第7話
アリシアと会話した次の日から、
僕はなるべく外出を控えた。
一人でゆっくりと考えたかったし、
なにより世間の反応が怖いと思った。
だから代わりにベッドに寝ころびながら、
黄金龍王杯の事を考えながら数日を過ごした。
魔導映写機では黄金龍王杯を盛り上げるための番組が連日放送され、
当然僕の事も話題に上る。
他の選手に比べて地味で無名な僕は、
悪目立ちしていた。
史上初めての、
黄金龍王杯11人目の参加者という肩書もそれに拍車をかけた。
僕はいつの間にか似顔絵で紹介され、
謎の魔導士として祭り上げられていた。
報道は過熱し、僕が銅級であること、
地下道の浄化をして日銭を稼いでいる事などが徐々に世間に明るみとなる。
ある日、魔導映写機で次のようなやり取りがあった。
『黄金龍王杯史上初めての11人目の参加者、ジンバさんはどう思われますか?』
司会に促され、黄金龍王杯の研究家と紹介されたジンバなる人物が語る。
『・・・こんなことは前代未聞ですね。王宮では不正や誤りの線でも捜査を続けていると聞いています』
『不正、ですか?』
『ええ。異例の出来事ですからね。女神様のご意志、とは言いつつも両面の調査は行うでしょうね』
『このラタンという魔導士についてはどう思われますか?』
『私の調査によると明らかに実力不足です。黄金龍王杯に相応しい参加者とは言えないでしょう。彼は――――』
そこまで聞いて、僕は魔導映写機を停止した。
勝手なこといいやがって。
僕はそんな事を思った。
そんなの言われなくても分かっている。
誰よりも僕が僕のダメさを理解している。
だけどこんなに正面から否定しなくてもいいじゃないか。
世間の認知を知って、
僕は途端にネガティブな気持ちになった。
うん、やはり僕は黄金龍王杯には出るべきじゃない。
僕は相応しくない。
実力不足は明らかだし、
逆に女神様にだって失礼じゃないか。
そう考えて、僕は宿を出ることにした。
これ以上、魔導映写機を見たくなかったし、
かといってやることもない。
ホジッチ大臣への上手いお断りの言葉も考えねばならない。
・・・
・・
・
久しぶりに外に出ると、
そこは今までとは別世界に思えた。
街は黄金龍王杯一色と言った感じで、
そこら中に女神様と精霊たちを象る装飾が溢れていてた。
よく考えれば、王都で黄金龍王杯を迎えるのは初めてだった。
それから僕の身に起きた変化もあった。
「ねぇねぇ、もしかしてあれって・・・」
「あれ?あんたもしかしてラタン・アーガイル?」
「黄金龍王杯の人だ!」
今や僕は、ちょっとした有名人になっていた。
どこに行くにも声をかけられて、
黄金龍王杯の注目度の高さを改めて実感した。
僕はなんだか怖くなって、
耳をふさいで走り出した。
ただただ人の視線が怖かった。
・・・
・・
・
「ラタンさん!?」
僕がギルドに顔を出すと、
真っ先にララさんが駆け寄ってきた。
「よかった、心配してたんですよ!」
そう言ってララは心配そうに僕を見つめた。
「はは、すみません・・・」
僕は引きつった笑いで答える。
ここまでほぼ全力で駆けてきたから息が上がっていた。
「大丈夫ですか?その・・・私・・・何もできず・・・」
ララさんはかなり心配してくれているようだった。
彼女の優しさが身に染みる。
今の僕にとってはありがたすぎる話だった。
「・・・大丈夫です。ララさん、心配していただいてありがとうございました。それより―――」
僕はギルドの内部に目を向けた。
そこはかなり荒れていて、
真新しい破壊の後が見えた。
まるでギルドで大喧嘩でもあった後のようだ。
「何かあったんですか?」
僕は尋ねた。
「それが・・・実はユリウスさんが・・・」
僕は思わぬ人物の名前が出たことに驚いた。
「ユリウス!?あいつが何かしたんですか?」
「あ、いえ・・・実は・・・」
「?」
ララさんはとても言いづらそうにしていた。
