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3)生者との面会

 レスターが、いつか来るだろうと思っていた男が来た。


 ここは、罪人の塔だ。飾り気のない近習の制服のままであっても、座った姿すら美しい男には、あまりにも、不釣り合いな場所だった。


 歴史が古く、高潔で知られる男の一族には、相応しくない場所だ。

「武王マクシミリアン様の子孫ともあろう御方が、このような場所にいらっしゃるとは」

レスターの言葉にも、ロバートは顔色を変えなかった。


「取り調べでは、明らかにされなかったことを、知る必要があると考えましたので、参りました」

死刑囚となったレスターが相手であっても、ロバートは態度を変えない。あまりの徹底ぶりに、レスターは笑った。

「はっ、武王マクシミリアン様の子孫だというのに、随分とご丁寧なことだ」

レスターが嘲っても、ロバートは気に留めた様子もなかった。


 王太子アレキサンダーを排斥するときに、ロバートが障壁となることはわかっていた。差し向けた刺客を利用して、死を装い、こちらの油断を招いた強かな男だ。丁寧な口調であっても、腹の奥などわからない。レスターは歯噛みした。


「なぜ、あのような事件を起こされたのですか」

ロバートの声には、何の感情も無いかのようだった。

「理由か。お前に、お前などに、何がわかる」

レスターの哄笑が、牢に響き渡ったが、ロバートは鉄格子の向こうで、椅子に腰掛けたまま、ただ静かに座っていた。


 レスターが、笑い疲れ、息を切らしても、ロバートは静かに座っていた。

「平民をリラツの王族に仕立て上げ、国王の座に据え、そのあと、何をなさるおつもりでしたか」

「決まっているだろう。あの男を傀儡に、私がこの国の実質の王になるのだ。下らぬ邪魔をしおって」

レスターが怒鳴っても、ロバートは動じない。


「傀儡の王を隠れ蓑に、実権を握り、この国をどう導かれるおつもりでしたか」

「何」

「この国に、何をもたらすおつもりでしたか」

ロバートの淡々とした声が、石の壁に吸い込まれていく。

「何が、言いたい」

レスターの耳に、(うつ)ろに(むな)しい自らの声が、響いた。


「近いところで言えば、メイナード様は、民が飢えることのない国を目指されたそうです。幼い頃からの逃亡生活で、飢えの苦しさを経験されましたから。民は、貧しい生活でありながら、幼子であったメイナード様に食事を分け、寝床を提供してくれました。その恩に報いたいという思いもおありだったそうです」

リヴァルー伯爵家が存在していなかった時代を、近いといったロバートの背負う歴史に、レスターは歯噛みした。


「始祖様、マクシミリアン様は、双子の弟君アレキサンダー様のために、敵対勢力を排除されました。それ故に武王様と讃えられるようになりました。アレキサンダー様は、双子の兄君が、命がけで手に入れた民や土地を、慈しみの心で治めました。それ故に賢王様と讃えられるようになりました」

ロバートの静かな声には、何ら気負うものがなさそうだった。


「あなたは、この国に、この国の民に、何をもたらすおつもりでしたか」

「そういう貴様は、何を、考えている」

噛み付くようなレスターの怒鳴り声にも、ロバートは顔色一つ変えなかった。

「私ですか。一つには、親が子を育てることを、諦めずに済むようにできたらと思います。他にも、親が育てられなかった子を、国が育てるように出来たらと思っています」

「ローズか」


 ようやく、レスターの言葉に、ロバートが僅かに眉を顰めた。

「あの子の親は、あの子を育てる事ができなかった。せめて、生きることができるようにと、孤児院の前に置き去りにしたと、ローズは信じています。私はただ、親を知らないままに慕うあの子を、哀れに思っていました。今は、あの子を手放さざるを得ず、育ったあの子を知らない親も、哀れだと思っています」


 ロバートの言葉に、レスターは己の器の小ささを悟った。傀儡を操り、権力を握る以外、考えていなかった。高尚な目的など無かった。権力を握り、その先など、考えていなかった。全て己の私利私欲だ。


「国をどう導くかなど、考えていなかった。神が、私に味方するはずなどなかったと、いうことか」

己が哀れで滑稽で、レスターは笑った。涙を流した。

「武王様の血を引くなどという、世迷い言を信じた私が馬鹿だった」

凪いだ表情のまま、こちらを見つめるロバートに腹が立ってきた。

「いい様だろう。武王様の子孫、無様な私を見て満足か」

レスターの罵声にも、ロバートは表情を変えなかった。


「あまりに古い時代のことです。全ての子孫を、本家が把握しているわけではありません。最も大切なことは、始祖様から受け継いだ理念です」

「何、だと」

わけのわからない話だった。

「理念です」

疑問だと、解釈したのだろう。ご丁寧にロバートは言葉を繰り返してきた。

「何のことだ」

レスターは喚いた。


「精神性とも言えます。それ故に、我々はかつて、狼と呼ばれました」

「何が言いたい」

レスターが喚こうが怒鳴ろうが、鉄格子を揺さぶろうが、ロバートは一切動揺しない。作り物のようなロバートが、レスターは、薄気味悪くなってきた。


「何も」

ロバートは微笑んでいた。

「己の私利私欲で身を滅ぼしたあなたに、掛ける言葉はありません」

「何が言いたい」

レスターは叫んだ。


「理念に形などありません。仕方ありません。死刑囚ですが、長く宰相を務められた御方です。一つ、実例を挙げましょう」

ロバートが微笑んだ。


「武王マクシミリアン様、賢王アレキサンダー様、お二人の奥方であった、賢妃ソフィア様、姫騎士ヴィクトリア様は、お互いの大切な家族を愛し、お互いの大切な家族のために、お互いに全力を尽くされました。後世の人々に讃えられるようになりました」


 子供でも知るライティーザの建国記の一節をロバートは口にした。その先の文章も、誰でも知っていることだ。

「名声を求めたわけではありません。素晴らしい行いをなさったので、名声が与えられたのです」

子供騙しの説教じみた一節を口にしたロバートが、立ち上がった。


「あなたにとって、大切なものは、何でしょうか。あなたはそれを、大切にされましたか」


 レスターは、突然足元が崩れ、己が奈落の底に突き落とされたように感じた。

「では、お時間をいただきありがとうございました」

ロバートは優雅に一礼し、レスターの返事も待たずに去っていった。


 翌日、男は絞首刑となった。前日の面会以降、死刑囚は何も語らなかったと、記録には記されている。


ロバートは、レスターが、何のために、王権簒奪を狙ったのか知りたかっただけです。現在の国の体制に、どういった問題があるのか、情報収集が目的でした。


 幕間のお話にお付き合いいただきありがとうございました。本編でも、何卒よろしくお願いいたします。

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