、此方を見なさい!いざ、尋常に勝負よ!!」
亀の甲羅を背負った、ベヒモスが真っすぐ突っ込んでくる。
そして拳を振りかぶり、体重と勢いを乗せその拳を振るう。
躱すのは簡単だ。
だが、ベヒモスはプライドをかけて俺に挑んで来た。
その心意気に免じ、この一発は喰らってやる。
「くぅっ!」
ベヒモスの小さな拳が、俺の顔面の中心を捉える。
だが苦悶の声を上げたのは彼女の方だった。
硬い壁を殴ったりしたら拳を痛める。
それと同じだ。
彼女の非力な拳の骨は、硬い俺の顔面を殴った事で罅が入っていた。
「今度は俺の番だ」
痛めた拳を押さえながら下がるベヒモスの顔面に向かって、今度は俺が拳を振るう。
勿論、俺が手を痛める事などない。
折れたベヒモスの歯が空中に舞い。
彼女は鼻血を吹き出しながら盛大に吹き飛んだ。
「今回は顔面粉砕だけで許してやる」
俺は優しいからな
「ベヒモス!!」
爺さんが必死の形相で倒れたベヒモスに駆け寄る。
孫の心配をするのも結構だが、次はお前の番だぞ。
え?
相手は降参したんじゃないかだって?
そんなもん知るか。