「実はラタンさんが王宮の使いの方に連れて行かれた後に、ギルドの中が大騒ぎになったんです」
「あ、ええ・・・そうでしょうね」
ギルドの魔導士にしてみれば、
路傍の石くらいに思っていた僕が選ばれたのだ。
戸惑うのも当たり前だ。
「それで・・・騒ぐだけならいいんですけど・・・一部の人がその・・・ラタンさんの悪口を・・・」
「あ、あぁ・・・それはそうですよね」
それも当然だ。
僕は銅級。
魔導士ギルドの中でも下の下。
選出される意味が分からないし、
不正を疑われるのも当然の身だ。
僕だって僕自身が選ばれる理由なんて一つもないと、今でも確信している。
「で、それとユリウスと何の関係があるんです?」
僕は尋ねた。
「その・・・ラタンさんの悪口を聞いていたユリウスさんが怒りまして、その魔導士たちと大喧嘩になってしまったんです」
「ユリウスが!?」
「はい、いつも紳士なユリウスさんとは思えないほど怒ってらして、それで――――」
僕はそれを聞いて、
胸が熱くなるのを感じた。
いつも僕に突っかかってくるユリウス。
貴族出身という事でプライドが高いやつではあるが、
少なくともそのことを鼻にかけて僕を貶めるようなことはしなかった。
「あいつは・・・大丈夫なんですか?」
「ええ、幸いにも回復魔法の使い手がギルドに常駐してますので。怪我を負った人も今は回復してます。ただ―――」
「ただ?」
「喧嘩両成敗ということで、ユリウスさんも謹慎中です。しばらくギルドには立ち入り禁止かと」
ララが言った。
「そうですか」
僕は短く答えた。
「ごめんなさい、ユリウスさんにはラタンさんには黙っているように言われていたのですが・・・」
「あいつらしいですね。分かりました、このことは聞かなかったことにします」
「はい!・・・あのラタンさん?」
「はい?」
「その・・・黄金龍王杯には参加されるのですか?」
ララは申し訳なさそうに尋ねた。
「・・・ちょっと迷っています。その、やはり僕なんかじゃ相応しくないと言いますか・・・」
僕は答えた。
「私は、その・・・ラタンさんが出たら、誰よりも応援します・・・」
ララさんの言葉に僕は驚いた。
「・・・ララさん?」
「ラタンさんの事を悪く言う人もいるかも知れません。私は弱くて臆病ですから、ユリウスさんみたいにその人たちに立ち向かうことは出来ないけど・・・けど、そんな悪口がラタンさんの耳に入らないくらい、大声で応援します」
ララさんは今にも泣きそうな顔でそう言った。
彼女もまた僕を心配してくれているのだ。
ユリウスといい、
ララさんといい、
どうしてこんなに僕を熱くさせるのか。
「あ、りがとうございます・・・」
僕は答えた。
気を抜くと涙が出てしまいそうだ。
「・・・いえ、差し出がましい事を言ってしまって申し訳ありません」
ララは頭を下げ、
それでは仕事があるのでと言ってギルドの奥の方へ戻っていった。
心なしか顔が真っ赤だった気がするが、気のせいだろう。
「・・・応援します、か」
僕は呟いた。
アリシア、ユリウス、ララさん。
僕の周りの人は、僕が黄金龍王杯に出ることを応援してくれている。
明らかに場違いで、
明らかに実力不足な僕なのに。
僕は頭の中のモヤモヤを払い、
ギルドを後にした。
・・・
・・
・
「久しぶりだね、ラタン君」
そう言って僕の目の前に座ったのは、
かなりやつれた様子のホジッチ大臣だ。
「あの・・・大丈夫ですか?」
僕は素直に心配になり、そう尋ねた。
ホジッチ大臣は疲労から目の下に隈がたまり、
明らかに人相が悪くなっていた。
「・・・ああ、大丈夫さ。ただ君の件、つまり11人目の参加者について方々で調整や調査を余儀なくされてね。ハハハ、この一週間は碌に眠れていないんだよ」
そう言ってホジッチ大臣はハハハと乾いた笑いを浮かべた。
額には脂汗がにじんでいた。
「なんか・・・すみません・・・僕のせいで」
僕はいたたまれない気持ちになって、
ホジッチ大臣へ謝罪した。
