第22話 兄弟
――学園からアレス用に用意された屋敷。
「くそっ!墓地の奴め!!」
巨漢の男――アレスが吠え、屋敷の練兵場の地面に手にした剣を叩きつけた。
その衝撃は凄まじく、剣を叩きつけられた地面は豪快に弾け飛び、屋敷その物が揺れる。
「ご機嫌斜めの様だね」
怒りを露わにしているアレスに、青い髪をした、柔和な笑顔の長身の男が声をかける。
男の名はジュデッカ。
彼はアレスと同じAランクの勇者であり、そして――
「兄貴……何の用だ?」
アレスと同じ世界から呼び出された、血の繋がった兄でもあった。
「お前が勇者墓地に負けたと聞いてね。出来れば、その話を聞かせて貰いたい」
「……」
無神経な言葉に、アレスは青筋を立てて兄を睨みつけた。
だがそれを気にした様子もなく、ジュデッカは言葉を続ける。
「別に揶揄いに来たわけじゃない。私もそんなに暇じゃないからね。ただ純粋に、どんな戦いだったかを聞きたいだけだ」
「……不意打ちだ。不意打ちでやられた」
自分が負けた事に対する恥と、怒りのない混じった何とも言えない感情。
そんな感情から、アレスは兄から目をそらし、そっぽを向いて彼の質問に答えた。
「不意打ち。つまり、背後からいきなり襲われたって事か?」
「……別に、背後からじゃねぇよ」
「ん?背後じゃない?」
「ああ、あの野郎……俺が喋ってる最中に急に殴りかかってきやがったんだ」
「ふむ……正面からか。それは不意打ちと言えるのか?」
「どう考えても不意打ちだろ!こっちは完全に油断してたんだぞ!あの状態で殴りかかられるなんて夢にも思わねぇよ!」
そっぽを向いていたアレスが兄の方を向き、大声で吠えた。
そんな弟の姿を、ジュデッカは冷ややかな瞳で見つめる。
彼からすれば、正面から不意を突かれるなど間抜け極まりない話だからだ。
「油断しているお前が悪いだけだと思うが、まあそこはいい。それで、その後は?」
「ちっ……そこで終わりだ」
「は?」
ジュデッカからすれば、Aランク勇者の弟が不意打ち一発でやられるなどと言う事態は想定にない。
それがたとえ油断していたとしても、だ。
そのため、弟の言葉の意味が分からず彼は思わず首を傾げた。
「一発でやられちまったんだよ!ふんっ……」
「不意を突かれたとはいえ、お前が一撃でやられるなんて……どうやら、勇者墓地はAランクでもトップクラスの実力がある様だな」
Sランク勇者。
その考えはジュデッカの中にはない。
それは墓地の元々のランク判定がEであるためだ。
EランクからSランクへの覚醒など、普通に考えればあり得ない。
そのため彼はその可能性を考慮しなかった。
まあ実際は、その戦闘力はSランクどころではないのだが……
「これはカイーナ達の誘いを受けた方が良さそうだ」
「カイーナ達の誘い?」
「ああ。ビート以外のBランク勇者3人に、一緒に墓地を襲撃しないかと誘われててね」
「んなっ!?」
襲撃。
しかも集団で。
その勇者にあるまじき行動に、アレスは絶句する。
「アレス。ガールフレンドを傷付けられたのはお前だけじゃない。ビート以外は皆、勇者墓地には頭に来ているんだ」
「だからって、そんな卑怯な真似をしなくても……」
「私も気は進まないが、お前を一撃で倒した相手と正面切って戦うのはリスクが高すぎるからな。そもそも……相手は無辜の女生徒を傷つけた悪人で、お前に不意打ちをする様な卑怯者だ。正義は此方にある」
正義は自分達にあり、正しい道の為ならどんな手段も正当化される。
ジュデッカ自体、それが詭弁だと分かってはいた。
だが彼にとって重要なのは、実行するための口実だ。
「そんな風にあいつを倒しても、直ぐに報復されるだけだろうが!」
不意打ちなどで勝ったとしても、相手は決して納得しない。
今度は仕掛けた側が狙われるのは目に見えている。
「墓地からの報復なら気にする必要はない。私の手に入れた情報では、ベヒモス嬢が怒り狂ってゲンブー家を動かしたらしいからな。彼がこの学園に居られるのも、あと数日だ」
自分達に報復する余裕など墓地にはない。
「学園に居られるのは」と口にはしたが、ゲンブー家によって彼が始末されるとジュデッカは踏んでいた。
「だったら……兄貴達の報復自体無意味じゃねぇか」
「そうでもないさ。私達の手で、女子達の仇を取る事に意味がある」
自分達が勇者として正義の誅を下すか、他所に問題を丸投げするかでは、周囲からの評価は全く別物になる。
集団での襲撃は正義を成す為という建前ではあるが、結局彼らは自分達の価値を高める為だけに墓地を襲うつもりなのだ。
「だからアレス。お前も参加しろ」
「ふざけんな!そんな卑怯な真似、誰がするかよ!」
アレスは短気で、少々乱暴者の気質の人物だ。
だがそんな彼の中にも、勇者としての誇りがあった。
だから卑怯な真似には決して手を貸さない。
「まあお前ならそう言うと思ったよ」
ジュデッカもそんな弟の性格を把握しているので、返事は初めから理解していた。
なので誘ったのは一応でしかない。
「まあいいさ……」
彼は首を竦めてアレスに背を向ける。
だが次の瞬間、背後に向かって後ろ脚で強烈な蹴りを放つ。
「がっ!?」
その蹴りは、油断しきっていたアレスの腹部に真面に突き刺さる。
「なに……を……」
「お前は邪魔しそうだからな」
腹部を押さえ膝を付くアレスに、ジュデッカは追撃を加える。
その攻撃に容赦はなく、あっという間に弟を制圧してしまう。
不意打ち込みで考えても、その力は弟であるアレスの実力を大きく上回っている事は一目瞭然だ。
「ぐ……兄貴……」
「2-3日そこで静かにしてろ」
動けなくなった弟を背負い。
ジュデッカが屋敷の隅に、怪我を負ったアレスでは破壊できない結界を張る。
これはアレスを閉じ込める牢獄だ。
「さて、明日カイーナが墓地を人気のない所に呼び出すと言っていたが……」
ジュデッカ達の目的は墓地を倒し、周囲からの評価を得る事だ。
だが、4人がかりで襲う姿を女生徒に見せるのはあまり好ましくない。
だからターゲットを人気のない場所に呼び出し、彼らはそこで奇襲をかける予定だった。
「自信満々だったし、まあ大丈夫だろう」
ジュデッカは帰り際、屋敷の人間にアレスの封印について口外しない様に脅しをかける。
万一アレスの封印が解かれれば、邪魔をされるかもしれないからだ。
「もし誰かが弟を訪ねてきたら、墓地にやられたショックで誰にも会いたくないと伝えてくれればいい」
「は、はい……畏まりました」
「私は約束を破られるのが大嫌いなんだ。きっちり頼んだよ」
ジュデッカは怯える屋敷の使用人達に強く釘を刺し、上機嫌に鼻歌を歌いながら去っていった。
きっと彼の頭の中では、もう既に墓地を倒した先の未来でも見えているのだろう。
――それが決して叶わぬ幻影とも知らずに。
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