第6話
「私は中継の時、宮廷魔導士団の本部で仕事をしていたんだけど・・・死ぬほど驚いたわ」
アリシアが言う。
「・・・僕もさ」
僕はアリシアの煎れたハーブティーを飲みながら答えた。
「ねぇ、ラタン。貴方、結局エントリーしていたの?あれだけ嫌がっていたのに」
アリシアの言葉に僕は首を振る。
「・・・してない。僕がそんなことすると思う?」
ホジッチ大臣たちにしたのと同じような弁明をする。
「そうよね。貴方のネガティブさ筋金入りだし、それに目立つのも嫌いだものね」
アリシアは少し笑って答えた。
「それで?王宮に呼ばれたんでしょ?なんだって?」
アリシアが尋ねた。
「それが―――」
僕はホジッチ大臣とマリヴェラさんとの会話をアリシアに伝えた。
「うーーーん。国のトップから直々にか・・・、陛下も認めてるんじゃ、参加する以外には選択肢はないわね。ラタンもこの国の国民だし」
「アリシア!?」
「だってそうでしょ?それこそ、この国から逃げ出しでもしない限り無理なんじゃない?」
「でも、それは・・・」
「大臣まで出てきちゃって、断る手段があるなら逆に教えて欲しいわね」
そう言ってアリシアが笑う。
アリシアはすっかり気分を切り替えていて、
今はこの状況を面白がっているようにも思えた。
「アリシア、冷静に考えてくれよ。他の参加者を見たろ?僕なんか場違いだよ」
僕は弱々しく言った。
「あら?」
アリシアが立ち上がる。
「私はそうは思わないわ」
アリシアはそう言って笑う。
「私の中でラタンは、あの頃のままよ。私、ううん。他の誰よりも魔法をうまく使えていたあの頃のラタンなら、黄金龍王杯だって決して無理な話じゃないわ」
「・・・アリシア」
「それに、これはチャンスよ?ラタン。貴方が自信を取り戻して、そして一流の魔導士になるための」
「一流の・・・」
「村を出る前に二人で誓ったじゃない。二人で一流の魔導士になって、それでもう一度お師匠様に会おうって」
アリシアが言った。
「それは・・・」
僕は彼女の言葉にハッとする。
それは確かに二人でした約束だった。
王都に来た頃にはよく口にしていたけど、
僕がこうなってからはお互いに口に出すことはなくなっていた。
だがアリシアの目を見て理解する。
彼女はずっと待っていてくれたのだ。
僕が前を向くことを。
もう一度彼女と同じ夢を目指すことを。
僕はなんだか、心の中に温かいものが溢れてくるような気がした。
「・・・アリシア」
僕は何も言えないでいると、
アリシアはバシンと背中を叩いた。
「痛ッ!?」
「気軽にやりなさいよ!別に負けても恥をかくだけで、死ぬわけじゃないんだから!!」
アリシアに叩かれた部分がジンジンと痛む。
その痛みは全身に伝播して、
僕の心のどこかに宿ったような気がした。
「・・・うん、そうだね・・・やるだけやってみようかな・・・」
それはネガティブな僕が発したとは思えないほど前向きな言葉で、
僕は久しぶりに自分の未来にワクワクしたものを感じていた。
僕は心の中で、幼馴染に感謝した。
・・・
・・
・
国中の優秀な人材が集まる王都魔導学園。
僕はその入試試験で、
断トツの成績をたたき出した。
魔力量、魔力の濃度、操作。
それから身体能力から、思考力に至るまで。
ありとあらゆる分野で過去最高の得点を記録したのだ。
学園の教師たちはこぞって僕を持て囃し、
天才だの、将来の偉人だのと言って褒め称えた。
『王国の神童』とは、その時に付いたあだ名だ。
あれだけの環境で僕が天狗にならなかったのは、
師匠とアリシアの存在が大きい。
学園に入ってから理解したが、
師匠はどうやらかなり凄腕の魔導士だったようだ。
実際、教師も含め魔導学園の中には師匠を超えるような魔導士は数えるほどしかいなかった。
魔法の発動も、威力も、僕たちの記憶の中の師匠の魔法に勝るものはなかった。
だから僕の中では、
僕は師匠の足元にも及ばず、
いつまでも未熟なのだと感じていた。
学園に入ってからも、
僕は水を得た魚のように魔法を学んだ。
それこそ魔導学園の書庫に籠っては、
朝から晩まで百年を越えた古文書を解読した。
アリシアが隣にいて、
魔法を好きなだけ学べる。
それは僕にとって、とても幸せな日々だった。
だが幸せな時間は長くは続かなかった。
学園の一学期が終わり、最初の夏休み。
僕は王都からはかなり離れたところにある聖域を目指していた。
その時、アリシアには別の用事があって僕は一人だった。
聖域とは簡単に言うと、
女神様の魔力が満ちた場所のことで、
たとえば泉や洞窟や神殿がそれにあたる。
人々はそこで祈りを捧げることで、
女神の眷属である精霊の力を得ると言われている。
また場所によっては魔法ではなく【ギフト】を得ることも出来る。
精霊には様々な種類がいて、
それぞれ与えてくれる力は異なる。
僕が訪れた聖域は、
たまたま学園で見つけた古文書に書かれていた場所で、
とても濃密な女神の魔力が溢れる場所だった。
だが――――
実は僕はその聖域のことを何も覚えていない。
それどころかどこにあるのかも、
どんなところだったのかも一切覚えていないのだ。
聖域を訪れたはずのその数日のことは、
ぼんやりと靄にかかったように思い出せず、
アリシアに何があったか聞かれても、
何も答えることが出来なかった。
なんだかそれが怖くて。
そして申し訳なくて。
僕は自分がひどく情けないやつなのだと思うようになった。
僕は聖域から帰ってきて、
残りの夏休みの間ずっと家に引きこもっていた。
アリシアが尋ねて来ても、
心配した教師や友人たちが尋ねて来ても、
僕は誰とも会わなかった。
その代わり、
僕は自分自身の内面と深く深く向き合うことになった。
まず王国の神童と言われている事が途端に恥ずかしくなり、
それに少し気分が良くなっている自分にも鳥肌が立った。
それから自分の魔法の実力。
認められていると言ってもそれはあくまで学生としてで、
世界には僕なんかより優秀な魔導士がいくらでもいると思った。
師匠は僕に才能があると言ったけど、
それはただの気まぐれのお世辞で、
僕たちに興味を失ったから会いに来ないのだとしか思えなくなった。
僕なんか大した存在じゃない、
僕なんか優秀じゃない、
僕なんか、
僕なんか、
僕なんか・・・
そうして朝から晩まで自己否定を続けて、
僕は自分自身が壊れていくような気がした。
夏休みが明けたころ、
かつて王国の神童と言われた僕はそこにはいなかった。
ネガティブで、
とにかく人の視線を恐れる今の僕が出来上がったのだ。
僕はもう口が裂けても、
一流の魔導士になりたいなんてことは言わなかった。