「いや!君のせいなどではない、まったく気にせんでくれ。それに状況的には君の方が大変だったろう?」
ホジッチ大臣は一連の報道や人々の噂の件を言っているようだった。
「はい・・・ですが・・・友人たちが守ってくれましたので」
僕は短く答えた。
「そうか、それはいい友人を持ったね」
ホジッチ大臣はニコリと笑った。
「今日はマリヴェラさんはいらっしゃらないんですね?」
僕は気になっていたことを尋ねた。
僕たちがいるのは先日と同じ執務室で、
今日は二人きりだった。
「あぁ、彼女には今回の件の調査を依頼していてね。向こうも向こうで難航しているようだ」
「・・・何か分かりましたか?」
僕の質問にホジッチ大臣は、首を横に振る。
「いや、ダメだ。歴史をみても黄金龍王杯に10人以外が選出されたことはない。だがそれも当然なのだ。10人以下でも以上でもなく、10人と言う数に意味があるのだから」
「意味、ですか?」
僕は尋ねた。
「あぁ、それはだね――――」
「10人の挑戦者は、かつて女神様と共に戦った10人の光の戦士に准えているからです」
そう言って会話に割って入ってきたのは、
扉から入ってきたマリヴェラさんだった。
「おぉ、マリヴェラ。大丈夫なのか!?」
ホジッチ大臣が尋ねる。
「えぇ、ラタンさんと会話することが重要だと思いましたので。調査は区切りをつけて参りました」
「そうか・・・」
「あの、光の戦士と言うのは・・・」
僕は尋ねた。
「ラタンさんは魔導学園の出身でしたね?女神学は学ばれなかったのですか?」
マリヴェラが尋ねる。
「あの・・・受けたような気もするのですが、僕は落ちこぼれていましたので」
僕は素直に答えた。
女神学と言うのは歴史でもあり、魔法の授業でもある。
つまりは女神とその眷属に関係する学問であった。
「いいでしょう。光の戦士と言うのは、女神様と共に魔神と戦った戦士のことです」
「魔神と・・・」
「えぇ。聖典によれば、女神は人間の中から秀でた者を選び、その力を与えました」
「力を・・・?」
「そうです。彼らは愛情、勇気、希望、友情、武力、知力、高潔、人徳、不屈、献身。いわゆる女神の十徳を有していました」
「はぁ・・・」
僕は気のない返事をした。
確かに学園の授業で習ったような気もするが、
ほとんど覚えていない。
僕の反応に、
マリヴェラさんがため息を吐く。
「黄金龍王杯に選ばれる10人は、その女神の十徳を体現する人物と言われています」
僕は出場者たちを頭に浮かべる。
なるほど、たしかに女神の十徳を象徴する人物と言われてもおかしくはない人たちばかりだ。
「じゃあ、11番目に選ばれた僕はなぜ選ばれたと言うんですか?やはり女神様の勘違い・・・?」
「それは・・・」
僕の言葉に、マリヴェラさんが一瞬何かを迷うような表情を浮かべた。
「・・・マリヴェラ」
そう声を掛けたのはホジッチ大臣だった。
ホジッチ大臣はマリヴェラに対して首を横に振る。
どういうことだろう。
「すまない、ラタン君。君が選ばれた理由はまだ調査中だ。だが先日も伝えた通り、君には黄金龍王杯に出て欲しいと思っている」
ホジッチ大臣が言う。
「それは・・・命令ですか?」
僕は尋ねた。
「・・・王命と取ってくれても構わん。君は貴族でもないが、大臣としては、君にも自国の王の命令に従うくらいの愛国心は有していて欲しいと願う」
ホジッチ大臣が申し訳なさそうに答える。
「ラタンさん、どうかこの国の安寧のために、お願いいたします」
そう言うとマリヴェラさんが頭を下げた。
「・・・頼む、ラタン君。君に集まる批判や問題は王家がなんとかする」
ホジッチ大臣も頭を下げた。
この国の重鎮二人に頭を下げられるという状況に、
僕は意識が遠のきそうになった。
そんな中で考えたのは、
魔導映写機の向こうで僕を非難する世間の声と、
それとは逆に、僕を励ましてくれるアリシア、ユリウス、ララさんの存在だった。
「・・・わかりました」
僕は短く答えた。