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第9話


「ど、どうしたんだラタン君?顔色が悪いぞ?」


ホジッチ大臣に話しかけられて、

僕は乾いた笑いを浮かべた。


「・・・連日、魔法の訓練で死にかけてます。幼馴染が鬼コーチなので」


僕は答えた。

アリシアの訓練は想像の100倍ほどきつく、

毎日ただのんびりと過ごしていた僕には辛いものだった。


いや、たぶん僕じゃなくても辛いかも知れない。

逆に僕じゃなかったら耐えられないのではないだろうか。


「そ、そうか・・・無理をし過ぎないようにな。今日の主役は君たちなんだ、楽しんでくれ」


そう言ってホジッチ大臣は視線を上げた。


ここは王宮の一角にある宴会場。


そこには煌びやかな衣装に身を包んだ貴族や他国からの来賓、国の大商人など、

国のお偉いさんたちが集まっていた。


かく言う僕もまた、

正装に身を包んでいた。


今日は黄金龍王杯の大壮行会。


出場者の10人―――今回は11人、を囲み明日からの健闘を祈るのだ。


正直、場違いだ。

なんというか生まれ持って、華やかさとは対極にいる僕だ。

僕はパーティが始まった時から、壁の花と化していた。


早く終わらないかな。

そう思っていると、

係員が僕のところに来て移動を促した。


どうやら挨拶があるらしい。

うぅ、どうしよう。胃が痛いぞ。



僕が舞台上に上がると、

そこには明らかに存在感の違う10人が並んでいた。


栄光ある黄金龍王杯に選ばれた人たち。

一種の神々しさすら感じるような、

英傑たちがそこにはいた。


僕はなるべく目立たないように、

その列に加わる。


会場中の視線が僕たちに向く。

心なしか、その視線の多くが僕に向かっているように思えた。



「ご来場の皆様、お待たせいたしました。黄金龍王杯に選ばれし、10・・・11人をご紹介いたします」


司会の声と共に、

大きな拍手が巻き起こる。


「それでは左から紹介していきましょう。まずは近衛騎士団の若獅子リック!!」


司会の声にリックと呼ばれた青髪の騎士が手を上げる。

そしてリックは一言二言挨拶をし、

再び会場が拍手に包まれた。


「続いて、紅蓮の魔女ルビー!」


赤いローブに身を包んだ魔女は、

気だるそうに手を上げる。


司会からの質問に、

ええとか、そうとか短く答えた。



紹介は続いていく。


神聖騎士団のエスメラルダ、

帝国警備隊総長ゴーギャン、

西方の聖女マルタ、

豪騎士ゴウセル、

傭兵シン、

王国軍筆頭軍師フェイタン、

賢者の弟子ハリー・・・



誰も新聞で見たことのある顔ばかりだ。


ここに居る全員が第一級の実力を有する実力者たち。

僕は彼らの名前と姿を見ただけですっかりビビっていた。



そして――――


「そして続いては、皆様お待ちかね!人類最強の男、勇者アーヴァイン様です!!!」



そうして一歩前に出たのは、

僕の隣にいた男。


鈍色の鎧を身に着けた、

壮年の男だ。


これまでの9人もまごうことなき傑物であったが、

彼は生物としての格が違うとすら思えた。

隣にいるだけでビリビリとしたものを感じる。



実際に会場にも、

緊張感のようなものが満ちていた。



会場中の人間が、

目の前の男に威圧されている。



これが人類最強の男。

女神に最も愛された者、勇者アーヴァインか。



僕は今更に後悔した。

いや、この2週間も散々に後悔していたんだけど、

ここにきて最高に後悔した。


こうして並ぶと分かる。

自分がいかに凡庸な人物かという事が。


彼らが夜空に輝く一等星ならば、

僕は傷付いたガラス玉だ。


僕は全身がガクガクと震えるのを感じた。



「―――そして最後は、皆さんお待ちかねの人物です!」


