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2)死者との面会

 予想とは全く違う人物が、鉄格子の向こうに居た。


 女だ。王太子宮のお仕着せを来て、ベールで顔を覆った女がいた。やって来たのに、何も言わない女を、レスターはじっと見つめた。


 女が、ベールを外した。その顔を見て、レスターは息を飲んだ。

「お前は、マーガレットか」

見覚えのある顔に、見覚えのある痣があった。


「マーガレット・リヴァルー様は、既に死亡届が提出されています」

聞こえてきたのは、間違いなく、マーガレットの声だった。

「お前は、最初から、王太子宮殿にいたのか。裏切り者めが!」

「裏切るなど。マーガレット・リヴァルーは亡くなっています。死人が、如何様にして、人を裏切るのでしょう」

「お前は!」

レスターが、鉄格子に取り付いて叫んだ時、男が女の前に立ちはだかった。


 王太子宮の近習の制服を着た、目つきの鋭い男が居た。

「貴様、何者だ」

「愛する妻を、理由も無く怒鳴りつける死刑囚に、名乗る名などありません」


 男の言葉を理解したとき、レスターの中で怒りが一気に膨れ上がった。

「貴様、裏切り者め、男なんぞに騙されおって」

怒鳴りつけたが、マーガレットと同じ顔の女は、表情を変えなかった。記憶にあるマーガレットとは違う反応に、レスターは戸惑った。怒鳴りつければ、怯えて泣くだけの、御しやすい娘だったはずだ。


「マーガレット・リヴァルー様は亡くなっておられます。死亡届を提出されたのは、あなたです」

男が言った。

「貴様が死なせた。籍を奪っておいて、何を今更、裏切り者か?下らねぇ。何も言わずに、雇い入れてくださった方々に恩義を感じるのは当然だろうが。貴様は、病気で死にそうになって、何とか助かったことを祝うこともなく、顔に痣が残って傷ついている娘を罵倒しただけだろうが」

突然口調を変えた男の言葉に、レスターは背筋が凍りついた。


「なぜ、お前がそれを知っている」

王太子宮の近習が知るはずのない出来事だ。何をどこまで知られているのだろうか。恐ろしくなった。


「さぁ。何故だろうね」

男は肩を竦めた。

「行こう。帰ろう。無駄だよ」

男は、ベールで顔を隠した女の肩を、優しく抱いていた。


 毎日泣き暮らしていたマーガレットは、ある日突然、屋敷から居なくなった。顔に痣のある女などと、駆け落ちする男がいるわけがない。せいぜい財産目当てだろう。どうせ騙されて、捨てられるだけだ。宝石一つ持ち出さずに、男についていった娘の愚かさに呆れた。


 金の切れ目が縁の切れ目だ。すぐに男に捨てられるだろう。戻って来られても面倒だ。顔に痣がある傷物の女など、貴族との婚姻は望めない。役になど立たない上に、傷物になって戻ってこられて、家名に泥を塗られるくらいなら、死んだことにしてしまえと、怒りに駆られたまま、早々に死亡届を出した。その後、門を叩く者もなく、野垂れ死にでもしたかと、思っていた。


 生きていたなど知らなかった。それも、夫らしい男までいるなど、想像もしていなかった。


「お礼を申し上げましょう。マーガレット・リヴァルー様の死亡届を提出してくださり、ありがとうございました。お陰様で私は妻を得る事ができ、喪うこともありません。ありがとうございました」

男は優雅に一礼すると、傍らに立つ女性を促し、立ち去っていった。


 レスター・リヴァルーの娘、マーガレット・リヴァルーは死んでいる。死人が処刑されることはない。


「裏切り者が」

死刑執行を待つだけのレスターの口からは、呪詛の言葉が漏れていくだけだ。

「いつから、裏切って」

繰り返した呪詛の言葉に、レスターは己の矛盾に気づいた。


 裏切るも何も、マーガレットが姿を消したのは、十年以上前のことだ。当時、今回の計画の影も形もなかった。裏切りようもない。もともと何も知らなかった。蝶よ花よと、権謀術数とは無縁に育てた。可愛らしいだけの娘だった。


 マーガレットは、何のために、死刑囚となった父親に会いきたのだろうか。怒鳴り声に身を竦ませる様子は、姿を消す前と同じだった。泣き出さず、逃げ出さなかったのが違いだろうか。泣き暮らしていた娘を、どう扱っていいのかなどわからなかった。姿を消してから今まで、どうしていたのだろうか。


 何もない部屋で死刑を待つまでの間、考えることが増えた。


 マーガレットは、何のためにきたのだ。姿を消した後、どうしていたのか。


 その答えを知る機会を、自身が壊したことはわかっていた。

 

 


メアリは、父親に、最期の別れの挨拶をするつもりでした。


 父親レスター・リヴァルーが、死亡届を提出し、受理されたため、マーガレット・リヴァルーは貴族に戻ることができなくなりました。蝶よ花よと育てられていたお嬢様は、貴族に戻れないと知り、平民メアリとして生きると、覚悟を決めました。夫エドガーと、息子たちと四人で暮らし、幸せだと思えるのは、あの時に平民となると覚悟出来たからだとメアリは考えています。


 法律上は死んでいますから、父親の罪に連座で裁かれることもありません。


 メアリが口にする前に、レスターが怒鳴ったため、メアリはその先を言うことが出来ませんでした。


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