第3話
「あ、おいラタン」
そう言って話しかけてきたのは、
同じくギルドに所属する魔導士のユリウスだった。
白みがかったグレーの髪に、濃紺のローブ。
顔立ちは端正で、僕と年も近い。
「相変わらず覇気がないな、もう仕事終わりか?」
そう言って上から目線で話しかけてくるユリウス。
だが別に悪気があるわけではない。
ユリウスは元々どこかの貴族の出身で、
家の反対を押し切って魔導士になった道楽息子なのだ。
「あぁ、終わったよ。それじゃあ」
僕は短く答える。
これで会話は終わりだと示したつもりだが、
ユリウスは気にせずに話を続けた。
「最近もまだ地下道の討伐をしているのか?魔導士なら魔物を倒して人々を救うのが使命だろう?僕なんかこの前――――」
そう言ってユリウスは聞いてもいない武勇伝を語ってくる。
こいつはいつもこうだ。
以前とある依頼を一緒に受注した時から何かと僕に絡んでくる。
僕なんかに構うのは時間の無駄だと何度諭しても聞く耳を持たなかった。
ネガティブな僕だが、
なぜかユリウスに対してだけは卑屈になれなかった。
僕はユリウスの長話を聞き流しながら、
ユリウスの背後にある掲示板に目をやった。
先ほどよりも人は減ったが、
まだ人だかりが出来ている。
そう言えばなんだったんだろう。
「――――で、僕は言ってやったんだ。誰かを救うのに理由がいるのかい?ってね。その時のその子たちの顔と言ったら―――って聞いてるのかラタン!!」
ユリウスは僕がまるで話を聞いてないことに気が付くと、
顔を赤くして怒り出した。
「あぁ、ごめん。ユリウス、あれ・・・」
僕は背後の掲示板を指さした。
「ん?あぁ、あれか・・・そろそろあれの季節だからな」
そう言われて気が付いた。
季節はタウルスの月。
まもなく最も太陽が輝く時期だ。
僕とユリウスは二人で掲示板の前まで近づく。
掲示板には上等な装飾の施された紙が貼られていた。
「ふん。やっぱりこうやって見ると胸が熱くなるもんだな」
ユリウスの言葉を聞きながら、
僕は掲示板の紙を見つめた。
『第百八回黄金龍王杯参加者募集について』
そこにはそう書かれていてた。
・・・
・・
・
黄金龍王杯。
それは七年に一度開催される祭典のことだ。
開催回数はすでに百回を超えている。
僕たちが生まれるずっと前から連綿と続いている、
この世界で最も伝統ある競技会だ。
かつて女神様が人間に授けたという王杯を巡り、
チーム、そして個人が競い合う。
競技にはガチ殴り合いもあれば、
頭脳を試すようなものもある。
そして参加者は世界中から集められた武芸者たち。
参加を希望した者の中から、
女神の意志により選ばれるのだと言われている。
・・・
・・
・
「ユリウスは、出ないの?」
僕は尋ねた。
「ん?ああ・・・。実家がうるさいからな。僕も一応エントリーはしたが・・・まぁ選ばれる訳もないさ」
なるほど、と僕は考えた。
ユリウスも魔導士ギルドではそれなりに活躍している魔導士だ。
たしかランクもかなり上だった記憶があるが、
忘れてしまった。
まぁ、そんな彼が端から諦めているということは、
それほど厳しいのだろう。
ユリウスで無理なら、
僕なんか余計に無理だ。
そんな僕の心を見透かすように、
ユリウスがため息を吐いた。
「なに?」
僕は尋ねた。
「いや、お前ほど分かりやすいやつもいないなと思ってな。どうせ僕に無理なら、自分にはもっと無理だって思ってたんだろ?」
ユリウスが言う。
「そうだけど・・・そんなに分かりやすいかな?」
僕は尋ねた。
「・・・お前のそのネガティブは相変わらずだな。まぁいい、気が向いたらエントリーくらいしておけ。黄金龍王杯は参加しただけでも一生の名誉と言われてるんだ。万が一、いや億が一という事もあるかも知れないからな」
そういうとユリウスは踵を返し、
ギルドから出ていった。
「あいつ、何のために来たんだ・・・」
僕はそう呟いた。
・・・
・・
・
「遅いじゃない、ラタン」
「ごめん」
僕は答えた。
ちなみに言うと、僕は一切遅刻していない。
今だって約束の時間の30分も前だ。
アリシアは僕との待ち合わせにはいつだって早く来る。
そのたびにアリシアに文句を言われるから、
僕も早めにくるようになったのだ。
だがそれでもアリシアより早く着いたことはない。