司会のアナウンスに身体がビクッと震えた。


「史上初にして前代未聞!!黄金龍王杯の根底を覆す幻の11人目!!魔導士ラタン・アーガイルです!!!」


名前が呼ばれた。

会場のすべての視線が自分へと向く。


僕は思わず目を瞑った。

もしかして罵詈雑言や、

下手をすれば物が投げられるじゃないかと思った。


だが僕の想いとは裏腹に、

会場からは勇者アーヴァインと変わらぬほどの大きな拍手が巻き上がった。


「え・・・え・・・?」


僕は戸惑い、

オロオロとする。


僕が何も答えないから、

会場の拍手は永遠に続き、

増々大きくなっていく。


僕が動けずにいると、

位置的に僕の隣にいた勇者アーヴァインが動いた。


アーヴァインは僕の近くに来ると、

僕にだけ聞こえるように耳打ちをした。


「・・・心配しなくていい。ここの観衆が求めているのは良い意味でも悪い意味でもエンターテイメントだ。君はただ自分の役割を演じればいい」


そう言うとアーヴァインはニコリと笑う。

そして僕の手を握ると、高く掲げた。


アーヴァインのこの行動に、

会場の拍手は最大となる。


僕はその歓声の中、

まるで生きている心地がしなくて、

ただ顔を強張らせていた。


・・・

・・



「あ、あの・・・!」


出場者の紹介と偉い人の話が終わった後、

僕は思い切ってアーヴァインに話しかけた。


アーヴァインは何もかもを見通すかのような瞳で僕を捉える。


「・・あぁ、先ほどはすまなかったな。出過ぎた真似をした」


アーヴァインはそう言うと、

驚くほど簡単に頭を下げた。


「やめてください!こちらこそ、助けていただいてありがとうございました。僕なんか貴方から見れば虫ケラ以下なのに・・・その・・・」


僕もアーヴァインに全力で頭を下げる。

人類最強の勇者に頭を下げさせたことが恐ろしくて仕方がなかった。


それを見てアーヴァインは面食らったような表情を浮かべ、

それから少し笑い出した。


「ハハハ、虫ケラとは稀有なことを言う。今は同じ出場者同士だと言うのに」


その屈託のない笑顔は、

人類最強と言う凶悪な称号とは程遠いものだった。


「・・・ラタン・アーガイル。私は君に興味がある」


アーヴァインは正面から僕の眼を見て言った。


「・・・き、興味ですか?」


「うむ、あの女神が選んだ11人目。そこにどんな意味があるのか、ここまで興味深いことは久しぶりなのだ」


そう言うと、

アーヴァインは係員に呼ばれ立ち上がった。


「すまない、呼ばれてしまったようだ。またゆっくりと話そう」


アーヴァインはそう言って僕の肩に触れる。


「あ、こちらこそ、ありがとうございました」


僕はアーヴァインに再び頭を下げた。


アーヴァインはそれに微笑みで答えると、

会場の向こうに消えていった。


アーヴァインが去った後も、

僕は夢心地といった状態だった。


アーヴァインは人類最強という立場にも驕ることなく、

謙虚で、そして優しい人物だった。


「あれが・・・アーヴァイン・・・」


自分が目指す『最高の魔導士』を体現する人物。

僕はその背中の遠さを改めて感じるのだった。



・・・

・・


「今日で特訓は終わりよ、ラタン」


アリシアが言った。

壮行会の次の日も、

アリシアの特訓には一切の容赦がなかった。


「長かった・・・」


僕はその場に倒れ込む。

気を抜くと魔力の代わりに胃の中身が全部出てきそうだ。

いや、訂正。

胃の中にはもう何も残っていなかった。


「結局、基礎魔法の叩きなおしだけで終わってしまったけど・・・まぁ仕方ないわ」


「うん、そうだね。でもこればかりは・・・」


僕は答えた。

中位以上の魔法の行使には精霊との契約や古文書を必要とする。

