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第5話


広場のどよめきが消えないまま、

魔導映写機(ラクリマ)の中継は打ち切られた。


中継が終わった後も、僕はその場を動く事が出来なかった。


ユリウスやララさんが何かを話しかけていたような気がするが、

僕は茫然自失といった状態だった。


震える足を止めようと手で押さえつけるが、

その手すらも震えていることに気が付く。


悪い冗談だよな?

僕はそんなことばかりを考えていた。



その後いつの間にか騎士たちが魔導士ギルドにやってきて、

僕を王宮へと招聘した。


兵士たちに連れられ王宮へ向かうその光景は、

招聘と言うよりも連行に近かった。


もちろん兵士たちは僕に対して紳士的で、

時折気遣うような言葉すらかけてくれたけど。

僕はそんな言葉が耳に入ってくるような状態ではなかった。



・・・

・・



「ラタン・アーガイルさん、こちらへ」


「はい」


僕は短く返事をし、

案内をしてくれる兵士の後に続く。


廊下をカツカツと無言のまま歩く。

窓からは外が見えるが、

外にはいつの間にか雨が降っているようだった。


この雨が今よりも強くなって、

この悪い夢ごと流し去ってくれれば良いのに、と思った。



「・・・こちらです」


そう言って兵士が立ち止まる。


彼は一礼してその場から離れていく。

どうやら僕一人でこの扉を開けて入れという事らしい。


どうしよう。

僕は迷った挙句に、

4回ノックをする。


「どうぞ」


低く短い返事がしたので、

僕は扉を押し開けた。


「失礼します」


僕が入ったそこは執務室のような場所で、

部屋の中には男性と女性が座っていた。


「ようこそ、アーガイル君。よく来てくれた。座ってくれたまえ」


そう声を掛けてくれたのは、

先日魔導映写機(ラクリマ)で顔を見た、

ホジッチ大臣だった。


思わぬ大物の登場に、

僕は一気に緊張する。


「初めまして、この国の大臣をしているホジッチだ。こっちはこの国の相談役でマリヴェラと言う」


ホジッチ大臣の紹介に、マリヴェラという女性が目礼をする。

その姿は僕より少し年上にしか見えなくて驚いた。


こんなに若いのに国の相談役なんて重役についているのか。

そんな事を考えるが、すぐにハッと気が付き、慌てて頭を下げる。


「も、申し遅れました。ラタン・アーガイルと申します。どうかラタンとお呼びください。この度は、その・・・なんというか・・・」


僕は口ごもる。


「いや、礼儀については気にしなくていい。だが少しだけ話を伺いたいのだが良いかね?」


ホジッチ大臣もまた戸惑った様子でそう尋ねた。


「はい、僕にお話しできる事があれば・・・」


僕の言葉にホジッチ大臣とマリヴェラさんは安堵の表情を浮かべ、

僕たちは向かい合って会話を始めた。



・・・

・・



「まずは名前と所属を改めて教えて欲しい」


「魔導士ギルド『大鷲の青』に所属しています、ラタンと申します。出身は東の農村です」


「なるほど、大鷲の青という事は、サザナールのところだな」


「は、はぁ・・・」


知らない名前が出てきたので、僕は思わず気の抜けた返事をする。


「いや、こちらの話だ。それで、君の師は誰かな?そして君の等級はいかほどなのだ?」


「等級は銅級。僕は魔導学園に通いまして、特定の師は――――いません」


僕は答えた。


ランクというのは、

ギルドや国の所属をまたいで作られた強さの等級だ。


銅級(ブロンズ)銀級(シルバー)金級(ゴールド)金剛級(アダマンタイト)魔銀級(ミスリル)、、そして神銅級(オリハルコン)の6等級。


「ど、銅級・・・?」


僕の言葉をホジッチ大臣が反芻する。

その表情を見るに、

どうやらショックを受けているようだった。


「はい、すみません」


僕の謝罪にホジッチ大臣はハッとする。

驚きのあまり本心を表情に出してしまっていた事に気が付いたようだ。

バツが悪そうに、ハハハとホジッチ大臣が笑う。



「な、なぜ君は今回の黄金龍王杯にエントリーしたのだね?記念、というやつか?」


ホジッチ大臣は尋ねた。

銅級(ブロンズ)程度では、

黄金龍王杯に出られないのは当然の認識なのだ。


「・・・いえ僕はエントリーはしていないんです」


「なんだって?」


ホジッチ大臣が声をあげた。


「断じてしていないんです!お願いします、信じてください」


僕は自らの罪を晴らすかのように必死に語り掛けた。

だがそれが真実なのだ。


どうにかしてそこのところは理解して貰わないといけない。

僕はそう思っていた。


「し、しかしだな・・・」


ホジッチ大臣は困ったような声を出し、

それから隣で静かに話を聞いていたマリヴェラさんに、

助けを求めるような視線を送る。