一体、彼女はどれほど前に来ていると言うのだろうか。
「さぁ行くわよ!」
アリシアが言う。
「え?行くってどこに?」
僕は尋ねた。
「言ってなかったかしら?まぁいいわ、すぐに分かるし。ついてらっしゃい!」
「?」
そう言ってアリシアはズンズンと歩き出す。
僕もその横について歩いた。
「さぁ着いたわよ!」
そう言ってたどり着いたのは、
街の中心にある広場。
通称、女神広場だった。
「凄い人ね〜」
広場を見渡しながら、
アリシアが呟いた。
「それは仕方ないよ」
僕は答え、広場の中心へと目を向ける。
そこにはこの広場の名前の由来となっている、
巨大な女神像があった。
美しく、そして優しい女神様の像だ。
女神像はこの場所から、
いつでもこの国と街を見守ってくださっているのだ。
そして今日は、
その足元には見慣れないものが置いてあった。
「あれが・・・龍王杯ね」
アリシアが呟く。
女神像の足元には、
人の身の丈ほどもありそうな黄金の杯が設置されていた。
白銀に青い彫金が施された、ゴブレット。
女神から授けられたという、
この国の宝だ。
今日から黄金龍王杯開催の日まで、
黄金龍王杯はある役割のためにこの場所に安置される。
周辺は一目見ようと集まった人々と、
衛兵たちでごった返していた。
僕とアリシアがその光景を見ていると、
突如ざわっと歓声が上がる。
見れば重厚な鎧に身を包んだ、
巨漢の男が王杯に近づいていた。
「おい、見ろ!戦士ギルドの重戦士バルログだぞ!」
「あいつなら選ばれるかも知れないな」
周囲の人がそう囁く声が聞こえる。
重戦士バルログは威風堂々と言った感じで王杯に歩み寄ると、
高らかに宣言をした。
「和が名はアシュトンの子、バルログ!!勇猛なる東の民の末裔なり!女神よ!俺は今こそ貴女のためにこそ戦おう!!」
そうしてバルログは手に持った紙を王杯へと投げ入れる。
すると、王杯は青い光に包まれ、
そのまま上空に蒼炎を吐いた。
轟という炎の音と共に、
広場に熱波が走る。
広場に集まっていた観衆はそれを見て、大歓声を上げる。
そう、これが黄金龍王杯の役割。
杯はエントリーを認めると、
それに応えるように蒼炎を吐くのだ。
「・・・馬鹿みたい。あんなの意味ないのに」
それを見ていたアリシアが冷たく言い放つ。
「うん、でもまぁお祭りだしさ」
僕は答えた。
こうした名乗りと、派手なエントリーが、
黄金龍王杯直前の風物詩になっていた。
女神様もなかなかノリがいいな、
なんてことを僕は思っていた。
「・・・まぁいいわ、いくわよ」
「いく?」
僕は尋ねた。
「馬鹿ね。エントリーするに決まってるでしょ」
アリシアがさも当然かのように言った。
「ちょ、ちょっと待ってアリシア。それは僕もってこと?」
僕は慌てて彼女を制止する。
「・・・僕もって言うか、あなただけよラタン。私は黄金龍王杯中は、魔導騎士団としての護衛の任務があるから参加は出来ないの」
アリシアは答えた。
「な、なんで僕が・・・」
「決まってるじゃない。王国の神童の威光を取り戻すのよ!!」
そう言ってアリシアは握りこぶしを作る。
「僕なんか選ばれる訳ないだろ!それにこの衆人環視のなか、エントリーなんて死んでも嫌だ!」
僕は抵抗する。
アリシアは良いから行くわよ、と僕を引きずって行こうとする。
この力、アリシアは本気だ。
僕はそう思った。
「・・・相変わらず見っともないことをしているな。ラタン」
僕たちが押し問答をしていると、そこには赤毛の女が居た。
青を基調としたライトプレートのアーマー。
それはこの国の騎士団の証だった。
「ガーネット!あんた、なんでこんな所にいるのよ!」
アリシアが話しかけ来た相手に、敵意をむき出しにする。
それはこの国の騎士団に所属する、僕たちの元同級生のガーネットだった。
「ただの任務だ。そう嚙みつくな、アリシア。私は一応お前のことは認めているのだぞ?」
「うるさい!あっちに行け!女狐!」
アリシアは僕の前に立ちはだかり、
通せんぼするようにガーネットに向け両手を広げた。
「ふん、女に守ってもらうとは。相変わらず情けないな、ラタン。私は学園時代から、貴様のそういう所が大嫌いだったのだ」
ガーネットはアリシアを無視して僕に言う。
僕はガーネットの言葉に素直にショックを受ける。