僕たちにはそうする時間がなかった。


「そうね・・・直接対決じゃ無理だけど。幸い黄金龍王杯は力比べだけじゃないわ」


アリシアはそう言うと、

鞄の中からバサバサと何かを取りだした。


「これ、ちゃんと全部見たんでしょうね?」

「もちろんさ。読まなかったらアリシアに殺されるからね」

「ララさんがここまでしてくれたんだから、つまらないことで失格になるんじゃないわよ」


それは過去に開催された黄金龍王杯で、

どんな競技が行われたのか詳細に書かれたレポートだった。


ギルド職員の権限を使って、

ララがかき集めてくれた情報だ。

僕はこれを、アリシアの特訓の合間に頭に叩き込んだ。


「・・・分かってると思うけど、黄金龍王杯の一回戦は毎回同じ競技が開催される。実力も大事だけど、必要なのは作戦よ」


アリシアの言葉に僕は頷いた。


「うん、精いっぱいやってみるよ」


・・・

・・



その夜、僕は部屋で一人瞑想をしていた。

これはアリシアに言われたメニューで、

訓練で使った魔力を回復させるものだ。


明日から黄金龍王杯が開催される。


僕が活躍できるビジョンは今なお全く浮かばないけど、

それでもやってやろうという気持ちになっている。


そう言えば、と僕は思う。

これだけ前向きになれたのはいつ振りだろう。


思えば、あの夏から常に頭の中に靄がかかったように陰鬱で、

何にもやる気が出なかった。


「少しは僕も変われたってことなのかな・・・」


僕はそう言って、

黄金龍王杯というきっかけをくれた女神様と、

僕を支えてくれる仲間たちに感謝した。


そうするとまた一つ胸の中が暖かくなって、

身体に活力が満ちるような気がした。




だがその時、部屋を照らす魔力灯が消え、

突如部屋が暗闇に包まれる。



「・・・なんだ?」



僕は瞑想を止め、

部屋に注意を払った。。



先ほどとは空気が明らかに変わり、

冷たく、重たい空気が部屋に満ちていた。




そして―――


『まったく、女神サマも余計な事をしてくれるよナ』


どこからともなく声が聞こえた。

頭の中に響くような不思議な声だった。



『せっかくココまで美味しく育てたの二、すっかり前向きになってくれちゃっテよ』


「誰だ!」


僕は部屋の暗闇に向けて叫ぶ。


『・・・誰ダ、なんて冷たい事言うなヨ。相棒』


「相棒・・・?僕はお前なんか知らないぞ?」


『ケハハハ、そりゃそうさ。でもな俺はお前をよ――――く知ってるゼ?』


「僕を知ってる・・・?お前は一体なんだ・・・?」


僕は疑問を投げかけた。


『・・・よーく思い出してみナ。お前も俺を知ってるハズだぜ?』


「思い出して・・・?」


謎の声の言葉に、

僕は奇妙な違和感を感じた。


確かにこの声、

僕はどこかで聞いたことがある。


だけどそれがどこだったのか思い出せない。


無理に記憶を思い出そうとして、

僕は側頭部にズキッと痛みが走るのを感じた。



『ケハハ、やっぱ難しいカヨ。まぁ契約だからナ。本当に、本当に困ったら俺の名前を呼びなヨ。まぁ、思い出せたらの話だけどナ。ギャ―ハッハッハ!!』


「待て、お前は・・・」


次第に強くなる頭痛に、

僕は意識が遠のいた。


まずい。

そう思うと同時に、

僕は全身の力が抜けていくのを感じる。



『じゃあ、いただくゼ?しばらく見逃してたから楽しみでしょうがねぇヤ』


僕はその言葉にもう答える事が出来なかった。


代わりに、

開かれた瞳で確かに見た。


部屋の暗闇が形を為し、

蠢きながら僕に近づいてくるのを。



『イ タ ダ キ マ ス』



僕はその言葉を最後に、

意識を失った。


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