第21話 Sランク
「ごめん、今日はちょっと用事があって」
「ふふ、分かっているわ」
授業が終わり、バハムトさんに断りを入れて教室を出る。
向かうのは当然墓地君のクラスだ。
だが教室を出た瞬間、滅多に顔を合わせない人物と遭遇する。
――勇者アレス。
「ビート、お前に聞きたい事がある」
筋肉の発達した巨体に、短髪の赤毛。
自信に満ち溢れた勝気な美丈夫。
それがAランク勇者、アレスの容姿だ。
彼は眉間に皺を寄せ、明らかに不機嫌気に僕に声をかけてきた。
「アレス君、久しぶりだね」
勇者はクラスが全員バラバラだ。
召喚されて直ぐの頃こそ多少は一緒に行動する事もあったが、だがそのうち学園での生活に馴れて来ると、用事でもない限り顔を合わせる事は無くなっていた。
「ああ、久しぶりだな」
「それで?僕に聞きたい事って?」
このタイミングで不機嫌そうな他の勇者に声を掛けられる。
まあ何となく予想はつくが、一応尋ねてみた。
「お前、勇者墓地と仲がいいらしいな?」
「友人だよ」
少なくとも、僕はそう思っている。
墓地君の方がそう思ってくれているかは、果てしなく怪しいが。
「そうか……俺の女が、覚醒して調子に乗ってる墓地の野郎に酷い目に合わされた。だからこれからそのケジメを取りに行く」
「……」
墓地君は全校生徒の3分の1近くに制裁している。
その中に、他の勇者の友人や深い仲の相手がいてもおかしくはない話だ。
「お前とは仲が良いって耳にしてたからな。先に言っておく」
気を利かして事前に僕に声をかけた……という訳ではないだろう。
これは邪魔をするなら容赦しないという、アレス君からの警告だ。
「勇者同士で……」
争いなんて止めるんだ。
そう言おうとして、僕は言葉を飲み込む。
墓地君があれだけ無茶な真似を平然とやってのけるのは、覚醒で得た自分の力に過剰なまでの自信があるからに他ならない。
墓地君の力は恐らくAランク相当。
同ランクの勇者であるアレス君と戦えば、きっと自身が無敵であるという勘違いは払拭されるはずである。
そう、これはチャンスなんだ。
彼の考えを改めさせる為の。
「分かった。君の邪魔はしない。だが僕も同行させて貰うよ」
ないとは思うが、どちらかの命が危なくなる様なら僕が割って入らせて貰う。
勿論、Bランクである僕にAランクの二人を止める事は出来ない。
だが僕には、バハムトさんから護身用に――ベヒモスさんの所で墓地君にやられた事で、身を守る様にと――預かっている宝器がある。
それを使えば、二人の戦いを止める事位は出来るはずだ。
「ああ、いいだろう。何だったら、お前と墓地の二人がかりでも俺は構わないんだぜ?」
アレス君はそう言うと、ニヤリと笑う。
彼も自分の力に並々ならない自信がある様だ。
「僕はそんな卑怯な真似はしない」
「ふ、そうか」
僕はアレス君と二人で墓地君の教室へと向かう。
彼のクラスに着くと、丁度教室から出てきた墓地君と鉢合わせした。
「なんだビート?また勧誘か?」
「いや、そういう訳じゃないよ。今日は――」
「墓地。お前に用があるのは俺だ」
アレス君が僕の言葉を遮る様に墓地君の前に立ち、その怒気を漲らせた鋭い眼差しを彼へと向ける。
「へぇ、何の用だ」
喧嘩を吹っ掛けに来た事は、流石に一目瞭然だ。
だが墓地君は剣呑な雰囲気なアレス君相手に臆する様子もなく、口の端を楽し気に歪める。
まるで相手を挑発しているかの様に。
「俺の女が、お前の世話になった様だからな。その礼をしにき――」
アレス君の言葉が突然途切れ、彼の巨体が開いていた廊下の窓から校庭の方へと飛んでいってしまった。
「彼女を矯正してやったお礼に、態々俺に殴られに来るなんて。まさに勇者の鑑だな」
「……」
……見えなかった。
墓地君が攻撃したのは明らかだ。
だが、その攻撃の軌跡を僕は全く捉える事が出来なかった。
それはBランクである僕だけではなく、反応できていなかった事から、Aランクのアレス君も同じだろう。
とんでもないスピードだ。
そして――
窓に寄って校庭の方を見ると、そのど真ん中にアレス君の巨体が転がっている。
急に飛んで来た彼に驚く女生徒達が騒ぐ中、その体はピクリとも動いていない。
「別に死んじゃいねーぞ。ちゃんと加減したしな」
不意打ち気味だったとはいえ、Aランクであるアレス君を手加減して一発ケーオー。
そのスピードといい。
パワーといい。
桁違いだ。
――Sランク勇者。
そんな言葉が脳裏をよぎった。
実際、そうでなければ説明できない強さだ。
どうやら僕は、完全に彼の力を見誤っていたみたいだ……
「用がないんなら、俺はもう帰るぞ。じゃあな」
「ああ、うん。また……」
何事もなかったかの様に墓地君は去っていく。
Aランク勇者との争いすらも、彼にとって意に介する必要がない。
そう言わんばかりに。
だがSランク勇者なら、それも頷ける。
「どうりで学園が墓地君を庇う訳だ。これならバハムトさんからの提案を飲む必要は無さそうだね」
Sランク勇者なら、その立ち回り次第でゲンブー家とも渡り合える可能性はある。
それに、この事実をバハムトさんに話せば、きっと彼女の庇護を受ける事も出来るだろう。
何せSランクだ。
スザーク家からすれば、喉から手が出るほど欲しい人材に違いない。
きっと墓地君に貸を作るため積極的に動いてくれる筈。
最悪、墓地君を救うためにバハムトさんと……
そう考えていたけど、その必要が無くなった事で肩の荷が下りた様な気分になる。
「さて、アレス君の介抱をしてあげないと」
僕は窓から飛び出し、気絶しているアレス君の元へと向かう。