「・・・はは。ガーネットも、相変わらず辛らつだね。君の言う通りだけど」
僕の言葉にガーネットは肩をすくめる。
ガーネットはチッと舌打ちをして、
苛立たしそうに僕を睨んだ。
「そうやって言い返してこないところも不快だ。謙虚さは美徳だが、貴様のそれは自分を卑下しているだけだろう」
「そ、そんな・・・」
僕の言葉を待たず、
ガーネットは僕たちに背を向け、
人ごみの中へと戻っていった。
「なによ!相変わらず意地悪なやつ!学生時代から何も成長してないんだから!」
アリシアは顔を真っ赤にして怒っている。
この光景も学生時代にはよくあった光景だ。
魔導学園ではよくこうして僕は絡まれていた。
その度に庇ってくれたのがアリシアなのだ。
「・・まぁまぁ、アリシア落ち着いて。ここを離れよう、少し目立ちすぎてしまってるよ」
僕がそう言うと、
アリシアもようやく周囲の視線に気が付く。
「甘いものでも食べるわよ!ラタンッ」
アリシアに連れられ、
僕たちは広場から離れた。
その日アリシアは恐ろしいほどの砂糖菓子を平らげた。
僕のおごりで。
・・・
・・
・
僕とアリシアは、小さな農村で生まれた。
農耕と狩猟で生計を立てる小さなその村では、
僕たちは二人きりの幼馴染だった。
だけど僕たちが10歳になる頃、
村にたまたま訪れた商隊の中に、
魔導士がいた。
その出会いは僕とアリシアの運命を大きく変えることになる。
彼は僕とアリシアに魔法の才能があると言った。
「特に君の才能は底知れないものがある」
彼は僕の眼を見て言った。
「ここまで濃密な魔力を有した魔導士は、宮廷魔導士団にだっていない」
彼の言葉に僕は胸を高鳴らせた。
「凄いじゃない、ラタン!」
アリシアは特に悔しがる様子もなく、
素直に称賛してくれた。
僕たちは商隊が村に滞在する間その魔導士に師事し、
魔法に関する基本的な事を学んだ。
そこで僕は文字通り才能を花開かせるように、
またたく間に魔法を習得していった。
一つの季節が流れるころには、
僕はすっかり魔法の虜だった。
自分が何者かに生まれ変わるような感覚。
僕は自分の未来が大きく変わったのだと実感した。
「ラタンとアリシアには非凡な才能があります。特にラタンの才能は私にも底が見えない」
その魔導士―――師匠はそう言った。
そのの言葉に説得され、
僕の家族とアリシアの家族は、
僕たちを魔導学園に通わせることに同意する。
僕たちは絶対に無理だと思っていたから、
二人で涙を浮かべるほど大喜びした。
師匠は魔導学園に伝手があるようで、
すぐに電報を打ってくれた。
魔導学園からの返事は早かった。
「非凡な才能であれば、それはわが校のそして国の未来の宝となる。至急送られたし」
その一報で僕とアリシアの魔導学園行きが確定した。
「ではラタン、アリシア。来年の春、王都で会おう」
師匠はそう言うと、
僕とアリシアにそれぞれペンダントと指輪を渡した。
「それは私たちの縁だ。切れないように大切に持っていなさい」
師匠の言いつけを守り、
僕とアリシアは今でもそれらを身に着けている。
そうして、師匠が村から去った後も、
僕とアリシアは魔法の訓練と勉強を続けた。
僕とアリシアは、
一流の魔導士になることをお互いに誓った。
僕たちを送り出してくれた両親のため、
僕たちの才能を見つけてくれた師匠に恩返しをするため、
そして何より自分たちのために。
そして次の春。
雪解けを待ち故郷の村を出た僕とアリシアは、
馬車に何日も揺られて王都へとやってきた。
そして魔導学園に入学し、
晴れて魔導士学院生となった。
魔導学園は全寮制のエリート校。
本来はいくつもの試験を越えた一握りの人間だけが入れる場所であった。
入学して早々、僕たちは夢中で魔法の勉強に打ち込んだ。
本当に幸せな時間だった。
ただ一つ、僕とアリシアには気になることがあった。
僕とアリシアを魔導学園に導いてくれたはずの師匠から、連絡がなかったことだ。
初めはその内連絡が来るだろうと高を括っていたが、
王都に来て1週間経っても、1ヶ月経っても、
師匠から連絡が来ることはなかった。
そして卒業し、
僕たちが魔導士になった後も、
師匠と連絡が取れることはなかった。
僕たちは村を出てから一度も、
師匠に出会えなかったのだ。