1)繰り返す問い
夢は終わった。
ライティーザ王国で、長く宰相として君臨してきた男、レスター・リヴァルーは、地位も財産も家名も失った。もはや、ただのレスターだ。レスターという名すら無いのかもしれない。牢番達は、おい、と呼ぶ。それも稀に。
レスターがいるのは、簡素な飾り気のない部屋だ。寝具だけはある。比較的まともな部屋だろう。窓の鉄格子がなければ、牢屋には見えない。
平民をリラツ王国第三王子と偽り王権簒奪を狙った罪、聖女ローズを監禁した罪、武王マクシミリアンの子孫を暗殺しようとした罪、大罪が三つも揃った。極刑は免れないだろう。三つ目の罪を、レスターは、今も信じることが出来ない。あの、家名無しの一族が、武王マクシミリアンの系譜だなど、信じられない。
王太子妃グレースの拉致未遂と、聖女ローズの拉致と奴隷商人への引き渡しが、ダミアン男爵の独断で、レスターが関わっていないことまで知られていたのだ。自己弁護する気すら失せた。
何もかも、失った。
「レスター、お前は武王マクシミリアン様をご先祖様に持つのです。誇り高くあらねばなりません」
母に何度もそう言い聞かされてきた。
母の言葉を信じて、ずっと努力してきた。相応しくあろうとしてきた。その努力が認められ、伯爵家の養子となり、当主を継いだ。宰相として、この国を支えてきた。
二人の国王に仕えた。それに誇りを持っていたはずだった。
三人目の国王となるはずの人物は、本来国王になるはずではなかった。アレキサンダー王子は、母が男爵家出身であるため後ろ盾がない。いずれ母方の家を継ぐはずだった。
王妃の子供達が死産に終わり、王妃自身も死んだことから、王太子の座を得たアレキサンダー王子を見た時、魔が差した。
賢王アレキサンダーの血筋であるというだけで、本来は男爵であるはずの子供が、王太子になるならば、武王マクシミリアンの血をひく自分が、何故宰相なのだと思った。不満は最初、小さな熾火でしかなかった。
リラツ王国第三王子を、正当な血筋の後継者として担ぎ出すという計画を立て、周囲を焚き付けた。計画はリラツ王家に断られ、頓挫した。一連の騒動では、多くの貴族が処刑されたが、焚き付けただけのレスター・リヴァルー宰相は生き残った。
熾火はあの日、消えたはずだった。
リラツ王家第三王子に良く似た男が居るという話に、消えていたはずの熾火は、周囲を巻き込み燃え盛った。たかが平民だ。贅沢を餌に、第三王子に仕立て上げるなど造作ないはずだった。賢いが大人しいローズを妻としてあてがい、傀儡の王の義理の父として、この国を手にできるはずだった。
全てが一瞬で潰えた。
正当な血筋を主張し、自身が武王マクシミリアンの血筋であることを明かせば、血統に重きを置く貴族達は、靡くはずだった。
真っ先に、アルフレッドに、否定された。アーライル侯爵達古参貴族は、武王マクシミリアンの正当なる後継者を知っていると言った。
直後に、あの平民の声が響いた。
武王マクシミリアン様の御血筋であり、狼の当主であらせられるロバート様。
あの男のあの声が、あの顔が忘れられない。王家の側に転がり込み、こちら見た時の狡猾な笑みが忘れられない。
あの男、ケヴィンとか言う平民の言葉は、正しいのか。ロバートが、武王マクシミリアン様の子孫だというのか。自分の罪状を知らされた時、それだけがレスターの驚きだった。
ケヴィンとかいう平民は、贅沢に溺れ、日々自堕落に暮らしているという報告を受けていた。
あの瞬間にあの場で、なぜ、あのようなことが言えたのか。なぜ、あの家名無しの一族の男が、武王様の血筋だと、狼の当主などと言えたのか。何を知っていたのか。いくら、考えても、レスターには、答えは見えてこない。
あの一族は、本当に武王の血筋なのか。狼の当主とは何なのか。
それを、声高に叫んだあの平民、あれは誰だ。何者だ。
殺したはずだったロバートが生きており、計画が失敗し、捕らえられた。数日が、無残な結果に動揺し、呆然としている間に過ぎていった。
我に返ってから、毎日、似たような問いばかり繰り返している。
リラツ王家第三王子に良く似た平民でしかないはずだった。リラツ王家第三王子として担ぎ出した場合に、リラツ王国がどう出るかは予測不能だった。今のリラツ国王は、先王の死去に伴い、新たに就任したばかりだ。何らかの抗議があれば、騙されていたと謝罪し、首を送ればいいはずだった。
金を受け取り、用心棒をしていたような破落戸まがいの平民だ。あのような場で、堂々と振る舞い、まともに喋るなどできるはずがなかった。
あれは、誰だ。
あの古いだけの一族の死に損ないが、武王様の子孫なのか。
私は、武王様の子孫ではないのか。
もう何度となく繰り返している問いに、答えなど無い。レスターは、人の気配に、顔を上げた。
レスターは、自らの罪状は知っています。
ケヴィンが本当に、リラツ王国第三王子ハミルトンであることは、知りません。