第33話 保険
Sランク勇者、ロウシン。
彼はベヒモスの母方の祖父に当たる人物であり、齢70を超える老人だ。
だがその強さは老いてなお健在で有り、ゲンブー家の切り札とも言える存在として周囲に名を知らしめていた。
「ん?あれは……」
場所は聖愛魔導学園近郊。
ゲンブー家が対墓地無双用に寄越した一団に向かって、凄まじい速度で砂煙を上げる何かが接近して来る。
本来なら警戒を強める事態であるにも拘らず、彼らにその様子はなかった。
何故なら知っているからだ。
その砂煙を上げる者の正体を。
やがてその超高速の物体は、一団の少し手前で急ブレーキをかけたかの様に減速して止まる。
「やれやれ、ワシまでひきずり出されるとはのう」
そこに立っていたのは、長い白髪を後ろで束ねた老人――勇者ロウシンだった。
「お久しぶりです、ロウシン殿」
「そう畏まらんでいい。同じゲンブー家に所属する者同士じゃろ」
その場にいる全員が頭を下げようとするが、彼はそれを片手で制した。
「相変わらず、ほれぼれする程のスピードでいらっしゃる」
「ほっほっほ。それだけがワシの売りじゃからのう」
S級勇者であるロウシンは、パワー自体はA級レベルしかない。
彼の売りはその驚異的な程のスピードにあった。
孫からの連絡を受けた勇者ロウシンは、圧倒的な速度による軽功を駆使して、先行していたゲンブー家所属の勇者達にあっという間に追いついたのである。
この場にいた者は、その事を知っていたからこそ慌てる事が無かったのだ。
「ベヒモス様の知らせによると、相手は覚醒によってSランク相当の力を持っているとの事です。が……正直、私にはにわかに信じがたい話ではあります」
勇者墓地の召喚時の測定はEランクだった。
それからほんの僅かな期間で覚醒し、しかも前代未聞の5ランクアップなど、普通に考えればあり得ない事だ。
そのためこの場にいる者達の大半は、Sランクという報告を懐疑的に受け止めていた。
「そうじゃな。まあ誤認ではあるとは思うが、万一と言う事もある。じゃからワシはここへやってきた。こんな物騒なもんまで用意してな」
勇者ロウシンは、腰に差した剣を片手で触る。
それはゲンブー家秘蔵の宝器だった。
もし墓地無双が報告通りSランクだった場合、同じSランク同士の戦いになる。
それ以外の戦力があるとは言え、そうなればどちらが勝つかは未知数だ。
だからロウシンは自らの勝利を確実な物とする為、強力な宝器を持参してきた。
万一の保険のために。
尤も、その保険は完全に無駄に終わるのだが……
何故なら、彼にはその剣を振るうチャンスすら与えられる事はないのだから。
「まあ使う事など無いじゃろうがな。今回は久しぶりに可愛い孫の顔を見に来たと思う事にしようかの、ほっほっほ」
ロウシンはそう言うと、愉快そうに笑う。
その呑気な姿に、他の者達もつられて笑いだす。
――自分達の向かう先に、どのような結末が待ち構えているかも知らずに。