「・・・ホジッチ大臣。魔導士としての実力は等級だけで測れるものではありませんわ。失礼ですが、ラタンさんの魔導の腕前は?」


「そちらも等級相応です。ゴブリンやオークは単体なら倒せます。が、集団となると正面から戦える自信はありません」


「そ、そうですか・・・」


僕の回答にマリヴェラさんも驚いたようだった。


彼女の言う通りランクに執着しない実力者もいるにはいる。


僕の事をそういった類の実力者だと勘ぐったのだろう。


だがそうではない。

そうではないのだ。


僕は紛れもなく、ただの銅級(ブロンズ)なのだ。

三人の間に重たい沈黙が流れる。





どうやらホジッチ大臣もマリヴェラさんも理解してくれたようだ。


僕が到底、黄金龍王杯に選ばれるような人間ではないという事に。


僕はそのことに安心すると共に、なんだか泣きたい気持ちになった。



「あの・・・僕からも質問しても良いでしょうか・・・?」


「・・・あ、ああ。なんだね?」


「その、何かの間違いということはあるのでしょうか・・・」


「間違い?」


「えぇ、黄金龍王杯に出場できるのが10人という事は誰でも知ってますし、そもそも僕が選ばれることなんて・・・あり得ない」


僕の言葉にホジッチ大臣が押し黙る。


「・・・ラタンさん。黄金龍王杯は女神様の、ご意志そのものなのです」


代わりに答えたのはマリヴェラさんだった。


「ご意志、ですか?」


僕は尋ねた。


「ええ、そうです。なのでそれが間違いであるという事はあり得ません。それを理解できないのは我々の問題であり、理解できないと言うだけで、女神様のご意志に反することは、許される事ではありませんわ」


どうやらマリヴェラさんは敬虔な女神様の信徒のようだった。


「えっと・・・つまり?」


僕は消えそうなほどか細い声を出した。

マリヴェラさんが少し迂遠な言い回しをしたので、

僕はホジッチ大臣に説明を求めた。



「・・・君は黄金龍王杯に出なくてはならない」


ホジッチ大臣がきっぱりと言う。


嘘だろ。

僕は我が耳を疑った。



「そんな・・・だって・・・」


「これは既に陛下も了承されている。君や周囲が何と言おうと、君は紛れもない黄金龍王杯の11人目の参加者なのだ」


僕はその言葉に目の前が真っ暗になった。



「ラタンさん、黄金龍王杯は鎮国の儀です。かつて戦争により黄金龍王杯が開催されなかった時がありました。その翌年、世界中は原因不明の異常気象と飢饉に襲われたという記録もあります。以降、いかなる国家間の争いも黄金龍王杯を阻むことは出来なくなりました」


「黄金龍王杯を開催することは国の、いや世界の重要な使命なのだ」


ホジッチ大臣が念を押すように言う。


「ですが・・・僕は・・・」


大した魔導士ではありません。

そう言いかけて言葉が止まる。


そんなことを言う自分が情けなかったし、

なにより目の前の二人の懇願するような表情を見て、

僕はそれ以上何も言えなくなった。



「・・・君がなぜ選ばれたのか、こちらでも調査してみる。どうか、よく考えてみてくれないだろうか」


ホジッチ大臣がそう言って頭を下げた。


「・・・考えさせて、ください」


僕はそう答えるのが精いっぱいだった。



・・・

・・



僕は王宮の前でぼうっとしていた。


ホジッチ大臣からは一週間後にまた使いを出すと言われ、

僕は宿に帰ることになった。


僕は大きくため息を吐く。

張りつめていたものとか感情が、

身体から抜けていくような気がした。


僕は思わずその場に座り込みたくなった。


あり得ない。

何度そう考えただろうか。


国の一大イベントである、

黄金龍王杯。

あの、黄金龍王杯である。


歴代の参加者の半分は歴史に名前を残してもおかしくないような人物で、

もう半分は実際に歴史に名前を残している人物だ。


僕なんかがそれに選ばれるわけがない。

何度もそう考える。


今も尚、悪い夢を見ているようで、

僕は何度か自分の顔を叩いた。


「ちょ、ちょっと!何やってるのよ、ラタン!」


そう言って僕を止めたのは、

アリシアだった。


「・・・アリシア?ここで何をしているの?」


僕は尋ねた。


「ラタンが心配で待ってたに決まっているでしょ?大丈夫?顔が真っ青」


そう言ってアリシアは僕の顔に触れ、

取り出したハンカチで僕の顔を拭いた。


「アリシア・・・僕・・・」


「何も言わなくていいから。とりあえず宿に戻りましょう?詳しくはそこで話を」


僕はその言葉に頷くと、

アリシアと共に街に戻った。


道中、アリシアはずっと僕の手を握り離さなかった。

その手がやけに暖かくて、

僕は少しだけ現実に戻れたような気がした。


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